十五章 逃走成功②
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アガサの連絡では、ザネリが一命を取り留めたということだった。それによって三人は安堵感に包まれた。専門家の無事だという言葉ほど、信用に値するものもないだろう。それはあらゆる専門家に言えることだ。
「彼女は助かったか。それならこれからについて作戦会議だね」
「今からって。それより休まないか? 気を張り詰めてもあんまり意味はないだろ」
「そうも言ってられないんだ」
ジョバンニは深刻そうに言った。
「あいつは私の居場所を特定していないだろうけど、やっぱりそれも時間の問題だ。出来る手は打っておかないと」
「それにはザネリが必要なんじゃない?」
痛い所を突かれたとばかりに口を閉じた。それから黙り込んで、何かを考え続ける。
「この街は、君たちにとってどんな場所だ?」
「無理矢理連れてこられた知らない土地」
「気が付いたらここに居ただけで特に思い入れもないな」
各々が好き勝手に言い放つ。アイラスもテイラーも、この街に対して何か特別な感情があるわけではない。ここが故郷というわけでもないし、誰か特別な人が住んでいるわけでもない。ただの街でしかなく、思い入れも無ければ守る道理もない。この土地に住んでいるというだけで、命を賭してまでアクションを起こす理由にはならない。
未だ思考を止めるつもりの無さそうなジョバンニの質問。その意図はわからないが、大方この街で奴を迎え撃つ準備を進めるつもりなのだろう。この街が壊滅しようとも、アイラスにとって知ったこっちゃないのだ。そして口が引っ付いて離れなかったジョバンニが、唸りながら意見する。
「マズいな、それは」
「何がマズいんだ? この街でドンパチやっても、僕は何も思わないぞ。まあ住民には気の毒だけど」
「それが問題だ。この街に思い入れのない人間が、この街で戦闘したらどうなる。壊滅だぞ、壊滅。街が原型を留めないかもしれない」
「そんなことになったら企業が出張りますよ」
「私の記憶じゃあ、この辺りにはメガコーポどころかハイコーポすら無いはずだ。企業が手を出す理由がない。言っておくが、企業は金の臭いがしない案件には手を出さない。絶対とまでは、言い切れないが」
そんなことは分かっている。街で戦闘行為をすれば、確実に被害は出る。それも多大なる被害が。それならどうするのか。この街で準備をすると言っているが、他にどこがあるだろうか。あの壊れた街に陽動できればいいのかもしれないが、そんな策は思いつかない。そもあの荒廃したシェンヌイは奴のホームではないのだろうか。
「シェンヌイで戦えたら一番理想なんだが......」
アイラスが予想した通りの答えだった。それに対する反証も、おのずと決まっていた。
「どうやっておびき出すんだ? というか、あいつはまだシェンヌイにいるんだろ。なら今、突っ込むしかないと思うんだけど」
「それで殺せたのなら御の字だが、リスクが高すぎる。君だって、自殺志願者ではないだろう?」
ジョバンニは明確に、アイラスを指さしてそう言った。自分の能力を過信することはしない。あの怪物を知っているジョバンニが『自殺志願者か?』と、そう聞いてくるのならば、そういうことだ。自分よりも強いことは確定的な情報なのだろう。ならどうすると、アイラスは両手を曲げてジョバンニの回答を待つ。テイラーはテイラーで、すでに興味を失っていた。
「誰か強力な助っ人を知らないのかい? 百戦錬磨とか一騎当千とか。そんなところの戦力をさ」
全て押し付けるように、ジョバンニは椅子を見繕って座った。背もたれが無いことには気づかず背を預ける。すると背中がグインと倒れて板のように体が伸びる。
「その条件なら、オーラントとマルコスくらいか。だが、あいつらが協力してくれるとは思えないな....」
「そのマルコスとやらは知りませんが、オーラントは条件次第では協力してくれるでしょう。彼の目的はチェリッシュとイブリスだけですからね。裏を返せば、二人をダシに交渉すれば上手くいくかもしれないよ」
テイラーの意見だった。そうだ、テイラーは元天使派の人間でオーラントとは同僚と言えるだろう。内情は知らないが、それでも面識はある。それ故の交渉ということだろう。
アイラスには、オーラントのはっきりとした実力がわからない。だがあの乱戦で傷も負わずに誰かの心配をするほどの余裕があった。それだけでも相当な実力者だろう。そう理解していた。
マルコスは言うまでもない。実力は申し分ないが、これまで何の連絡も無いのを見るに彼に繋がるのは不可能に近いだろう。
なら必然的に、白羽の矢はオーラントに立つ。そのためには
「チェリッシュにお願いするしかないのか?」
「そうですね。それしかありません。それじゃあ、頼みましたよアイラス」
「カム......ザネリがいればなぁ......」
