十七章 交渉?②
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列車に戻った後、ザネリはベッドの下を入念に探していた。男子中学生がよくお世話になる秘密の隠し場所。それは時代、国を問わず皆一様らしい。
腕を伸ばして、床とベッドフレームの間をまさぐった。一枚の薄っぺらい紙を探すため、床に耳を付ける。指に何か、チクリと刺さるような感覚があった。たぶんこれが資料だろう。
マルコスの欲しがっていた、例の資料だ。何故こんな場所に保管しているかというと、他にも思いつかなかったのだ。
ザネリは割とざっくりした性格らしく整理整頓や保管が苦手なようだ。
大切な物品も取り敢えずでしまい込んでしまう。
無くさないだけマシだが、それを加味しても杜撰な管理方法だろう。
苦労して見つけ出した資料を無くさないようメモ帳に挟んだ。
これで少なくとも、見失わない。
三号車から進んでエントランスに向かう。そこにはすでにジョバンニらがいて、各々が自由に座っている。
「これが『天使派』の資料だ。内容に興味がないから知らないけど、そんなに重要なことが書かれているのか」
「さあ。私も、その中身については特に覚えてないから。『天使派』にいたときも、別に気にしてなかったし。
ま、資料室で埃を被ってたくらいだから、私たちにとっては何の意味もないんじゃない?」
チェリッシュがそう言った。もちろん、イブリスが傍らにいる。というか、腕の中に抱えている。その中の少女は、瞳を閉じて静かに眠っているようだ。
あやすわけでも子守歌を歌うわけでもない。ただ腕を貸すだけ。そんなに気持ちの良いベッド代わりなのだろうか。
「どちらにしろ、マルコスはこれを異常なほど欲しがっていたから、まあ渡すか」
「いつにするかが問題だな。明日合ってそのまま渡すってわけにもいかないだろうし」
「私たちの計画が成功したらにしよう。そうじゃないと、持ち逃げされかねない」
「待ってくれ。計画ってなんだ? 私何も聞いていないんけど」
ザネリが、ジョバンニへと突っかかる。突然”計画”と言われてもさっぱり分からない。
すると彼女は椅子から立ち上がり、ザネリに近づいていく。両腕を伸ばして首に後ろに通して手を絡める。
後ずさりしたザネリだが、拘束に近い状態だからかあまり意味はないようだ。二人の距離は、物理的に離れない。
「シェンヌイであの悪魔を解放しただろう? 彼と戦うのさ」
「戦うって......なんでなのさ」
「彼は私たちに恨みを持っているようだから、いずれにせよ衝突は避けられない。それなら楽に勝てるような、勝算の高い作戦を立てたほうがいいだろう?」
ザネリは、ジョバンニの肩に手を置いて遠ざける。そして、話始めに感じた疑問を口にする。
「あれは何者なんだ。人間にしては、やけにぼやけていたけど。もしかして人間じゃないのか」
「人間だよ。現実度異常によって、本来の自分を保っていられなくなっているんだ。それも時間の問題で、いつかは完全に自己を取り戻してしまうだろうけどね。
そうなった時、彼が”人間”である確証はない」
「時間経過で進化するってことか? 蛹みたいで気持ち悪いな」
「それでいいけど彼......呼びづらいから悪魔って呼称しようか。悪魔を殺せば、私と君は安泰ってこと」
「二人だけの問題に、付き合ってくれる奴らっているのか?」
ザネリは目の前に立ち微笑みを向けるジョバンニから視線を外して、その背後にいる者らに声を投げかける。
ストローで飲み物を啜るアイラスと、皿に乗っかったお菓子を食べるテイラー。自由な二人は、片手を上げてそれに応える。
ザネリに声は届かなかった。というより、二人は無言だった。けれど、ザネリには伝わっただろう。二人が協力してくれるということが。
そうしてザネリも含めて計画の内容を話していた。チェリッシュは不参加だ。理由は簡単で、イブリスを一人には出来ないからとのこと。
ジョバンニいわく、戦力的には問題ないらしい。それなら無理に協力を取り付ける必要はない。
計画のすり合わせが終わると、だいぶ夜も更けていた。眠気は抗いようもないもので、ベッドに滑り込むとザネリはすぐに目を閉じる。そしてそのまま、夢も見ないで朝は訪れる。
目が覚めた。が瞳を開くことはない。意識は覚醒したが、頭は依然、眠っていろと指令を出しているみたいだ。
なら仕方がない。二度寝をするほかない。ザネリは理性に頼った瞼をもう一度閉じて、睡眠の構えを取った。
