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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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十七章 交渉?

読んでいただきありがとうございます!

 協会の組合員を倒して、ザネリは一息ついていた。

膝を折って床に座り込むチェリッシュに近づいていくと、彼女は肩で呼吸をしているような状態だった。

そんなチェリッシュの体に手を置いて、ザネリは尋ねる。


「動ける? 大丈夫じゃないなら、そう言ってくれ」

「動けるよ。ただ時間が欲しいだけ。もう、少しだけでいいから」


 チェリッシュはそう言った。それでも状況が良くなるわけではない。応急処置をと、思い出したようにメモ帳を取り出す。頁を捲って開き、中にある物品を発現させた。

 包帯と鎮痛剤だ。どんな症状かわからないが、とりあえずに取り出した包帯。チェリッシュの正面に移動する。


 正面から見据えた彼女の体に傷らしい傷はなかった。失敗だったようだ。わざわざ引っ張り出した包帯を、ザネリはしょんぼりしながらメモ帳の中に戻した。

 代わりに鎮痛剤を手渡すと、チェリッシュはそれを飲み込んだ。ずいぶんとゆっくり腕を上げていた。口に入れるだけで、そんなに苦痛なのか。両腕を骨折しているのだろうか。

 即効性のある薬ではなかったが、チェリッシュは立ち上がって振り向いた。


「ありがとう。よし、あいつらを追おう」

「本当に大丈夫なのかい? 腕を骨折しているんじゃないの」

「うん、けど薬を飲んだから。もう少ししたら効いてくるよきっと」


 楽観的な意見。それでも今すぐマルコスを追跡しないといけないのは事実だ。ゆったりと行動してはいたが、いつ消えてしまうかわからない。

まだそう遠くには行っていないだろう。そう思いたいだけでもある。


 会場に戻って、人の間を縫って進む。と言っても、会場には既に大多数の人はいなかった。給仕係と少しの客がいるだけで、他の来場客は帰ってしまったらしい。

それもそうか。テラスの方で火花の散る激しい戦闘をしていたのだから、逃げた方がいいと思ったのだ。

 長い間、戦闘していたわけではない。五分もそこにはいなかっただろう。いや、チェリッシュの応急処置の時間を合わせれば、五分は超えるか。

 そんなどうでもよいことを考えながら、ザネリは豪華な会場の外に向かう。


 こちらで合っているのか。わからない。マルコスが何処に向かったか、まるでわからない。それでも外に通じているのはここだけだ。関係者用の通路などは、この辺りには見当たらない。

 冷静になって、一度連絡してみるのも手かもしれない。だが、そんなクールな考えは思い浮かばなかった。

動いていると、何故だか視野が狭くなる。きっとそのせいだ。不確定な要素は多いが、このまま外に向かおう。そうやって。屋外に出る。


 手には念のため、刀を持ったままのザネリ。彼女は見た。ロカンタと戦うアイラスの姿を。つまり、マルコスまではもう少しだ。加勢しようと柄に手を掛けた瞬間、もっと奥の光景が目に飛び込んだ。