ぐちぐちと小言を口に、アイラスは面倒くさがっていた。正確には、どのようなスタイルで要望を伝えるかを考えていた。ここはストレートに助けてくれと行くべきか、はたまた脅すような形で丸め込むのか。三つ目の手は、頭を下げて懇願するか。いや、三つ目はアイラスのプライドが許さない。彼にも小さいけれど確かなプライドがあるのだ。
そんなアイラスの様子を、いつの間にか飲み物を片手に見ていたジョバンニ。バカンスにでも来たみたいにくつろぐ姿である。
「なら私が交渉しようじゃないか。それで、そのチェリッシュはどこにいるんだい?」
「四号車じゃないか? いつもそこでイブリスと一緒にいるからな。てか、お前が行って大丈夫なのか。面識ないだろ」
「人に物を頼むとき、面識なんてのは些細な問題さ。誠実な心さえあればそれだけで伝わるものだよ」
自信があるのか無いのか。それは定かではないが、ジョバンニはチェリッシュのいる四号車へと押しかける。開口一番に事情を伝え、ダメ押しで頭まで下げた。これで出来ることはあらかたやった、あとはチェリッシュの出方次第だろう。
「それが私の何になるっていうのさ。この子だって、危険な目に合わせたくない。悪いけど、諦めて」
「そこなんとかしてくれないか? こちらとしても、簡単には引き下がれないんだ」
「イブリスには未来がある。その未来を潰したくない。わかってくれない?」
傍らで本を読むイブリスを尻目で覗いて、チェリッシュは硬い決意を言葉に乗せた。が、その言葉にいち早く反応したのは、ジョバンニの引率としてついてきた二人だった。
「なんだ? まるで僕たちには未来が無いみたいな言い方じゃないか」
「酷いですねー。私はあなたより年下なんだけど」
撤回しろと言わんばかりに、二人が不満を口にする。そのくだらない鳥の鳴き声など気にせず、ジョバンニは引き下がらない。
「なら連絡してくれるだけでいい。何か......そうだな、私たちが接触できるようなきっかけだけでいいんだ」
「言いたくなかったけど、私は、あの男のことが嫌いだ」
「それが理由に? 随分個人的だね」
「悪い? これ以上、あの男に助けてなんて言いたくないんだ。イブリスは私が守る。だから、あいつの手は借りない。そんな私から連絡するなんて、以ての外でしょ?」
最後の手段を、ジョバンニは切ろうとしていた。本を読み続けるイブリスに視線を向け、そして聞いた。
「君は、その『オーラント』と会いたくないのかい?」
どんな関係性かは知らない。それでも、目に見える打開策はこれしかないように見える。引き合いに、ザネリを出すことも考えたが、こっちの方がよっぽど効くだろう。
そんな言葉に惑わされるわけがない。チェリッシュはそう思いながらもイブリスの言葉を待った。急に振られた話題に、イブリスはもじもじと指遊びを始めた。初々しい、いかにも少女といった仕草だった。
「私は、おじさんに会いたいかも。でも、お姉ちゃんが嫌って言うし......」
「だそうだ。なあ頼む。連絡してくれるだけでいいんだ。あとは私たちが頼み込むだけなんだから、君にとっても特に不利益はないだろう? ザネリ.........カムパネラを助けると思ってさ」
「カムパネラを助けるって、どういう意味?」
「色々と、忙しいのさ。だからこそ、早急に対処できるならそうしたい。どうだい、気は変わってくれた?」
「連絡するだけならまあいい。ただ、イブリスはあいつには合わせない」
「最初っからそうしてくれよ。僕らだって暇じゃないんだよ?」
アイラスの無駄な一言に何も言わず、チェリッシュはジョバンニらに背を向けて連絡し始める。
別に小声ではなく言葉は届いてくる。けれど、会話の一方しか聞こえてこなければ内容は把握しきれない。断片的に拾った言葉から大体の予想はつくが、それでもチェリッシュの言葉を待った。そしてぶっきらぼうに会話を終わらせたようだった。仏頂面のまま、チェリッシュは内容を共有した。
「五日後、この街で『天使派』の催し物をやるらしく、そこに参加しろだってさ」
「えっ、彼『天使派』から離反してませんか? それ私たち諸共、殺されません?」
「『天使派』は支部ごとに、いがみ合ってるしオーラントはそもそもが上位の人間だから問題ないんじゃないか。ま、私としては殺されてほしいけど」
「......初めて知ったんだけど、それ」
「五日後の『天使派』の、懇親会かパーティかわからないけど、とにかくそこに行けばいいらしいから。それじゃあ、私たちをこれ以上巻き込まないでね」
イブリスは迷子になった視線で心配そうに、部屋の中を見回していた。その様子にジョバンニは、まだまだ『お姉ちゃん』とは呼べないなと思った。そして五日後に向けて、三人は準備を進めていた。
とは言うものの、何か特別な準備が必要なわけではなかったが。
思い思いに日々を過ごしていると、五日はあっという間に過ぎていった。三人は列車を出て天使派のパーティに向かう。それは丁度チェリッシュが、イブリスから目を離した瞬間だった。数分、あるいは十分ほど目を離した時間だった。
小さな女の子はジョバンニに肩車をさせて、可愛らしい笑顔で外の夜風に当たっている。その前には、眼鏡の青年と法衣を羽織った少女が共に歩いていた。




