九章 エルメス 間休
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走って飛び越えてまた走って。まあとにかく、こんなに体を動かしたのはひさしぶりだった。中々呼んでくれないから外に出る機会も無くて、ずっと寂しかったな。いや寂しくはなかったな。声は届かないけどいつも見てたし聞いていたし、刀は側にあったから。あの子は、時折私の声を聞いてはもがいていたから。
無駄なことを考えるのもやめにしないと。もうすこし戦いの場に着くから気を引き締めていかないとな。
そうして刃を振るうと数人の天使派に攻撃が当たる。あー、うまい具合に殺せなかったな。どうせなら一息に沈んでくれれば良かったのに。
私は地面に下り立つ。別に何かポーズをとるわけでもないけど。背後にいる二人に声を掛けたいけど、なんて言おうかな。困ったな。言葉が見つからない。こんなとき、あの子ならなんて言うのかな。
と、危ない危ない。戦いのさなかに考え事はしない方がいいかもしれない。今さっき鋭い槍が目の前を掠めた。片目が見えなくなるのは数秒とはいえ厄介だからね。
それにしても、なんでこの人たちは私を襲ってくるのだろう。正確に言えば私たちかも。そうか、オーラントとイブリスを狙っているのか。だからその二人の前に立ちふさがる私も敵か。わかりやすいじゃないか。
私は刃を薙いだ。すると相手の槍は紙でできていたのかすんなりと斬ることができた。この勢いに任せて、相手も斬ってしまおう。そうすれば動かなくなるだろう。
逆袈裟の要領で胴を斬りつけた。ケーキみたいにスッと刃が通ると、殺意を持っていた彼は地面に倒れて立ち上がらなくなった。
すると背後から声が聞こえた。
「カムパネラだったか。何のつもりだ?」
そんなことを喋る暇はあるのだろうか。現に今、オーラントは天使派のやからに斬りつけられようとしていた。そんなオーラントは、ノールックで直剣を背中に回すと刃を絡めとって回転すると、片側に付いた刃で敵の体を二つに分けた。
私の刀じゃできない。だって片側にしか刃が付いていないから、回転しても斬れない。
何事もコツなのかなと思いながら、私は重厚な剣と打ち合った。これは、少しマズいかも。大剣自体の重さもあるし使い手の膂力も脅威だ。
刃を寝かせて受け流す。考えてやるものじゃないから自然にやっていた。大剣の刃に沿って滑らせて、そのまま首を掻っ切る。新鮮な血が噴き出ている。うーん、これでいいのだろうか。チェリッシュに何も聞かない内に走ってきたのだけれど、なにがなんだかさっぱり。もっと簡単に説明してくれないかな。
「あなたがオーラントで、そっちの小さいのがイブリス? 資料って持ってる? なんか人造天使だかの」
「資料は使い道がある。無知な者が持っていても意味はない」
「その考え方は私と同じだけど、資料を使うのは私じゃないんだ」
「それなら尚更、資料は必要ないだろう?」
「そうだけどそうじゃなくて......。面倒くさいな。じゃあ分かった。あなたに協力するから、終わったらそれ貸して。依頼で使うんだ」
「今は人手が欲しいが......背に腹は代えられないな」
なんだかアイラスが作戦とか言ってた気がするけど、覚えてないな。覚えてないってことはそんなに重要でもないのかも。だから、まあ、大丈夫かな。
直後に銃声が鳴った。雷みたいな速さでその銃弾を切り裂いた。けれど刀の取り回しには限界があるから全部を防げたわけじゃない。何発かは体に命中してる。急所になりそうなところは全部外してあるから大丈夫か。痛いけど我慢できる程度だ。それにかいふく魔術も使えるんだから。
離れたところで銃を構えた人を見つけた。ここから一気に距離を詰めたら反応させずに斬り伏せられるだろうか。遠くからちょっかいを出されるのもイライラするし。
そして私は覚悟を固めて、銃を構える敵の元に一直線に走った。前傾姿勢で加速すれば、被弾するところを大体で絞り込める。それに、こうして身を低くすれば刃で守れる面積も広がる。立ちふさがる天使派の刺客を払いのけ、最短と思える線を見つける。そこをなぞるようにして、銃を持った刺客の元にまでやって来て、首を切断した。もちろん一撃でだ。
「かっ。痛、があぁ......」
頭が痛い。脳天に釘を打ち込まれてるみたいだ。いっそ、このまま割れてくれれば楽なのに。そんなことは。もう一人の自分が許してくれないだろう。
海の底から引き揚げられたみたいな体の重さ。これは私の身体で合っているのだろうか。
地面に転がった生首を見て、私は私を疑った。これは、本当に私がやったのか? それとも、もう一人の私が。いや、そんなことにかまけてる暇は無い。自身の不調を認めると同時に、天使派の刺客たちは襲い掛かって来る。だが、どう切り抜ける。私のてに握られるこの刀は、どう振れば人体を切断出来る?
