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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
32/37

十一章 ファクトリーの試薬

読んでいただきありがとうございます!

 カムパネラが目を覚ましたのは狭い寝室だった。縦長の部屋で、左右には二段ベッドがいくつか連なっていた。

そんな中に二つだけ存在しているシングルベッド。それへ、カムパネラは横たわっていることに気がついた。他のベッドは空でどうやら眠っていたのは自分一人だけだった。半身を起こして辺りを確認すると横に、椅子へと腰かけたウーサがいた。

カムパネラは頭を抱えて俯くと塞がっていない方の片目でウーサを覗いた。当のウーサはというと、予想できたとでも言わんばかりに冷静に振舞った。


「私の過去について教えてくれ」


 短く、藁にも縋る思いだった。だが帰ってきた答えは無情なもので、カムパネラの意には反していた。


「君の過去について、私が教えられることはないんだ。本当なんだよ。君の過去は知らない」

「どういうことだ? 神文官(しんもんかん)は特別なんだろう、普通じゃないんだろ? いいから教えてくれよ。頼むから」


 絞り出すように弱々しい声色で、口から言葉が漏れた。喉に力をいれて言葉に想いを乗せる。だが、それは空虚で穴だらけの記憶。カムパネラの言葉に、力が宿ることなど無いのだ。


「思い出してくれ。あんたが、あんただけが頼りなんだ。砕けたバラバラの記憶(はへん)に、あんたの姿が映っているんだ。そんな、気がしてる......」

「自分ですら知らない記憶のことを、他人に頼るのかい? 私は答えられない、幾ら懇願されてもね。私の記憶域にロックが掛かっているみたいなんだ。

誰の仕業か分からないが、君については理解できないように仕組まれている。だから、何も言えないんだ」


 真っ暗な頭の虚空を指さしてウーサは答えた。

ウーサの正体が一体何なのか分からなくなった。現実異常物体なのかそれとも人間なのか。そんなもの答えはカムパネラにとっては些細な問題に他ならないが。


「なら、少なくとも私についての記憶があるんだな。ロックが掛かっているんだろう?」

「おそらく、私の頭の奥底にね。鎖に繋がれているだろうがね」

「そうか......。手掛かりにはなるか。ああでも、クソっ。だめだ...何もわからない!」

「そんな君に朗報だ。『記録を復元』する効力を持ったANIが確認されている。尤も、物品自体は”ファクトリー”が保有しているが。それを使えば記憶を取り戻せるかもしれない。自分自身の力でね」

「なら、ファクトリーに協力を仰げと言うことか。一体、どういうつもりだ? 私に記憶を思い出してほしくないんじゃないのか」

「それは『誰か』の思惑で『私』の思惑じゃない。知らない、分からない人物の姿無き警告なんて、取るに足らないだろう?」


 そう言ったウーサはどこか笑っているような、そんな気がした。

”ファクトリー”のANI。それはどんな品なのだろか。少しでもいい、だから足がかりを見つけなければ。目下は”ファクトリー”との接触である。

だが、焦っても状況は好転しない。今は日常を暮しながら体を治すべきだろう。

天使派との戦闘で、多少なりとも体に変化があった。全身に行き届く、今まで以上に力が湧いてくるような感覚。その代わりに、頭の中がボーっとすることが多くなった。言いようもない白い空白が、頭に浮かんでくるみたいだ。

間違い探しの拠点で目を覚ましてから数日ほど経っても、定期的に訪れる注意散漫状態は治らなかった。

それに、真っ黒だった髪の毛には白髪が混じり、それらはストレスによるものではないとわかった。

カムパネラの中で、明確に何かが変わり始めていた。それは彼女にとって自分自身の喪失かもしれないという恐怖を密かに抱かせた。

 一刻も早く自身の過去を明かさなければならない。だが、手掛かりが転がり込んでくることなんてない。街に出てコンタクトを取ろうにも、イースグレースの”ファクトリー”支社には門前払いされた。

当たり前だ。ようやっと確保したANIを、記憶を取り戻したいから貸してくれなんて頼み、聞き入れられるはずがない。カムパネラが逆の立場だったら、やはり同じことをしただろう。

それなら、”ファクトリー”に認められることをするしかない。だが、それは一体どんなことなのだろうか。一般人がメガコーポと交渉などできるはずもない。

ならばANIか。いやそれも違うだろう。確かに確保・解析対象であるが、それだけで交渉できるお気楽な企業なんかではない。手詰まり。そんな言葉がよく似合うようだった。


「僕らに依頼だってさ」


 荒んだ心でベッドの上に横たわっていると、アイラスが声を掛けてくる。扉に寄り掛かったアイラスが気怠げに佇んでいた。その言葉に対してもカムパネラは体を起こさなかった。色々な考えが頭の中に渦巻いていて、すぐに行動する気にはなれなかった。