そこで気が付いた。なんだか体が重い。寝起きだから怠いという感覚ではない。これはもっと物理的なものでかつ自分の体由来のものではない。
明らかな異物。それが、ザネリの布団の中に紛れ込んでいる。
これではおちおち眠れもしない。
上半身を起こして目を擦った。こうすれば、嫌でも頭が冴える。
そうして異物が何なのか、確かめるために視線を下に向ける。するとそこには、体を丸めて猫みたいに眠る、ジョバンニがいた。
人肌が恋しかったのだろうか。それにしても、人のベッドの中に潜んで一夜を過ごすとは、大胆な人間である。特段驚きもせず、ザネリは掛け布団を剥いだ。露わになったのはジョバンニの全身と、隠されていたザネリの腰から下。
突然寒くなったからか、ジョバンニは呻きながら両肩を抱えた。まるで岩のようだ。その姿は、移動することすら叶わずその場に留まる岩石のようであった。
見かねて彼女を起こす。目元を擦りながら起き上がるジョバンニ。
まだ頭が起きていない間に、ベッドから放り出した方が良さそうだ。
体を持って床に立たせる。そうして二度寝する気も無くなったザネリは、昨日のようにエントランスへ向かった。その前に身支度をしてだが。
「それで、マルコスに連絡はするの?」
仕事着を身に着けたザネリが、アイラスに聞く。どっしりと椅子に腰を預けたアイラスはその言葉に答えるため、数秒考えこんだ。
「そうだな。マルコスにコンタクトを取って、それからだな。ジョバンニいわく、マルコスがいれば、ほとんど勝ったも同然らしいから」
「ならそのジョバンニをここに呼ばないといけないね......」
「いるよ」
背中にぴったり引っ付くようにして、ジョバンニが立っていた。突然、背中から声がしたため、驚いて総毛立った。
「で、どうやってマルコスをここに呼ぶんだ。
というか、なんでそんなに私にくっつくんだ? 暑苦しいから離れてくれ」
「また、手放すのは嫌なのさ。だから色々な人に頼んでいるんだよ?」
するとアイラスが手を鳴らして、脱線した話を元の軌道に戻す。
「ああ、そうだったね。マルコスは、もう少しで来るんじゃないかな。昨日訪ねるって言っていただろう」
「そうだけど列車の場所が分からないのだから無意味だろ?」
「彼は魔術協会だ。探知くらいお手の物だろう。それに、君はマルコスの部下だったんだろ。尚更さ。
まっ、時間が経てば来るよ。それまで二人で待っていよう」
ジョバンニはそう言うと、ザネリの手を握って別の号車へと姿を消した。付き合わされているなとアイラスはじっと見つめていたが、二人がエントランスから消えた途端、懐からスティレットを取り出して溜息を吐いた。
「はぁ。久々に使ったのに欠けちゃった......。新しいの買おうかな」
寝室でベッドに座りお茶を飲む二人。緊張してはいないが、それでも変な気分に変わりはない。差し出されたカップを受け取ってから数分経ったが、湯気はまだ少し上っている。
一口飲む。特に変わりのない市販のお茶だ。アガサはよくお茶を飲むがこだわりがない。
コミックのお供にカップを傾けるのみであり市販品で十分らしい。どうせこんな時間がやって来るのなら高い、特別な茶葉が欲しいと欲をかく。無言の空間で喉を鳴らす音だけが聞こえてくる。早く終わらないかなとそわそわしていると、丁度良く扉が開いた。
そしてそこに立つのはマルコス。本当にこの場所が分かったようだ。
開口一番、彼はこう言った。
「資料を渡してください」
「私たちに協力してからだよ。そうじゃないと、持ち逃げするだろ?」
「いえ、それはしません。ここまで足を運んだのですから、回りくどい事はしません。それに、あなた相手に騙すようなことはしません。というか、できません」
「それはどうも。でも、本当かな? 私は用心深くてさ」
「はぁ。無駄な問答は止めにしましょう。正直に言います。私はその資料がないと
破滅してしまうのです。ですから、自分が不利になることはしません」
「私たちを騙すとかかい?」
「ええそうです。ですから早く渡してください」
珍しく焦っているようだ。マルコスの口調が少々早口になる。
ジョバンニは、ザネリに耳打ちをして資料を要求した。するとザネリもそれに応じて、メモ帳には仕舞い込めないであろう紙束を取り出す。
「はい、これで協力してよね」
ペラペラとページを捲って確かめ、マルコスは頷いた。
「ええ、これでいいでしょう。分かりました。それではあなた方の依頼とやらを手伝いましょう」




