十六章 天使派懇親会②
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マルコスの背中を取り囲むようにして、数人が立ちふさがった。チェリッシュは膝を折ったまま立ち上がれないでいる。そんな中で、ザネリは人数を確認していた。おおよそ五人ほどだろうか。一人が一人を相手すれば丁度割り切れる、仲間外れのいない数だ。
直後、刺客たちは何かに足を取られその場から動けなくなる。それはジョバンニの作戦。だが長時間拘束できるものではなく、一時的な拘禁に過ぎない。
「アイラス、テイラー、ジョバンニは彼らを追って。私とチェリッシュでここの足止めを対応する」
「わかった。目標は?」
「イブリスの奪取のみ。それ以外は考えない。危なくなったら退避でいい。彼はイブリスに危害を加えないはず」
そんなことを言うザネリ。それから、どこからともなく現れた刀を持っていた。それに続いて、指示を受けた三人も会場中へと、一直線に走る。横をするりと抜けて走る三人を目で追うことしかできず、五人の刺客はやるせない気持ちになる。それでも自分に出来ることをするのは、プロ意識からだろうか。
飛び込んで斬りかかるザネリの一刀。それを、自由に動かせる腕を使って応戦した。足は動かせずとも他でカバーできる。というか、なんとかして防がなければ頭をかち割られて、そのまま地獄行きなのだ。必死に受け止めようともする。
そしてザネリの淡泊な刃と機能的な硬質ブレードが競り合った。踏ん張りが効かない分、不利なのは刺客である。それでも稼いだ一秒二秒。その時間は、命を取りあう戦場では致命的な時間である。不意にブレードが軽くなる。ザネリが後ろに下がっていたのだ。
白いクロスの掛かるテーブルに、腰を押されてザネリが止まっていた。
一人、また一人と刺客は自由になっていく。そうなれば、五対一。
人数は五倍だが、戦力はそのまま五倍にはならない。連携や作戦を組み立てるだけで、その戦力は何倍にも膨れ上がる。威圧感、手数、集中力の分散。多対一は、そういった要因が組み合わさって成り立つ。単純な数だけでは測れない。それでもザネリは表情を崩さないで立ち続ける。刺客たちには、不気味に思えた。
少しだけすくむ足を矯正して、誰かが踏み出す。フォーメーションは組んでいない。事前にすり合わせてもいない。それでも一人よりは全員で掛かった方が良い事ぐらい、誰でもわかる。前面から、五本の選り取り見取りの武器が襲い掛かって来る。
ザネリの背後にはテーブル。そしてそのまた後ろには腰丈までの手すり。下がるだけの余白はない。かといって、襲い来る全てを叩き落とせるわけでもない。
全ての刃で串刺しにしたつもりだったが、一滴の血も流れていないザネリ。刺客たちの放った鋭い先端たちは、確かに一直線に突き進んだ。それなのに、ザネリは依然として生きている。
刀と鞘を使って三本を絡めとり、受けきれない一本はピエロ顔負けの柔軟さでなんとか回避を。残っている一本は見当違いの床に突き刺さった。運が良かった。それだけで、ザネリは命拾いをした。
数人分の膂力と張り合った末、ザネリは前方に刀を押し出す。それだけではなかった。フリーになった刀で斬撃を繰り出して近寄らせないように自衛。堪らず、二人目も三人目も後ろに飛び退く。
ようやく軽くなった体で、テーブルを突き刺した経験不足の敵を見つめる。首を切り裂こうと腕を振る。が、半身に風の吹くを感じる。何かマズい。咄嗟に鞘を振り上げる。すると右腕に、凄まじい衝撃が響いた。そんなことで、相手の思い通りにさせてなるものか。そう思うと、床を踏む足にも力が入る。
とにかく今は、一人でも戦力を削ぐべきだった。
静止したザネリと刺客。ザネリが腹部を蹴りつける。足の裏でしっかと内臓を潰すよう、相手に体重を預けた。かなり効いたように思える。その証拠に、鞘にかかる力強さが消えていた。
傷つけられた鞘を引いて持ち変える。丁度本物の刀を握るときのような、そんな持ち方だ。
それで脇腹を殴ると、体内はもう滅茶苦茶だ。骨は折れてるだろうし、どれかの臓腑も破裂していることだろう。
