表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
30/39

十章 魔杖

読んでいただきありがとうございます!

 中空に暗く深い円が現れると、そこから何人かが吐き出される。

空のように遮るものが何もない暗がりの中で、隣にいる者さえ分からずただ落下を続けていた。実際には落下している感覚すらなかった。落ちているのか上がっているのか横に動いているのか。

そんなことすら分からなくなる暗闇で、数分を過ごしたと覚えている。異常な体験だったが、今のカムパネラにそれを記憶する余裕などなかった。

光が突然眼下に飛び込み、反射的に瞼を下ろした。そして、感じたのは鈍い痛み。

体の前面を強打したような痛みだ。前方不注意で電柱にぶつかってしまった時の、あんな感じだ。両手足を伸ばして地面に伏す。その上、正確には背中の上に何かが降って下ちた。地面にめり込むかのと心配する程の痛みを腰に感じたが、骨折していないことに感謝するカムパネラ。


 ゆっくりと体を起こす。まだ全身が痛い。特に頭だ。割れるような痛みが引いたとはいえ、それでも度を越した倦怠感が脳みそを掴んで離さない。ふらつきながら二本足を地面にしっかと付けて立ち上がる。

ここは何かの施設だろうか。扇風機やら冷蔵庫やら、やけに生活感のある電化製品が多数あった。アイラス、テイラー、チェリッシュ、イブリス。カムパネラ自身を含めると五人。

先ほど戦地に立っていた五人だ。だが六人目が、空に浮いた暗い円の縁を掴むように降りてくる人物がいた。縁を掴んでぷらぷらと揺れてバランスを見計らい、タイミング通りに着地する。その様子は手慣れている。カムパネラの様な無様さは微塵もない。

優雅に舞い降りた人物は決定的に、普通とは異なった外見的特徴を備えていた。

 顔のあったはずの場所には何もなく代わりに黒い渦、ブラックホールのようなものがあった。形状を維持するための安定装置すらなくとも、それは純然としてその場にあって、頭の代わりとして堂々と佇むばかり。

首から上をそのように”人とは言えない見た目に変えた人物”に、カムパネラは開いた口が塞がらない。

黙って歩くとその人物に近づき、胸倉を掴んだ。だが、力なく頭の無いその人物にしなだれかかる。これでは、カムパネラが支えてもらっているように見える。そして焦るように言葉を紡いだ。


「お、お前は、悪魔派の神文官(しんもんかん)だろ? そうだよな?」

『そうだね、そう呼ばれてるね。尤も、他にも神文官(しんもんかん)はいるけど』


 海の中でくぐもったような声。けれどはっきり聞こえる。揺らめくような波長であっても、脳にはしっかりと音が、声として認識された。不可解だった。それに加え彼(彼女かもしれないが)の声は何層にも重なっているようで声質が特定できない。男の声、女の声。総じて高い音だったろうか。


「なら、なら答えてくれ......! 私の過去について、あの刀について! なにか知っているんだろ」


 動悸と息切れが激しく混じり合った。立っているのもやっとのカムパネラ。神文官はカムパネラを心配するように声を掛けた。


『とりあえず休んだ方が良いかもね。ツラそうだ』

「そんなことは、どうでも、いい。だから、答え......を、教えてくれ!」


 神文官に縋るよう、ずるずると落ちていく。膝を付いてもまだ、カムパネラは裾を掴まえていた。それも、もう少しで終わるだろう。

呼吸は不規則で、額を流れる汗は止まらない。そして遂に、意識を失うと倒れ込んだ。熱を持っているのか顔が赤い。駆け寄ろうとして、チェリッシュは躊躇う。あの白いカムパネラが目を覚ましたらと思うと、葛藤と畏怖が生まれた。

