十一章 ファクトリーの試薬 間休
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「シェンヌイ? なんだそれ」
「街......だと思う。いや、街だ。今も健在ならだけど」
ウーサは口調を変えずに言った。思い出したことがあっても、それは然程大切な記憶ではなかったのかもしれない。だがカムパネラは違う。
「そのシェンヌイって街に、私の過去の何かがあるのか?」
「さあね。ただ、私と君にとって手掛かりになることは間違いない。そんな気がするんだ」
「どこだ。その街はどこにあるんだ」
「ルイースだ。位置的に、中央諸国連合に近い国だよ。尤も、ルイースは連合に加入していないけれどね」
「ここから行くなら、どうやって行く? 飛行機か」
「必要ない。私が直接ゲートを開けばいい。帰りの心配はしなくていい、ここには両開きのゲートがあるからね」
そう言うとウーサは自身の顔の虚空に手を突っ込んだ。直後、トプンと沈み込んだ腕。
何かを掴み取ったようで、ゆっくりと引き抜いていった。食べられるように闇に飲み込まれた腕には、黒く粘性を持ったタールのような液体が纏わりついている。先端までしっかと引き抜いたそれは、杖だった。
柄は普通の杖に見える。手の平に収まるように精巧に作られた工芸品のようだ。だが、先端というか石突というか、地面を突く杖の命とも呼べる部分が、普通とは決定的に違っていた。
複雑な鍵山を思わせる形状は、杖としては致命的だろう。これでは体重を支えるという役目を果たせない。そもそも、この杖は用途が違うのだろうか。そう考えた。
カムパネラが杖と認識しただけで、実際は鍵なのかもしれない。それとも、もっと他の何かだろうか。
その鍵状の杖を地面にコツと押し当てる。すると、先端は床に沈み込むが大部分は空中に露出したままだ。ウーサの手元を凝視していたが、変わったところは無かった。はずだった。
悪寒を感じて頭上に目線を向けると黒い円形、丁度ウーサの頭のような深淵が広がっていた。だが、その深淵に飲み込まれることに、カムパネラは恐怖を感じていない。なぜならそれは、ゲートだから。ここではない何処かに繋がるだけの扉なのだから。ウーサにとって、カムパネラを騙すことに価値はない。それよりも、二人で過去を取り戻す、あるいは掘り起こす方が何倍も価値があった。
カムパネラに虚空の表情を向け、ウーサは言葉を投げる。
「過去に何があっても見つけ出すんだろ、君は」
「そうじゃないと、今までの私が無駄になる。私の苦労は......自分の苦行を無駄にしたくない」
言い返して、二人はゲートを通った。間違い探したちの拠点。そのエントランスから、二人が消えた。
今度は綺麗に着地した。片膝が地面に付いて土で多少汚れたが、まあ許容範囲だった。ウーサは前回と同じく、ゲートの縁を掴んで降りて来た。
二人が訪れた街は活気なんてものを感じられない場所だった。幼子のはしゃぐ声も、労働者の吐き出す愚痴も聞こえてこない。ある意味での恒久的な平和とも呼べるだろうか。いわゆるゴーストタウン。建物は崩れていて、立て直す気配も一切ない。一体この街で何が起きたというのだろうか。カムパネラに記憶があれば、見方は多少違ったかもしれない。
「ここは何があった場所なんだ。なにか、覚えていないのか?」
怯えたようにウーサに聞いた。顔は向けなかった。引き攣った表情を見せるのが怖かったのだ。
「この街は、現実度異常によって壊滅した。人は住めないし、誰も崩れた建築物を直そうとしない」
ビルはボロボロに崩れていたしアスファルトの地面にはヒビが入っていた。高架橋はグニャリと曲がって中腹から折れ曲がっている。歩けど歩けど見えるのは荒廃した街並みだけで、残念ながらカムパネラが記憶を思い出すことはなかった。けれど、彼女は終始怯えたような足取りで、進むごとに苦痛を噛みしめているみたいだった。
地面に出来たクレーターがあった。他のところとは違って、明らかに争いが行われた跡だ。荒々しい破壊痕が、戦闘の激しさを物語っているみたいだ。
そんな気の滅入る場所でカムパネラは立ち尽くした。足が止まってしまう。
あらゆる破壊の跡を目に焼け付けて、胸に込み上がって来る”自分”への嫌悪を必死に抑え込む。
「どうしたんだ? もっと奥に進まないか。なにか手掛かりがあるかもしれないんだからね」
「いや、いい。もう......いい。ここまで十分だ」
凄惨な争いの痕跡を見つめて、カムパネラは言葉を絞り出した。一体何が見つかったというのか。それはウーサには分からない。だから、ウーサは彼女に質問をした。呼吸の粗くなった、彼女にだ。
「いいって、ここで引き返すのかい? ここまで来てかい? 君の、私の記憶が戻るかもしれないのにか」
「いいんだ。なにかを......思い出さなくても、いいのかもしれない。これ以上は...いらないのかもしれない」
どっちつかずの言葉は、自分でも混乱しているのを理解させるほどだった。はっきりとは思い出せない。ただ、ここで、カムパネラは戦った。
何となんて分からない。モンスターかもしれないし人間かもしれない。はたまた自分自身、なんて可能性だってある。いくらでも改竄できてしまう。そんな不安定な記憶域と覚えのないゴーストタウン。
だが、数多の住民を犠牲にして、その正体不明の敵と戦った。それだけは純然に思い出せた。おもいだせてしまった。
込み上げてくる罪悪感を抑え込み、ウーサに何度も同じ言葉を吐く。
「もう十分だ。これ以上、入り込んでも意味は無い」
「そんなことはないさ。第一、君は自分の記憶を手にするのに必死だったじゃないか」
「頼む。もう、帰ろう」
そういって二人は帰った。一瞬の旅だったが、カムパネラには抱えきれない程の重荷を背負った。
布団に包まり瞳を閉じても、瞼に映った記憶は途切れ途切れだった。それなのに、心に刺さった棘は簡単には取れない。深い闇の中にいるみたいだった。
シェンヌイに訪れてから、何故だかあの刀がとても身近に感じれた。そして同時に、恐ろしくもあった。