ダメージを受けて床に倒れ込み、そのまま呻く。か細い呼吸だけが聞こえる。言葉にならない音が口から出ていた。既に一人、立ち上がることすらままならない。つまりは四人。だが、もう一人はフリーズして動けない。実質三人だ。それも距離を取ってはまた、懐まで潜り込まなければいけない三人。初めて焦りが頭に宿ってきた。もしこのまま死ぬことになったら......。
そう思うと、未だ戦意を募らせる刺客たちの視野を狭めた。心拍数が上がり、鼓動が聞こえてくる。目の前に立つたった一人の敵だけを見つめて、周りに意識を向けないでいる。全員がそうではなかったが、パニックは伝染していくもの。狂気に駆られるのは時間の問題だ。
それだというのに、一人で戦い続けるザネリは至って冷静だ。生来の性格か過去の経験か。わからないが事実は変わらない。利用できるものを見繕っているのかチラチラとテラスを見回す。視線は敵から外さずにだ。
すると突然、刺客の内の一人が特攻を仕掛ける。切先を向けて踏み込み、ザネリを殺そうとしていた。逃げ場のないザネリ相手に特攻とは、実のところ有効な手だった。場所の制限されるテラスで、左右に避けようがあまり意味がない。二人が構えているし、フリーズしたまま囮になれる者もいる。
そうなれば必然的に、回避位置は絞られる。刺客たちから見て左手側、今にも死にそうな呼吸を貪る誰かの横たわる場所だ。
が突然、ザネリは刀を投擲した。付け焼刃だろうか。それで切先が止まる筈はない。だが速度は落ちる。一瞬だが、確実に意識も逸れる。一秒が命取りなら、コンマ一秒はミスで済むだろう。しかし、ミスは一つで命に届く道を作る。
飛んできた刃が視界を占有して、ザネリの姿を見失う。直後、顎を殴られる。アッパーカットのように鋭い一撃が脳にまで響き渡る。拳と違ってピンポイントに衝撃を伝えられた。
何で殴られた。何が起きた。理解をするよりも、痛みでまともに思考ができなかった。いや痛みではない。脳震盪で思考が麻痺していた。大の字で倒れ込んだ。口から流れる涎にすら気が付かず、ただ空を見つめることしかできない。
その場からほとんど動かず、ザネリは二人の刺客を制圧していた。残るは二人。決着は、ここまで来たのなら一瞬だろう。向き合って数秒の間沈黙した。そして両陣が動き出す。ザネリの目標は床に落ちた抜き身の刀。だが、簡単に取らせてくれないことは分かっている。
片方に持った鞘でテーブルの足を取って、思いきり投げる。大きさのせいか上手く飛んでいかない。だがそれでいい。邪魔になればそれでいいのだから。
ザネリの予想通り、テーブルは目くらましに有効だった。視界が隠れたその一瞬で床に手を付いた。刃を握る。左腕に、ピリッとした痛みが走った。それでも拾う。
即席の目くらましでお役御免となったテーブルだが、まだ活用させてもらう。息のあるテーブルにタックルをして、押し込んだ。束の間、一対一が出来上がった。テーブルを挟んで一人の意識を封じ込め、刀を持った半身で攻撃を交えた。
共に達人ではない。一方は魔術協会の構成員で、一方は大昔に教えてもらった戦闘術。刃を握った達人ではない。だからこそ、勝負は一瞬でついた。互いの腹の内も探れない戦闘者同士。先制攻撃が有効だと知っている。だがザネリは、痛みに対して恐怖を感じづらいのかもしれない。
胸の少し下、肋骨を斬りつけられながら切り上げる。
致命打。腹部を横に切り裂く。内臓が一瞬、ザネリの目に映った。そして、相手は倒れる。次の瞬間、前方の視界が開けた。テーブルが真っ二つに叩き割れたのだ。見上げずとも、渾身の一撃が脳天にお見舞いされることが分かった。頭蓋を割られないために、片足で退避した。
そしてその勢いを殺してまた、一直線に走り出す。速度を乗せて、前傾姿勢で加速。攻撃の姿勢から回避に移れないでいる刺客目がけて。斜めに刃を走らせた。腰から肩にかけて、一本の切創が出来上がった。その過程で、腕も片方落ちていた。間もなく意識を失って床に倒れ伏し、四人が完全に沈黙した。
血脂を振り下ろしてから鞘に仕舞う。それを落とすとまた、刃がどこからともなく、姿を消した。