 それは、二人の男が向かい合う光景。お互いスーツ姿。そこだけ切り取れば、サラリーマンの商談に見えなくもない。

だが、現実は驚くほどに違う。片方は幼子を抱えているのだから。

 マズいと、一目でわかった。ここまで殺気が伝わってくるかのようだ。


 このまま二人に争わせるわけにはいかない。もしそんなことになったら、この場所が大変なことになる。

穏便に済ませられるのなら、それに越したことなんてない。


 ザネリは走った。踏み込み、加速し、一直線に二人の元へと向かった。間に合ってほしい。だが、それも叶わない。

オーラントは細身の直剣を空間から引きずり出し、応戦しようとマルコスも黄金の槍を作る。


 最早、衝突は避けられない。だから刀を抜いた。抜刀しながら二人の元に向かう。そして刃が交わる瞬間、割って入り二振りを受け止める。


 片膝を地面に付けて、刀身と鞘で別々の攻撃を受け止める。とてつもなく重い衝撃が、両腕を襲った。

表情が強張った。歯茎を噛みしめながらその重量に耐え切る。


「少し、落ち着かないか?」


 そう言って、二本の武器を振り払うザネリ。息を切らし、冷や汗を掻いている。猛獣に睨まれているとなれば、こうなるのも仕方がないのかもしれないが。


「君は確かエルメスのお友達だね。今は遊んでいる暇がないんだ。そこを退け」

「カムパネラさん、なんのつもりですか」


 二人の殺気が、ザネリに寄せられた。だが負けじと、彼女も言葉を返す。


「ここで戦って意味はあるのか? 少し落ち着いた方がいい」


 するとオーラントは間髪入れずに直剣を構え直す。


「私は至って冷静だよ。その小さな子供をこちらに返してもらえると、もっと冷静になれるのだがね」

「それは出来ません。この状況は、彼女が依頼を反故にした結果ですので彼女の責任ですね」

「それはないだろ! イブリスを攫ったのはお前だろ!」


 切先がザネリに向く。その鋭く冷たい金属の先端に恐怖を感じた彼女が、大声で反発する。


「資料なら渡す! だからイブリスを返してくれ」

「なら今すぐに渡してもらえないと困ります。いくら待ってもあなたは現れなかったのですから」


 そうは言ったがマルコスは、案外とすんなり引いた。穏便に済ませたいのは、何もザネリだけではないようだ。

イブリスを地面に立たせると、彼女はオーラントの方へと走っていく。

オーラントの方も、先ほどまでの息が詰まる空気を消して、イブリスを抱きかかえた。


「カムパネラさん、資料は今どこにあるんですか?」

「私が持っているから、渡す。一旦、列車に帰らないといけないんだ。だから、列車までついてきてくれ」


 交渉材料になるかもしれないと持ち出していた資料。元はと言えば、チェリッシュへの交渉材料だったのだが。


「その資料、簡単には渡せないよ」


 水を差したのはジョバンニだった。突然現れては無駄なことを口走る彼女。その姿は多少、土に汚れてはいたがそれだけだ。

飄々とした表情で、ジョバンニは言葉を続ける。


「条件があるんだ」

「私が依頼で頼んだものに、何故条件が追加されるのですか?」


 至極真っ当な意見だ。

ザネリはできるだけ息を殺して、質問の矛先がこちらに向かないように少しずつ身を引いていた。まるでナメクジみたいにだ。


「その資料、君が欲しいものなんだよね? そしてそれはザネリが、依頼という形で引き受け入手したもの。そうだろう?」

「ザネリ? 誰だか分かりませんが、私は確かに彼女へ依頼しましたね。それがなにか」

「依頼に対しての報酬はどうしたんだ? 

ここまで彼女が渡すことを渋るのには、理由があるんじゃないか?」


 ジョバンニの言葉に、ザネリは唖然としていた。資料を渡すことに躊躇いはない。寧ろ、早く引き取ってほしいくらいだ。それなのに、ジョバンニが的外れな事を言うのだから、ザネリとしては訂正しない理由がない。


「ま、待ってくれ。私は何も渡さないなんて......」

「だそうだ。彼女も、すんなりと渡すつもりがないらしい」


無理矢理、言葉をねじ切られ事実を曲解させられた。あたふたと、ザネリは困惑するしかない。


「報酬を払えばいいのでしょうか。用意ならありますので、それと交換にしましょう」

「報酬はいらない。その代わり、私たちを手伝ってくれないか?」


 強引な交渉。いや、交渉にすらなっていない。ジョバンニの一方的な要求だ。


「ザネリがこんな状況になっているのは、君の依頼のせいだ。

君の依頼は、ここにいるオーラントとイブリスが介入するほどの重要な依頼だったのだろう。

それなのに君は、その情報をザネリに伝えたのかい? そうじゃないのなら、重大な規約違反だろう」

「確かに伝えませんでしたね。ですが『天使派』に関する依頼だとは伝えていましたので、あくまでイレギュラーな状況だったのでしょう。彼らが現れるとは」

「結社に対して働きかけるような大事の依頼で、前金も用意せず送り出したと。

それなら依頼物を受け取れないなんて、尚更ではないか?」

「はあ......面倒くさいですね。何が望みなんですか」

「初めにも言っただろう。私たちを手伝って欲しいのさ。なに、簡単な依頼だ。

少しばかり戦力に貸してくれるだけでいいのさ。

その後なら、資料も渡す。なんなら君の事情も汲んで、依頼を受けてもいい」


 話が空中で分解したような感覚。当事者であろうザネリは、途中から何を話しているのか分からなくなっていた。


 ジョバンニも、マルコスも依頼について知らない。何が起こったのかも誰が介入したのかも。

お互い、憶測でしかない。それゆえ、真実を話している確証もない。

だがジョバンニは終始、自信に溢れた口調で話を続けていた。


 人間というものは、自信に溢れた存在に憧れる。仮に間違いだったとしても、確固たる自信の元にある言葉には、説得力を感じてしまうのだ。

マルコスは精神医学者ではない。ただの取繕者リペレイターでしかない。

ジョバンニのペースに飲み込まれたのだ。


「ええ、わかりました。これで無駄な問答も終わりますね。詳細は明日以降にお知らせください。まだこの街に居ますので」


 そう言うとマルコスは、ザネリの方向に向かって歩いてくる。そしてそのまま通り過ぎて、二人の部下を引き連れて姿を消した。


 ジョバンニは同様に、振り向いた。そして親指を立てて勝ち誇ったような表情を浮かべる。

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