対照的に、神文官はカムパネラを両腕で抱き上げた。そして扉のある方向に歩き出す。皆、無言だったがその後ろ姿を追った。

 扉を通って別の部屋に行くと、ここが何のかわかった。部屋の形状からして、列車だ。動いてるのかどうかは別として、間違いないだろう。縦に細長く無駄に歩く必要のこの設計は、列車(それ)以外にあり得ない。

神文官は目指す場所があるのか無遠慮にずかずかと進んでいく。イブリスは目に映る物すべてが新鮮なのか事あるごとにチェリッシュを掴んで離さな。

 それでも何とかついていき部屋をまたぐと、椅子に座って眠る長身の男がいた。

漫画をセットするためのラックにラジカセ。本棚にもぎっしりと漫画本が詰め込まれていて、床にはギターなんかも落ちていた。

天井に向けた頭には雑誌を広げて置いて、小さなテーブルにはお茶が注がれている。それはまだ湯気をくゆらせていた。

胸を上下させるその男に、神文官は声をかける。


『おーい、起きてくれないかー?』


 返事がない。


『おーい! 起きろってー!』


 ただの屍のようだ。


『起きろってー! 言ってるだろー!』

「だあ! うるさいなぁ! 寝てるんだから静かにしてくれよ」


 三度目になってようやく目を覚ましたその男は、雑誌を乱暴に投げると怒りを露わにした。


「人がうとうと気持ちよく眠ってるときに、なんだよ突然。訪ねる時にはインターホンを押すだろ普通」

『ここにないだろインターホン。それより、この子を寝かせてあげたい。ベッドは無いのか?』

「ソファがあるだろ。ブランケットは......あった。コレを使うといい」


 男はそう言うと、床に落とされていた一枚のブランケットを手渡した。それにしても、随分と散らかった部屋だ。

カムパネラに被せるようにそれを持つと、神文官は部屋を出た。扉を開けるその瞬間、神文官の男は背中に声を掛けた。


「寝室は三号車だ。そこまで歩いていけよ」

『ああ、助かる』


 かしゃんと音を立てて扉を開閉する。そして、男は足を組むと残されたアイラス達に向き直った。

コホンと咳払いをして威厳を演出しようとする。が、部屋の荒れ具合のせいで台無しだった。


「あー......。君たちは誰なんだい? ウーサの仲間かい」

「ウーサ。ってのはさっきの頭の無いヤツのことか? 仲間ってわけでもないが、あいつに助けられたんだ。そしてらここに居た」

「もっとマシな嘘を付けないのかい。とも思ったが、本当なのか?」

「本当だよ。色々とゴタついてたんだけど、突然ここに飛ばされてさ。僕もなにがなんだか」


 両手を広げてお手上げだと、アイラスはその二本腕で示した。男は一拍考える。ティーパックの紐が垂れるマグカップに口を付けるとそれを一口、飲み込んだ。


「何があったかは知らないが、とりあえず休むといい」

「知らない人について行くなっていつもお姉ちゃんが言ってるよ?」


 イブリスがそんなことを言う。たぶん、男のことを心配しているのだろう。


「ウーサが連れてきたのなら、まぁ、心配いらないだろうからな。それにあいつが作るゲートは一方通行だから、戻れないだろうし。バックドアぐらい持ち歩いとけっての」


 後頭部を叩きながらそう言った。そして男は、思い出したように目を見開いて「あっ」と声を漏らした。


「ここで休んでもいいが、一つ、頼み事をされてくれないか?」


 突然の要求に、アイラスは答えた。図々しくも。


「嫌だ。寝たい」

「話くらい聞いてくれよぅ......」


 口元を隠してわざとらしく泣く真似をしてみた。


「頼み事ってなんですか?」

「ああ、ありがとうお嬢ちゃん! 頼み事ってのはね、私の”杖”を取り戻してきて欲しいんだ」

「杖? そんなものどこかで買えばいいじゃないか。そもそも、足腰でも弱いのか? そうは見えないんだけど」

「杖と言っても魔杖(まじょう)だよ。賭けの担保にしたら、これが見事に取られたってわけさ。はっはっは」

「自業自得だろうそれは。で、その”杖”を取り戻したら、何してくれるんだ? 報酬が無しってのは、さすがにないだろう?」

「もちろんあるさ。それが『休み権利』さ。ここを好きに使ってくれ。知らない土地だろうから、拠点になればと思ってね」


 部屋を物色していたイブリスの投げた雑誌が、角ばった背中面を伴って男に当たった。鼻っ柱にクリーンヒットだ。アイラスとテイラーは、事前に口裏を合わせていたように頭を逸らした。そのせいだ。