分からないことだらけだ。咄嗟に、私はホルスターに手を伸ばした。
リボルバーを引き抜くと、刺客に向かって発砲する。三発、四発、五発。シリンダー内の弾丸はすぐに底をついた。
背後に下がろうとするが、地面に広がった血だまりに足を取られた。一瞬の隙が命取りだ。だから、私は片手に持った刃でなんとか相手の凶刃をせき止めた。力を込めて前に押し込む。すると刺客は体勢を崩した。致命の一撃だ。腹を裂いてその中身をアスファルトの上に引きずり落とす。
なんとか一勝。だが、これから何度こんなことを繰り返すのだろか。天使派の人間はまだまだ多い。それなのに、私の体は限界に近い。本当はもっと上手く使えるのだろうか。この体も魔術も。
知りたくもない。いっそこの場で死んでしまってもいい。だが、これは本心じゃないだろう。
今までにも死を覚悟したことは幾度もあった。その度に、私は刃を抜いてきた。結局、私は私が思う程、答えを求めていないのかもしれない。
「クソっ! なんでこんなことを考えなくちゃいけない! 今は、今は」
頭が重い。身体が怠い。弾いていた刺客の攻撃も、だんだんと目で追いつけなくなってきた。クソ。潮時かもしれない。とそんな時だった。オーラントが私に近づくと襟首を掴んで背後に振り投げた。
なんて力だ。体が、重力に反するように飛んでいく。体を擦りながら地面を滑ってたどり着いたのは、イブリスの足元だった。
体を起こすべきだ。でないと、死ぬだけだ。肘を地面に付けて、無様な姿勢でも立ち上がろうと努力する。そして、声が聞こえた。幻聴ではない。本物の、聞き馴染んだ声だった。
「イブリス! 無事か」
「お姉ちゃん。大丈夫? 体、傷だらけ」
見ると、テイラーにアイラスにチェリッシュと、勢揃いだ。アイラスがテイラーに目配せすると、テイラ―は察したように頷いた。べりっとダクトテープを剥がすとテイラーが叫ぶ。
「痛っ! た、助けてくれ!! 私はここだー! 捕まっているんだ」
天使派の連中は誰も見向きもしない。オーラントが前方で暴れ、チェリッシュとアイラスが牽制しているからというのもあるが、理由はそれだけではない。乱戦の中、テイラーの命はさして重要ではない。人質としての価値なんて、微塵も無いのだろうか。
「おい役立たず! 何の効果もないじゃないか」
アイラスが毒を吐いた。テイラーは手首を縛られていたため、走ることしかできないがその場で蹲って留まっていた。動き出せないのは、私だけだったかもしれない。
鮮血が飛び交う。アイラスも体に傷を負って、私たちは徐々に追い詰められていた。如何にオーラントがいようとも、彼も人間で腕は二本しかない。それに、彼の保護対象はイブリスとチェリッシュだけらしい。
助けるべきだ。せめて、自分についてきた者だけでも。自分手助けできる者だけでも。
それでも、立ち上がれない。心が摩耗しているのか、それとも身体が限界を迎え果てたのか。分からない。未だ、頭は割れるように痛んでいる。
「集まってるね」
その声と共に、イブリスの真上に暗い円が現れた。それは広がっていき、遂には私たちも飲み込むかという巨大となる。
「頼んだ」
短く、けれど芯の通った大きな声で、オーラントは託した。
太陽すら覆い、私たちに偽りでいて、一時しかない闇を見せる。そして、暗い完璧な円形は、私たちを飲み込んだ。