そんな彼女は、天井を仰いだまま聞き返した。


「どんな依頼内容なんだ」

「ナルコン港の調査だってさ。湖の魚が死んでぷかぷか浮ぶらしいんだ。不気味だろ」

「他の魚に食われたとか、何らかの毒素が湖に流出したとかじゃないのか」

「死体の量が異常に多いらしい。年季の入った漁師が言ってたが、まず有り得ないんだと」

「そうか。なら、行かないとな」


 そう言うとようやく重い腰を上げて立ち上がった。

いつものスーツは全て、あのアパートに置いてきてしまった。カムパネラが持っていたのは一着だけだが、同じものを着回すのは面倒くさがりのカムパネラでも流石に遠慮したいわけで、代わりにフード付きのコートを羽織って港に向かった。

アイラスとテイラーを連れて、三人は港に急ぐ。まだ街には慣れておらず港までは多少時間が掛かったが、何とかたどり着いた。

そしていくつかある店の内、獲れたてな魚を売る鮮魚店に入って行く。

 鮮魚店の中には店主の他には誰もいない。客はおろか従業員すらまともに見えない店内で、店主は溜息を吐いてテーブルに肘をついた。

哀れなその姿に、カムパネラが声をかける。


「依頼を受けて来た取繕者(リペレイター)です。依頼主はあなたですか?」

「ん? ああ、そうだ俺だ。湖の調査だろ」

「ええその調査の事です。詳しく教えてもらってもいいですか」


 そうして店主は語り出した。

数日前から湖に異変が起きたこと。それと同時に、湖中の魚が死んでは湖面に浮かび上がること。そのせいで、新鮮な魚が獲れなくなったこと。一言ごとに溜息を混ぜられては、こちらとしてもいい気にはならない。アイラスは片足で地面をトントンと叩きながら聞いていて、その様子をテイラーがビクつきながら横目で捉えていた。


「心当たりとかは、当然ありませんよね」

「あったらどれほどよかったことか。全く無いよ、心当たりは。ここいらに工場は無いし、悪意のある人間は以ての外だ。皆、魚が元気に泳いで今までみたいな生活が戻って来るのを期待してるんだよ」


 店主の言葉からは後悔と哀れみが混じっていた。この港に住む者にとって、湖に生きる魚はよほど大切な存在らしい。異変について聞き取った情報を元に、カムパネラたちは湖に向かった。

桟橋のギリギリまで先端に立って湖を覗く。確かに、水面にプカプカと浮かんでいる物が視認できた。だが、ここからではゴミに見えなくもない。


「もう少し近づく必要があるかもね」


 カムパネラは独り言のように呟いたが、アイラスは不意にテイラーを見た。テイラーは、見上げるようにその瞳を交差させる。そして、彼女は悟ったようだった。強くかぶりを振ると、大きな声で拒絶の言葉を吐き出した。


「い、嫌ですよ! 私は湖に入りませんからね!」

「ああ、そうだな」

「そう言うなら私を下ろしてください! あ、足がついてませんよ! ちょっと!!」


 テイラーの言う通り、彼女の脚は桟橋を離れて宙に浮いていた。両足をぶんぶんと振る姿は、駄々を捏ねる幼児のようである。だが、正当性はこの場合、テイラーにあるだろう。

手に持つ少女の喚き声もどこ吹く風というふうに聞き流した。アイラスは目を線にして、そのまま湖にテイラーを落とした。丁度クレーンゲームのアームみたいにだ。

 ドボンと水の中に落ちたテイラー。水しぶきを上げると姿が見えなくなった。かと思えばプカプカと浮き上がってくる。水面をバシャバシャと叩いてアイラスを睨んだ。


「まじに許さないですから! 覚悟しておいてくださいよ」

「それで、何か見えるかいテイラー」

「カムパネラまで......魚の死体が沢山です。店主の言ってた通りの光景ですよ」


 しゃがみ込んだカムパネラにそう聞かれたら、テイラーは不格好ながら必死に泳ぎ始め、死体の集まる場所まで急いだ。不思議だったのは、魚たちに外傷らしいものは見当たらず、見た限りで死に至る理由は分からなかった。

そして、そこで死体がもう一つ増えそうになった。今度は人間の死体だ。足の攣ったテイラーが「ぎゃああ!」と情けない悲鳴を上げて沈み始めたのだ。

何とか水面を叩くテイラーに、手を貸そうとする者はいなかった。突き落としたアイラス本人は、その様子を遠目で眺めているだけで何かするつもりは無さそうだった。


「大丈夫かい? 手を貸そうか?」

「は、早く助けてください! 溺れて、、しまいますう!」


 カムパネラはその言葉を聞くとテイラーに狙いを定めた。右手を突き出して、空中で掴むように手に平を握ると、テイラーの身体が締め付けられる。それと同じくして、カムパネラの腕にかなりの重量物が乗っかる感覚があった。成功した証だ。

伸ばした腕を引っ込めると、テイラーの一本釣りに成功する。桟橋で、四つん這いになったテイラーが咳き込んだ。一通り息を吸い込むと、アイラスの方に向かって行った。無言で、目元には影がかかり感情が読めなかった。

次の瞬間、アイラスは湖に突っ込んだ。頭から真っ逆さまにだ。

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