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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
33/37

十一章 ファクトリーの試薬②

読んでいただきありがとうございます!

「冷えるな...」


 全身が水で濡れたアイラスがそう呟いた。鼻を啜る音になんだか悲哀が混じっている。


「他に何か死んでいるものがいないか、分かる?」

「深く潜ったわけじゃないから詳しくは。ただ、湖の中には生きてる魚もいたぞ。揺らいでる海藻っぽいのも、緑だったと思う」

「それなら、特定の種類だけを狙っている可能性もあるか」

「あの、そもそもですが、この依頼に犯人とかって居るのかな。自然発生の可能性はないの?」

「どうだろうね。でも、ピンポイントに一種類だけ狙い撃ちするなんて、人為的に思えるけれどね」


 遠目にしか見えないが、カムパネラは湖に浮かんだ魚の死体を眺める。そしてコートのポケットから何かの機械を取り出す。スマホのようにも見える塊は、現実度を測定するための機器であり、カムパネラはそれを湖に向けた。

液晶画面にはピクセル調の数字が表示されており「3」という数だった。伸びたアンテナを色々な方向に向けてみるが、多少の増減があるのみで規定値を超えない。そんなカムパネラの持った機器の意味するところは、この湖と周辺環境の現実度は普通を示しており、異常な空間は形作られていないということだった。

ならばこの異常な現象は、どう説明すればいいのだろうか。

 頭を捻って考えても答えは出ない。アイラスもテイラーも、さっぱりといった様子だ。当たり前だが、取繕者(リペレイター)にはそれぞれ専門があり、前述の二人は現実度異常絡みの案件が専門外なのだろう。なればこそ、ここはカムパネラの出番だった。

何しろ彼女は魔術協会の元構成事務所。現実度異常はお手の物だ。まあ今は、まだ検証段階といったところだが。


「現実度は異常値に達してない。ってことは......どういうことだろうね?」

「カムパネラが分からないのなら私たちに分かる訳ないよ」

「せめて底に潜れる装備があれば話は違うんだけどね。無いものねだりしても意味はないか。

仕方がない。今日のところは帰って明日、準備を整えてからもう一度来よう。予想だと、湖の底に根本原因があると思う」

「何か思い当たる節はあるのか?」

「水の底まで現実度を特定できてないんだ。だから、あるとしたら水底だね、ってこと」


 そう言うと、カムパネラは回れ右をして後ろを向いた。今日のところは、帰る他ないだろう。特段変わった様子もなく歩き始める三人。やるべきことは決まっていた。だから足取りは安定していたし明日への準備に抜かりはしないだろう。

 そうして桟橋から離れようとしたとき、対面から歩いてくる数人のグループと出会った。

いかにもな白衣に眼鏡、片方だけをおさげにした髪型の女性。その横には、腰丈までの厚手なジャンパーを身につけてポッケに手を突っ込んだ青年が、一歩後ろを歩いていた。背中に、何やら巨大な剣を背負っていた。

そんな彼らの背中に張り付くように、真っ黒な装備で身を固めた隊員たちを引き連れていた。


 仰々しいその光景は、カムパネラに何事かと思わせる。まさか同業者か。そんな考えが浮かんだが、取繕者にこんな高価な装備を買える余裕はないだろう。

そう思いつつもすれ違う。そして、肩につけたワッペンのような社章に、思わず足を止めてしまった。


「“ファクトリー”……」


 追い求めていた存在だった。だからこそ、カムパネラの足はまだ、桟橋の方向に向かっていた。ずんずん歩いて行き、白衣の女に話をしようと近づく。だが、当然ながら止められる。黒い装備で大柄な男だろうか。

威圧感のある声で言葉を発した。


「博士に何か用でも? 悪いが、今から仕事がある。話なら後にしてもらえないか」

「頼む、大切なことなんだ。今だけなんだ。今しかないんだ」


 黒い隊員には目もくれず、カムパネラは白衣の女を凝視していた。そんな様子だったからか、肩にかかる力が幾分も強くなった。砕かれてもおかしくないだろうと、そんな力加減だ。それでも、カムパネラは引かない。置かれた手首を掴んで引き剥がすと、白衣の女の元へと歩く。


「おい、止まれ! 業務妨害だぞ!」


 制止の声は届かない。ゾンビのように前へ前へと、ただ歩いた。白衣の女は、初めっから楽しんでいたのか静観を貫いていた。そして、口を開いたのは、カムパネラが目の前に来たそのときだった。