鼻を押さえながら唸った男に質問を続ける。


「ちょっと待ってくれ。するとここは......どこなんだ? 僕たちはヨークタウンから来たんだが...」

「知ってるさ。ウーサは悪魔派のヨークタウン支部で働いているからね。それが連絡なしに突然ゲートを開くとなったら、こんなものさ」


 上手く会話が噛み合わない。男は自分が話したいことを真っ先に口にしてしまう性質(タチ)らしい。


「待ってください! ここはどこなんですか? ヨークタウン、では無いのですか?」

「そうだね、ここはエングレス複合国だよ。首都では無いけど、イースグレースっていう小さな街さ。外に出てみるといい、きっと違いに驚くぞ」


 孫に話しかけるおじいちゃんのような口調だ。驚く顔を見て楽しむつもりだろう。


「土地勘のない僕たちに探し物を頼むのは、無理があるんじゃないか? あんたが自分で行けばいいだろ」

「それが、訳あってここから出られなくてね。それでも大事な物なんだよ。頼む! なっ、この通りだ」

「あー、わかった。なら情報をくれ」

「そうこなくっちゃな! これが杖の見た目だ。賭けをしたのは......確か『ドニ―のお酒屋さん』っていう酒場でね、古き良きってな感じの店さ。

バーみたいな小洒落た場所じゃないから好き嫌いは分かれるかもしれないけど」

「とりあえず、できることはやってみる。だめでも文句言うなよ?」

「もちろんさ! 助けてくれるだけでも凄くうれしいからね!」


 アイラスはそう言うと、テイラーの手首を解放した。そういえばと、今まで窮屈だった手首を撫でたテイラーが言った。


「えっ私も?」

「当たり前だろ。こんな状況だ、助け合うしかない。それに、お前が『天使派』でどんな処遇になるか分かるか?」

「分からないけど......」

「反逆者として処されると思うぞ? 俺たちと一緒に居るんだから。理解したか? なら諦めて手伝え」


 言葉を失ったテイラーは、トボトボとアイラスの背中を追った。


「君は行かないのか? ドニ―は良い奴だよ?」

「見えないか? 小さな女の子がいるんでね」

「ウーサに任せるといい。子供が好きだからねー、彼女」

「彼女? アレ、女なのか......」

「ああ、そうだよ? まあとりあえず、外に連れ出して何かあれば困るだろう。三号車に連れていくから、君は二人を追いなさい」

「待て、なぜ私も行くことになっている。私は別に仲間じゃ......」

「『働かざる者食うべからず』だろ?」


 「ならお前も同類だろ」と、チェリッシュは言わなかった。代わりに、握っていたイブリスの小さく頼りない手を、男に託す。そしてアイラスを追った。

三人の後ろ姿を見送ったあと、男はイブリスに視線を落とした。片目だけ、その目は鋭い黄色(おういろ)に輝いていた。


「ふぅ。さて、イブリス。ウーサのところで遊んでおいで。きっと楽しいお話を聞かせてくれるよ。まっすぐ進んで、三番目の扉をくぐればそこに居る。ほら、走っておいで」

「わあぁ! おとぎ話。いってくる!」


 瞳を輝かせ、イブリスは小さな足で必死に走ると三号車を目指した。そして誰もいなくなった部屋の中で、男は漫画を手に取るとそれを読み始めた。が、それもすぐに睡魔にかき消された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