十章 魔杖②
読んでいただきありがとうございます!
砂利と石を敷き詰めて固めたような道路に、広場のような場所は石畳であった。それだけでアイラス達に新鮮な気持ちを抱かせるには十分だった。灰色のアスファルトが普通だと思っていた。だが、この街はそうではないらしい。
背の高い建物が並び、ガラス越しに見えるマネキンはやけに洒落た様相だ。きっと街柄、ひいては国柄ともいえるだろうか。それよりも今は酒場を探さなければいけないわけだが。
「どこにあると思う?」
「えーと、港?」
アイラスとテイラーがそんな会話をしていた。失敗した。あの胡散臭い男に酒場の場所を聞いていなかった。見知らぬ土地で知らない店を探す。幼子のおつかいとも似たシチュエーション。
通行人に聞きながら歩く。声をかけるとほとんどの人は足を止め、身振り手振りで教えてくれた。
そんな親切な通行人の言葉には訛りが多少混じっているようで、テイラーには聞き取れない言葉も多かったが、アイラスはすんなりと理解しているようで相槌を打ちながら感謝を伝えた。
「本当に港の近くにあるなんてな。というか海でも近いのかこの街は」
「湖じゃないかな」
「湖って港があるものなのか? 海に面してないといけないんじゃ」
「船を停める理由があるのなら港もあるのでは? 漁業とか観光とか。釣りとかもそうじゃないかな」
そんな会話をテイラーと交わしていると、いかにもな看板を付けたとある店を発見した。注意深く見なくとも、それは黄金色の液体とモコモコの泡が杯の外に飛び散るような看板だった。
他を見渡しても酒屋らしき店など見つからない。魚を売りさばく店、観光客をひっ掴まえる店などがあって唯一の酒屋。それが『ドニ―のお酒屋さん』という店であった。
ぽつりぽつりと人が入っているのを見るに、繁盛はしているのだろう。常連客の影に隠れてそこに入り込む。木造のその酒場の中に入ると、咽るほど強烈なアルコールの香りが鼻の奥にまで突っ走ってきた。
馴れていない三人は、仲良く鼻をつまむと軽く咳き込んだ。
そんな新参者を見て、店主と思しきマスターに声をかけられる。
「すまないね、ウチは強い酒が人気でね。みーんな度数の高いもんばっかり注文するから、こっちも強い酒ばっかり入荷していてね。でも安心してくれよ。ノンアルコールカクテルなんてのもやってるからね」
カウンターの裏に陣取った店主は、にこやかにそう言った。エプロンのような前掛けに、頭にはキャップを被っていた。漁師に似た見た目で酒場の店主とは、中々分かりづらいファッションである。
「テーブルでもカウンターでも好きな席に座ってくれ。何を飲むか決まったら呼ぶといい。あそこのヤツが注文を取りに来るから」
指が差された方向に視線を向けると、客に紛れてテーブル席に座った店員が一人見えた。腰エプロンを付けたその女給は、ジョッキに並々注がれるエールを一気に飲み干していた。そしてテーブルに並んだ酒を、一つまた一つと飲み干していく。そんな様子を見て注文を頼む気になる筈もなかろうと、アイラスは目を細めた。
必然的に、彼らが座る席はカウンターになる。そもそも、ここには酒を嗜みに来たわけでもない。早速本題に入る。
「店主さん、ここに胡散臭い男が来なかったか?」
「? いつも胡散臭い客ばかりだねこの店は」
その言い方はどうかと思う。まずは自分の店の従業員について深く考える必要がありそうだが。
「灰色っぽいコートに杖を持った長身の男なんだが、知らないか?」
「うーん、それだけだとアガサしか思い浮かばないな」
「多分そいつだ。そいつ、ここで杖を賭けたって言ってたんだが、その賭けについて何か知らないか?」
「それならへリウスに聞いた方がいい。あそこの飲んだくれ女給のことだ」
椅子に片足を乗っけて勝ち誇った表情を浮かべる女が一人。あれがへリウスだと言うわけか。
「私は酒を提供してるだけだから、賭けとかはへリウスの領分なんだよ」
「あー、助かったよ。じゃあ、僕は彼女と話をしてこようかな」
重りがついたような腰を渋々上げ、アイラスは歩き出す。近づくたびに声が大きくなるのに耐えられそうもない。それでも気を強く持ち、ヘリウスの方へと歩む。
未だテーブルの上で、豪快に酒を飲み続ける彼女にアイラスが声をかける。
「杖ぇ? 覚えてるような覚えていないような……でも、アガサの持ってる杖ならたぶん売るよ、私ならね」
「賭けをしたのはあんたってことか?」
「そうだよ。賭けっていうかどっちが多く酒飲めるか競っただけだけどね」
そう言いつつもアルコールの入ったジョッキは離さない。
「それで、杖はどこで売ったんだ? 場所を教えてくれ」
「ここの近くの骨董品店。まだあればいいねー」