「どうした、そんなに慌てて。何が必要なんだい?」


 そう言いながら、女は部下たちを制止した。隣の青年も、未だ腕はポッケの中だ。


「記憶、記憶を復元する薬があると聞いたんです。それが必要なんです。いくら払えば買えるんですか。頼みます、それが必要なんだ」

「お金を払えば買えるものじゃないが、まあいい。ほら、これだよ。瓶を丸ごと一本飲み干さないといけないから、注意してね」


 白衣から取り出されたのは小瓶に注がれた薬剤だった。透明で、奥の景色が透けるようだった。

その小瓶を受け取った瞬間、その場には隠しきれない殺気が巻き起こる。カムパネラはそれに気がついていなかった。その事実だけでいくと、彼女は薬物中毒者のようだった。

相変わらず、女はにやけた表情で黒い部下たちを御し続けていた。


「これ以外に用事はある? 無いのなら、帰ったら方がいいよ。

私たちはこれから仕事だから。

これ以上ここにいると本当に業務妨害で処罰が下るかもだからね」


 そうしてカムパネラは、ドンと後ろに引かれて転んでしまった。おそらく、大柄な隊員が首根っこを掴んだのだろう。

アイラスたちは駆け寄ろうともせずに声を掛けた。


「問題にならなくてよかったな。メガコーポ相手にあんな事するからヒヤヒヤしたよ」


 そう言うとまた、三人は歩き出す。そして列車の拠点へと戻るのだった。


「さて、作戦会議をしよう!」


 テーブルを囲んで、テイラーが言った。ロビーのようなエントランスのような、そんな空間。テーブルやら本棚やら、生活感がある。

その空間で一際張り切るテイラーに、興味がないとでも言わんばかりのアイラスは、ため息混ざりに話す。


「作戦もクソもあるか。明日行って終わりだろ?

潜水用のシュノーケルくらいで充分だろう。テイラー、お前は肺活量に自信はあるか?」

「それなりに。でも潜らないよ」

「決まりだな。解散して、明日に備えよう。ああそれとカムパネラ、シュノーケルを買ってきてくれ」

「ああ」


 やけに静かだった。噛みつきもしないし参加もしない。様子がおかしい。だが、言ってしまえばそれだだ。シュノーケルを買ってきてくれとは伝えたし、明日にやることは決まっている。なら、心配はいらない。

少なくともアイラスがする心配は。

最後に「英気を養う」と言って、彼はその場を離れた。テイラーは歯軋りした後、アイラスを追った。


 それはカムパネラにとって好都合でもあった。席から立ち上がりウーサを探した。すると彼女はすんなりと見つかる。

アガサの書斎で本を読み耽っていたのだ。そんなウーサに、カムパネラは小瓶を見せて言った。


「“ファクトリー”の関係者から、あんたの言ってた薬を手に入れた」

「おや、機能を抽出できたのかね。まあいい。それを飲めば、君の記憶も蘇るんだろうね。不躾だが、私にも分けてくれないか?

私も、君と同じで思い出さなければならない記憶がある。もしかすると、いや、君に関係する記憶だ」


 悩んだ。が、カムパネラは承諾した。全て飲み干さないと効果はないと言われたが、全て飲み干した後に何が起こるかもわからない。

ちょうど良い、こいつも道連れだ。

 そうして小瓶を開け放つとお互い、半分ずつを飲み込んで摂取した。

 その直後から、異変は起き始めた。カムパネラの頭の中に、朧げな光景が浮かんでくる。

フラッシュバックする記憶は断片的だが、全てに現実味と五感が宿っていた。無かったのは、明確な感情。自分自身の感じる心だった。


 そんなカムパネラが初めに見たのは、刃を胸に突き立てる光景。地面に倒れ伏した相手にとどめを刺していた。

血に塗れ呪詛の言葉を吐き出す相手。だが、その言葉に何かを抱くことはなかった。

いかに記憶であろうともわかってしまったのだ。

自分は、カムパネラは眉一つ動かさずに相手を害して殺していた。虫の命のように、なんて表現は適切ではない。

命として、人として認識して、それでも何も感じずに刃を突き立てた。気分が悪くなる。チャンネルを変えるように、次のフラッシュバックが見えた。

 今度は手を引かれていた。相変わらず無表情で、何の感情も発露させていないみたいだ。そんなカムパネラに、手を引いていた人物は笑顔を教えてくれたみたいだ。

しゃがみ込んで、わざとらしく指で頬を吊り上げる。それを模倣した。不自然な笑顔が張り付いている。

それからも記憶が見えた。今回のは朧げながら、自分自身であるという確信があった。認めたくないが、本当の自分なのだろう。


 ふらっと体が浮遊したかのように感じた。転ぶ。そう思った時にはすでに床に倒れていて、頭が働かなかった。吐き気を覚えても意味がない。知りたがったのは自分なのだ。そして、今までこれのために苦労してきた。この二つの事実は変わらない。受け入れるしかない。

 それよりも


「私は……一体誰なんだ」


 そんな疑問が頭に浮かんで、カムパネラを締め付けた。その横、顔のない人物。彼女にも変化があったようだ。短く一言。


「シェンヌイ……シェンヌイだ。あそこが、私たちの……。行かなきゃ、いけない」




—ナルコン港にて—

「良かったのか? 試薬を渡して」


 青年は言う。


「研究部門に怒られても俺は巻き込むなよ」


 白衣の女は言った。


「研究部門が私に怒るとは思えないよ。だって今更だろ? それに、結果が出れば問題ないだろう」

「その結果はどうやって入手するつもりだ? あいつは誰か、果たしてお前にはわかってるのか?」


 白衣の女は、にやついた笑みを浮かべた。


「カムパネラって名前だよ、彼女はね。昔の実験資料に書いてあったよ。『天使派』と『悪魔派』、それから“パラドクスエンター“との合同実験さ。

まさかここで会えるとは驚きだったけどね」


 イラつきを隠せずにとんがった口調で青年が毒付いた。


「くだらない研究の話はしてない。記憶保管試薬の効果レポートをどうするか聞いてるんだ」

「問題ないだろう。予想通りの結果なら、カムパネラちゃんにまた会って変わったか確認すればいい。インタビューしてね。

変わって無いなら実験は失敗。研究部門に文句を言えばいいだけ」


 そう言って、強引に会話を終わらせるかのように手を叩く。そして、”ファクトリー“はナルコン港の異常を解決した。

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