六章 火葬隊第六連隊③
スラっとした身長の高い眼鏡と丈の長い特殊なスーツを着た女の二人が、腕組みをしながら立っていた。その眼前には肩を押さえて腕を回す、小柄な男がいた。
「何度も言いますが、隊長は天使派について何も教えてくれません。あくまで私にはですから、他の隊員たちは知っているかもですが」
「他の隊員って、具体的にはどの程度いるのかな?」
「第六連隊、という意味なら百人ほどいるのではないですかね。他にも、バックアップ等を含めるともっと多いかもですが」
カムパネラは驚いたようだった。連隊というのだからもっと大規模なものを想像していたが、意外や意外。隊長が直接使える人材は百人程度らしいのだ。それを知れたからと言って事態が好転することもないわけだが。
すると男は短刀を鞘に納めてカムパネラに言うと同時に、左右を振り向いたり前方に目を凝らしたりと忙しそうである。
「この住宅地は入り組んでますから、早めに動いた方が良いように思えます。私が前に出ますので、二人は後ろについてきてください。
それと、私はイルトと申します。名前で呼んでくれた方がわかりやすいですから、そうしてくれたらと」
小柄な男、イルトはそう言うと、右側にある細い道に入っていく。その背中を、疑いつつも追う。曲がりくねった細道や無駄に長い一本道など様々だったが、土地勘のない三人にはてんで分からず、無駄に歩き回っていた。
一番に進むイルトだったが、初めに見せていた迷いの無さや冷静さは忘れてしまったようで、明らかに舌打ちが多くなっていた。
もう少しで爆発しそうなそんなとき、その壁は現れた。目の前に現れるまで気が付かなかったその壁は、カムパネラとイルトを閉じ込めたあの壁に、とてもよく似ていた。
認識を阻害していたのか、それとも一定距離まで近づかなければ見えないタイプなのか。そんなことは定かではないが、巨壁は確かに目の前へと現れた。
ということはつまり、中にはチェリッシュかアイラス、それから第六連隊の誰かが閉じ込められていることだろう。耳を澄ませてみると、何やら鋭い音が聞こえる。悠長に構えている暇は無さそうだ。
そもそもの話として、ここに来るまでにも随分と時間を使っているのだ。
カムパネラは焦って壁に円も描かず、それへ手で触れる。目を閉じて集中する。自らを自然の中の一個と考えて、風を捉えようと意識を集中させる。
その姿を見たマルコスは、何をしているのかと鼻で息を吹く。
「どいてください、カムパネラさん。魔術は時間が掛かるでしょう。私が開けますので」
カムパネラがゆっくりと目を開いて、壁から離れる。交代するようにマルコスが前に出ると彼は両の手のひらを合わせた。合掌の姿勢から徐々に手と手を離していく。それと同時に、鈍い黄金色で形作られた一本の槍が出来ていった。槍と言っても先端の尖ったパイク状の物だったが。
適当な長さを認めると両手を下に向けて、槍の先端と後端を折るような仕草で生成を打ち止めた。
地面に落ちるよりも早くその柄を掴むと、巨壁に向かって斬撃を繰り出した。乱暴に壁を打ち始めると、小さな亀裂が入ってそこから崩れ始める。
崩れた壁に侵入できるほどの穴ができ、三人は壁を潜り抜ける。
その中では、チェリッシュとロカンタが激しい戦闘をしていた。様子から察するに、チェリッシュの方が劣勢に見える。
空気が震えるような激しい振動に視認出来ない速度での攻撃の応酬。イルトとカムパネラは、自分たちは手助けできない、寧ろ足手纏いだと直感的に理解する。
その場で立ち止まり、二人の激戦を眺めるだけで精一杯だった。
だが、三人の中で一人だけ、マルコスだけは二人の姿を正確に捉えていた。
拳でロカンタの刃を弾くチェリッシュ。息つく暇も与えぬ連撃で削るロカンタ。その二つの火花の原因を、マルコスは冷静に眺める。そして機を見計らって地面に手をかざす。指でなぞるよう地面に滑らせると、無数のパイクが地面から生えて二人に向かった。
間に割って入るように、幾本ものパイクが地面からロカンタを襲う。これにはロカンタも身を引くしかなく、チェリッシュから大きく距離を取る。そしてチェリッシュは、カムパネラに向かって吹っ飛んでくる。どうやら空中で姿勢を崩したようだ。「うわぁあぁぁぁ!!」と声を張りながら、その巨体でカムパネラを押しつぶそうとしていた。
困惑して反応が遅れると、チェリッシュのお尻が見事、腹部に命中する。
「カハッ!」と、迫真のリアクションと唾を飛ばしてカムパネラはクッションとなる。そうやってチェリッシュの衝撃を吸収してくれる。が、代わりに死にかけてた。
肺からすべての空気が逃げるようにチェリッシュのお尻が、板のような胸を押しつぶす。
いつまで乗っかているとツッコむ元気は、どこかに吹き飛んでしまったようだ。
身に付けたコートの裾が小さく擦り切れる。ほつれるように雑に破かれたその端を見て、ロカンタは静かに唸った。そして言葉には少しだけ、焦りが見えた。
「何者ですか。この戦いは貴方に関係のないことと思いますが」
「私は魔術協会の者ですからこの場合、彼女たちの上司でしょうか」
「それでも乱入する必要はないでしょうに」
