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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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十四章 思い出した過去と名前 間休

読んでいただきありがとうございます!

 なんとか立ち上がっていた。刀を握る腕も地面につけた足も虚勢に他ならないが。止血する暇すらないそんな状況で、どうやって戦うべきだ。いや、逃げるべきだろうか。戦うことが死を意味することぐらい、私でも薄々気がついている。いや薄くないな。だいぶ、血の匂いは濃い気がする。

 幸いなのは、あのよくわからないノイズ混じりの人型が、こちらを舐めていることだろうか。

ゆっくりと着実に、一歩を縮める。その足取りは、本当に遅いものだった。もっと侮ってくれてもいいのだが、相手は相手で目的があって追ってきたのだろう。だがこちらも、こんな所でおいそれと死んでやることはできない。

ポケットからスマホを取り出し、血のへばりついた指で画面を操作した。無防備状態の私に視線を向けるだけで攻撃してこない。「どうぞお好きなように」と、完全に掌の上ということか。なら、最大限活用させてもらおう。

 私はアガサのスマホにメッセージを送った。電話は通じないかもしれない。だから、鍛え抜かれた指を駆使して文字を打ち込んだ。アガサが起きている事に賭けた。

その後、アドレナリンが出ているのか知らないが私はスマホを投げ捨ててしまった。なんでこんな事をしたのかなんて、私自身にもわからない。ただ、前の自分なら絶対にやらないだろうなという事だけは確実だ。


「逃しては……くれないよね!」


 淡い期待を込めた言葉を、言い終わる前に鋭い何かが飛んできた。私の瞳に目掛けて高速で発射されたそれは、すんでのところで弾き落とせた。もし刀を握っていなかったらなんて、考えたくもない。

柄を握って刃を引き抜いて、私も殺意を隠さずに立つ。そして耳に届く音を拾った。風切り音ではない。

誰かが、意思を持って伝える音。それは言葉に似ていた。けれど似ているだけで認識できない。音だ、あくまで音なのだ。クジラは特殊な音波で意思疎通をするという。なれば、目の前のノイズ混じりの人型も、特殊な波形の音を発しているのだろう。

そんなもの、私には関係ないわけだが。

 私は腰を低くした。足を開いて切先を向けて、一息に踏み込んだ。刃は届いた。が、届いただけ。ダメージは与えられていない。弾くことすらされずに空気を切り裂いた。続けざまに私は予想外の一手を繰り出す。

速度も踏み込みも足りなかった空振りの一刀。それをねかせて、やや斜め上に振り上げた。正直、出鱈目な一手だ。通用しないだろう。体の可動域に無理のある攻撃だったのだから。

掠める手応えだけを感じてそのまま後ろにステップで引いた。あのまま近づいていたくはないのでな。

ボヤけた人型の怪物は、切れた瞼を確かめるとニヤリと笑った。なんでだか、不気味な笑みだけは理解できた。


「それだけか? もっと何か、こう......あるかと思ったんだが。それとも、お前弱くなったのか?」


 その言葉で私の脚が震え始めた。こんな感覚に陥ったのは初めてだ。はっきりと、目の前のバケモノに恐怖を感じていた。私は知っている。このバケモノが、私の手に負えないことを。そして今の私は、恐怖を感じられる人間だということを。

半狂乱だった。ぼやける視界と縋るように持った刀で向かって行った。きっとそれは、滑稽だったろう。暗闇を切り裂けるとでも思っていたのだろうか。雑駁に振り回す刃は、一体なにを斬ったのだろう。わからない。わからないけど、全身を使って暴れた。誰も、近づかないでほしかった。声を押し殺して、粗い呼気だけが、口を出ていた。すると私はブロックの破片に足を取られて転んだ。顔から地面に急降下。

 ゴツゴツとした地面へ強打した痛みより、腹部の方が重症だった。二つ目の刺し傷が出来たからだ。

小さく悲鳴を上げるが抵抗なんてできなかった。背中に重量物が載ったのを感じた。立ち上がれない。そして、わざとらしくゆっくりと、突き刺した鋭い武器を引き抜いていった。

血が垂れて溢れるのが分かった。熱ではなく明確な死が近づいてくるような冷たさを感じる。


「ぐっ......痛《つ》」


 そんな情けない悲鳴。ああ、そろそろだ。最後が引き抜かれる。イタっ、最後だけ勢いよく引き抜きやがった。直後、脇腹を蹴られると私の体はグズグズのアスファルトの上を滑っていく。そうだな、滑るという表現は正しくない。私は、壊れた街の地面をさらに壊しながら吹き飛んでいた。