アイラスが杖を探す理由より酒の方が大事らしく、へリウスはまたテーブルに向き直った。
用事の無くなった三人は、足早に店を出ると街の方に戻り、教えられた骨董品店に向かう。
たどり着いたそこはかび臭く時代遅れの産物が多数ある倉庫のような場所だった。暗くひんやりした店内には、一人の人間がいるだけで他は古ぼけた物品のみ。もしかすると、ANIが埋まっているかもしれない。
虚ろな瞳の店主へ、杖について聞いてみる。
「なあ、その抱えてる杖って」
そう言いかけると同時に、アイラスの視点が逆さまになる。そして後頭部を強打し床に倒れる。何が起きたか理解もできずに倒れ伏し、アイラスは後頭部に手を回した。血は出ていない。立ち上がろうと床を突くが、今度は腹にソファが落ちてきた。大型ではないのが幸いだったか。
「ぐぇ!」と潰れた蛙のような声を出して白目を向いたアイラスは、それ以降沈黙したまんまだ。
隣で様子を見ていたテイラーは、虫の知らせを受けたのかその場から後ろに身を引いた。見ると、先ほどまで自分の立っていた場所に、何やら黒い円形が出来ていた。それは上下に作られており、おそらくアイラスはあれを通って叩き落とされたのだろう。
この土地に来るときに使った例のゲートに似ているように感じた。骨董品店の禿げた男の虚ろな瞳は、初めに見たときとおんなじだ。杖を使っているというより、杖に使われていると言った方がしっくりくる様子。故に、目下は杖と禿げ頭を引き離すことだと、テイラーは拳に力を込める。
そんな握り拳を前に突き出す。が何も起こらない。そこでようやく思い出す。テイラーには今、武器が無かった。カムパネラに自慢の剣を二本ともへし折られたことは、今の今まで忘れていた。
そんな一瞬のフリーズが仇となって、テイラーは目の前から飛んできた白い猫の置物に額を打ち付けられる。
「んがぁ!」
鏃だったのなら、テイラーの命は無かった。その場で唯一無傷で残ったチェリッシュ。彼女は冷静に禿げ頭の男を見ると加速した。といっても、店内は物が多く狭い。つまりは加速するまでもない。
一息で男に近づくと強引に杖を引きはがした。
数秒、男は命を失ったかのように沈黙した。ぐったりと壁にもたれて、虚ろな瞳はもはや光すら通さないかのようだった。涎が口を垂れたその瞬間、催眠術が解けたのかパチッと瞳に生気が宿った。
頭を振って店を見回す。それは安心したいがための行動にほかならない。
床に倒れた二人の人物を見て気が動転したのは間違いないからだ。
「うわゎぁぁああぁ!!! なん、な、なんで人が倒れて!」
「落ち着け。これは事故みたいなものだから」
チェリッシュが必死に落ち着かせようとするも、店主は止まらない。あまりの事態に頭の整理が追い付かないのだ。
それもそうかと、チェリッシュは何故か納得してしまう。
自分の店で人が倒れている。おまけに記憶がないと来たら、驚くのも無理はない。店主の叫び声が止むまで根気強く待つと、遂に落ち着いたらしく話ができるようになった。
聞いたところ記憶は残っているようで曰く「自分が殺してしまったのではないか」と恐れていたらしい。この程度で死んでしまっては取繕者は務まらない。
「二人は死んでないよ。ほら、いびきのような寝息が聞こえるでしょ」
「耳が良いんだなあなた。わしには聞こえん」
「あっそ。そんなことより、この杖は幾らで売ってるの? 手ごろな価格にならないかな」
「売り値? いらん! 早くそれをどっかにやってくれ。わしの目に届かないところに一刻も早く持って行ってくれ!」
そう言うと、骨董品店の店主は怯えたようにガタガタと震え始めた。相手の気持ちも考えずにラッキーと、チェリッシュは心の中で小躍りをしていた。
床に伏した二人の頬を引っ叩いて起こすと、アガサの待つ列車へと急ぎ戻る。
散らかった部屋に着くとアガサは開口一番こう言った。
「ありがとう! これだよ、この杖。いやー、担保にするもんじゃないね。大事な物は特にさ」
当たり前のことを口にした。そんなアガサに、アイラスは問い詰めるように聞いた。
「なんで名前を教えてくれなかった。それと、この列車はなんだ」
「ああ、名前か。そういえば、初対面の人間には名乗りが必要になるんだったね。コホン、僕は名をアガサと言う。そしてここは、『間違い探し達』の拠点さ。ま尤も、この列車に残ってるのは今のところ僕だけだがね」
「てことは、他に仲間がいるってことか」
「その通りさ。皆この場所があんまり好きではないみたいだが......。君たちにはそうなってほしくないがね」
そう言ったアガサの瞳からは、どこか後悔の念に近いものを感じた。だが次の瞬間には戻っていて明るい口調も健在だった。めんどくさいなと思いつつもアイラスもどこか親近感を覚える相手だった。