そうしてロカンタは渋々といった様子でマルコスと刃を交えることになった。
始めに見せたパイクの飽和攻撃を多用するつもりが無いのかマルコスは手に持った一本のみで戦う姿勢を見せた。片手を添えすらしないで近づいてくるマルコスに、ロカンタは勝機を見た。地面からの攻撃を使わず接近戦のみであれば、経験値の高さで勝負できる。そう判断した。
無遠慮に無警戒に、マルコスは大雑把な足取りで迫る。まるで警戒などしていないように、だ。
そんな男を前にして、ロカンタは固まって動かなかった。脂汗が一筋、首を通って地面に落ちた。と同時、ロカンタの足元には土埃だけが残った。鋭く尖った刃の先端を、マルコスへと向かわせる。
横薙ぎに首を刈り取ろうと滑らせるが、鈍い黄金がそれを防ぐ。
力は込めたつもりだ。胴と首を切断するだけの力は、確かに籠っていた。だがそれは止められる。そんなことに驚いている暇が、ロカンタには無かった。刃を引いて今度は頭上から振り下ろすが、その一撃は半身をズラすことで無かったことにされる。通常なら、ここで体勢を崩して隙を晒す事になるがロカンタはそんなヘマをしない。
踏み込みと共に振り下ろした刃を横に寝かせて突きをお見舞いする。間隙を縫うように繰り出した一突き。それもまた、おもしろいように防がれた。予測でもしていたみたいに槍の柄で切先を止められ、身動きひとつも取れない。直後にロカンタの体が、腕から左に無理矢理に動く。柄に絡め、取られた刃が動かされると物理に従ってロカンタはよろける。
そして脇腹に、熱い痛みが走った。
受け身で一回転、地面を転がる。眉の端が歪んだのがわかった。顔を上げるよりも早く振動が伝わる。山勘で刃を振り上げると、重い衝突音が鳴り響く。目の前に落下してくる火花で、槍と打ち合ったのを理解した。
曲げ込んだ膝に力を込めて引き延ばし、一気に後ろに飛び退く。両足を揃えてしっかと地面に立つと、一転して攻撃に転じた。
圧倒的に不利だった。相手の方が技量は上で、冷静な頭も持っている。油断したのだった。
考える暇は与えない。瞳が交差すると、ロカンタは腕を振る。縦に横に斜めにとたゆまない連撃を加える。空気が切り裂かれるような轟音が辺りに響き渡る。それでも、飛び散る血液はすべて自分自身のもので、目の前に立つ鈍い黄金の槍は依然、一つも傷を作らないでいる。だがロカンタも、裂傷がいくつ作れようとも止まることは無い。いや出来ない。
攻撃の手を止めることは、相手の攻撃を許すということ。マルコスにそんなことをしたら、一瞬の内に切り裂かれる。理解していた。
だからこそ、ロカンタは進む。一歩一歩、相手のリーチを潰すように進んだ。
手に持つ刃が滑る。垂れて落ちた血のせいだ。それだけではない。頭もなんだか回らなくなるのを、ロカンタは薄々気が付いていた。血を流し過ぎている。このままいけば倒れるだろう。それでも打開策は無い。
結局、最後は大嫌いな根性ということだろう。
幾重にも重なる鈍く重たい音に交じって、一人の雄たけびが聞こえる。ロカンタは、ここが正念場だとでも言うように声を張り上げていた。
すると一撃が地面に落ちた。顔を上げると、マルコスが随分後ろに下がっていた。彼は折れた槍を見ると一言、ロカンタに言葉を投げる。
「まさか”黄金”を折られるとは。私の魔術はやっぱり模倣の域を出ませんか......」
自身への落胆を表すが、分かり切っていた様子だった。彼は、自らの魔術を模倣と言って自嘲する。
パラパラと砂のような粒子になって消えていく槍。それに釣られたロカンタ。消えるマルコスに気が付かない。
胸に違和感を感じた。力が入らない。
なにが起きたかも理解できず、体から力が抜けていく。気が付くと地面に落ちていた。呼吸をしづらい。喉に空気が入らず肺が機能してくれなかった。視界がチカチカと、寿命の切れかかった電球のようだ。最早立ち上がれない。そして、ロカンタは闇に沈む。
「ま、まさかロカンタさんを殺せるなんて思いもしませんでした」
「殺していないがね。もっとも、この程度で死なないでしょう彼は」
ロカンタの腕を持ち、引きずるマルコス。彼はロカンタをカムパネラの前に横たわらせ、傷口の手当を命じた。
「どうして手当をするんですか。私はまだ殺されたくないのですけど」
「拘束すればいいでしょう。あなたの弾丸なり魔術なりで。それに、応急手当程度で目が覚めるとは考えられません」
カムパネラは、自分の傷を治療したときのようにメモ帳から道具を取り出すと、ロカンタの傷を治療した。深い傷を負ったために、治療魔術も併用して傷を修復させていくが、あくまで応急処置に留めた。完全に治して攻撃なんて、考えたくも無かったからだ。
「それで、こいつはどうすんのさ。ここに置いていくわけにもいかないでしょ?」
「私の部下に回収させます。勤務時間は過ぎてますが、あとで埋め合わせをすればいいでしょう」
そしてロカンタは、寒空の下放置された。おそらく風邪を引くのは間違いないだろう。
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