もう骨折よりも酷い怪我をしているのだから今更、気にする必要もないかもしれないが、上半身を支えるための骨は何本か折れている。自信を持ってそう言える。

一際大きな瓦礫に体を引っかけてもらったおかげで、なんとか止まることができた。

正直、このまま逃げたい。たぶん、あの人型のバケモノは私を狙っていない。そりゃそうだ。私は過去にあいつと一度刃を交えただけ。他の因縁は全てジョバンニ持ちだ。だから、傷だらけの体で無様に這って逃げれば、それで終わり。だけどここまで来たらそうもいかない。というか、逃げたところで死ぬ。だったら一矢報いてやる。そう思えた。これはきっと


「あの『カムパネラ』のせいだろうな」


 思い出すのは白い髪の毛の過去の自分。あれを真似しよう。大丈夫。私ならできる。あれもこれも、全ては私の中から生まれた私の可能性みたいなものだから。

完全に背中を見せているノイズ混じりのバケモノに、私は突進した。今度の突進はさっきとは違う。なんたってキレがある。動きに迷いがない。こいつをぶっ殺してやるという強い、そんな意思を持った一刀だからだ。深く刺さる手応えだ。ほら、喚いて私みたいに血を吐き出せ。

と、顔の前で風切り音が鳴った。それより早く体を引っ込めたおかげで、私の首はまだ健在だ。背中に手のひらを押し付けながら刃を引き抜いた。マズい。ノールックで振りぬいて......。

まただ。また、空が見える。ってことは私は地面に横たわっている。そして、もう起き上がることはできない。足を斬られた。膝から下がプッツリと断たれていた。片足だけで戦闘続行できるほど、私には元気が残っていない。足音。振動が頭と傷口に響く。血を流し過ぎた。動けない。せいぜい自身の死に際を、見るくらいしかできない。何故って? それは、胸の中心に刃を突き立てられたからだ。その光景が見えていた。

 喉に血が上ってきて息が出来なかった。どうしようもないほど、私は死に近かった。必死に繋ぎ止めようと意識を集中させる。それでも睡魔が襲ってくる。相反する二つが私の心臓を握る。

でもどっちかというと睡魔の方が優勢だ。

瞳を閉じてしまえば二度と開かなくなる。それでも私は眠たかった。

瞼が閉じようとしているというより電池切れに近い。少し抵抗を、してみたが結局、意識は途切れた。




—ジョバンニの視点—


 目が覚めたら地面に寝転んでた。今までふわふわと空を、浮いていたはずだったのに。いつの間にか私は現実に引き戻されていた。

横たわった体を起こして見回すと、世界は崩壊していた。もう少し目に優しい世界を見たかったのに。

空は曇りで太陽が隠れている。ぼんやりと、頭が考えをまとめてくれない。平たく言えば寝起きだ。スッキリと起きれなかったのだから仕方がない。鈍い思考回路をそのままに、私は知っている人物を見た。

 そいつは倒れていて、身体中傷だらけ。いや、片足は切断されて転がっていた。すでに動かなくなっているそいつを見ても、何も思い浮かばない。きっと、長い間寝ていたから。まだ麻痺しているのだ。

敵と言えるであろうと誰かが、今ちょうど、私の知り合いから剣を引き抜いていた。私もさっきより酷い状態で地面に寝転ぶことになるのだろうか。

それは嫌だ。

久々に目覚めたのにすぐ死亡だなんて。そんなのは嫌だ。でも体はうまく動かないし状況は飲み込めない。何もかも、ついてきてくれない。冷静に分析する視界だけが、私の今の武器だ。どうしようもないな。

 ため息。そして耳に響く足音を聞く。死ぬ。どうしよう。何もできない。一歩を踏んで歩み出す人型の怪物。


「死にたくない……」


 その言葉は嘲笑われる。刃が頭の上で、光を反射して煌めいた。だがその刃が私を襲うことは無かった。ギロチンのように落ちてくる刃は何者かに阻まれてどこかに消えた。兇刃の先っぽが闇に吸い込まれると、怪物の背中側からぬるっと現れた。片腕でそれを防ぐと、私から離れる怪物。何が起きたか理解する前に、私は腕を引かれてそのまま持ち上げられた。数人の足音が聞こえる。

一人は青年で、一人は少女。そして、ハットを被って杖を持った男は手に持った杖を怪物に向けて殿を務めた。が、それもすぐにお役御免だった。私たちが一か所に集まると黒い渦に飲み込まれ、シェンヌイから脱出したからだ。

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