六章 火葬隊第六連隊 間休
目が覚めたら地面に伏していた。体に何か重たい物が乗っかっている。いやその前に潰れてしまう。このままでは、確実にぺしゃんこだ。
い、いやだ! チェリッシュのお尻で圧死するなんて。そう思うと、私は腕と脚をバタつかせる。まるで死にかけの虫、殺虫剤の霧中で天を仰ぎ見る虫のよう。
「ど、どいてくれ…。死んでしまう。ああ! 何だか遊園地が見える気がする!」
「ん? あ、ごめん」
見下ろすような瞳でそう言った。上に乗られているのだから当たり前だが。ようやく新鮮な空気を肺が吸収し始めた。久しぶりに息を吸ったような気がする。何度か咳をして立ち上がると、マルコスとロカンタの戦闘は終わっていることを知った。
マルコスは何かを引きずりながら歩きそれをこちらに投げてくる。ポイと空を飛んだのは意識を失ったロカンタで、重たいその体をキャッチすると地面に横たわらせる。
傷ついたロカンタに応急処置を施し、その場に捨て置いた。どうやらマルコスの部下が回収してくれるようだ。部下に慕われているのかとも思ったが、埋め合わせをしなければいけないと言う。まぁ、こんな理屈っぽい人間は好かれないタイプだろうな。
尻目でマルコスを見て、私は苦い顔をした。
「後はアイラスだけだが、またこの迷路を行くわけか……」
入り組んだ住宅街。陽も落ちて辺りは暗くなっていた。それでも迷路じみたこの住宅街を歩いて、何とかアイラスの閉じ込められる場所にまでたどり着いた。今回はしっかりと円形を描き、そこを崩して砂にしていく。毎回、魔術は集中が必要になってしまって嫌になる。もっと上手く使えるといいのだが、残念ながら私にそんな腕は無い。もしかしたら、過去の私にならできたのかもしれない。
まあそれも、今となっては無意味な推測だ。
自分の身長よりも幾分か大きな穴を作って、私たちはそこを通り抜けた。イルトは同僚を心配する素振りも見せず「ロカンタは放置しても死にません」と言って、私たちについてきていた。
今回のイルトは殿を務めていて、穴を通り抜けたのは最後だった。
始めに飛び込んできたのは、横たわる死体に座ったアイラスだった。傷ついているようだが、明らかに返り血の方が多い。腿に腕を置いて、手の中では湾曲した、爪のようなナイフを回して遊んでいた。
傍らには、もう一つの死体がうつ伏せに倒れていて血だまりを作っていた。
アイラスがこちらに気づくと、わざとらしく振舞った。
「いやー、辛かったよ。もう少しで死んだかと思ったけど、何とか切り抜けた。よかったよかった」
肩をすくめて溜息混じりにそう言った。どう見ても嘘だ。圧勝とまではいかなくても、かなり余裕のある勝利を獲得したように見える。が、わざわざ詮索する必要もない。身元確認してさっさとここを離れたい。死にかけるのはもう御免だ。
「イルト、こいつらは?」
「こっちの寝てる方はべリエです。あっちの椅子になってるのはドライですね。二人ともそれなりに手練れですが、どうも死んでますね。あちらの方、何者ですか?」
手で口元を隠すようにして耳打ちされた。こっちが知りたい。今のところ私の中では、アイラスは卵に異常な程の信頼を寄せている鶏大好き蛇人でしかない。答えたくとも答えられない。
「アイラスは......卵が好きだね。それと、給料が低いことに不満は無さそうだな」
「なんの話をしているんですか? 頭でもおかしくなったのですか」
イルトが眉を寄せて困惑の表情を作る一方、アイラスは立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。その途中で、手に持ったナイフを地面に投げ捨てた。まるでチリ紙をポイ捨てするみたいに、なんでもないみたいに。あ、尻尾見えた。やっぱり隠していたのか。
「? それ捨てていいの。買い戻すのも無料じゃないでしょ」
「魔術で作ったから、その内消えるよ。込めた魔力が残ってる内はあのままだけど。見つかったら事件だね、事件」
「いや死体が二つある方がよっぽど事件でしょ!」
チェリッシュのツッコみには、取繕者らしさを感じる。人の死に動じないような、死体に慣れているようなそんな感覚。慣れるべき感覚ではないのに、私も同じく、特に感じることは無かった。「ああそうか」と言ったように、半分日常のような光景だ。
この仕事は、取繕者は続けるものでは無いなとつくづく思う。
その後、私たちは残った壁が無いか調査をして、残っているのもがあれば破壊して回った。
一応、元々の依頼では『袋小路の調査』と、そうなっているのだから。とまあそうは言っても数は少なく、せいぜい二つ程度しか新たに発見はしなかった。私たちを閉じ込めていたのも含めると、合計で五つか。
その間に、ついぞ第六連隊の隊長は見つけられなかった。イルトの話では、早々に拠点に戻ったのではないかということだった。元々、部下に任せて自分で仕事をすることが珍しい隊長だったため、驚きはしないとのことだった。いや驚いて、一発か二発ぶん殴った方が良いと思う。
「それでは、私は帰ります。すでに終業時間ですし」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえ。その代わり、あなた達にはやっていただく依頼がありますので」
まあ、知ってたけどね。後ろの二人は苦い顔をしていたが。
「イルトは、このまま戻るのかい?」
「ええ、隊長に確認しないといけないこともありますから。胡散臭かったら、もう見切りを付けますよ。前々から、怪しいとは思ってますし」
苦し紛れだなと思った。それに、胡散臭くない結社や組織は存在しないと思うが。何はともあれ、これで一応は危機を免れた、と言っていいだろう。
─とある施設にて─
「はぁ......」
柱の等間隔に設置された白い空間で、一つの溜息が響いた。それは諦めにも似たもので、自分の末路を悟ったような溜息。それとは裏腹に、男の足取りは随分と軽く見える。情緒が不安定で、気持ちの整理を付けられないのだろう。
平ぼったい段差を上ると、玉座のような物が見える。それは空白で、誰の姿も無かった。その代わりに、玉座を囲うように四人の人物が佇んでいた。
くたびれたコートの男は、無精髭を一度触ってから、名残惜しそうに口を開いた。
「まぁ、なんだ。言われた通りに依頼はやったし、あいつらも誘導した。殺害どころか拘束すらできなかったが、言われた通りにしたんだ。見逃してくれてもいいだろ?」
おどけたようにそう言った。すると、玉座を囲う内の一人が言った。
「依頼さえあれば、あなた方火葬隊は仕事をこなすと聞いたのですが、あれは嘘でしたの?」
豊満な肉体を純白の衣に包んだ、まるで天使のような見た目の女性。薄い唇が艶めいている。普段の男なら見定めるように、じっくりと下から上まで眺めるところだが、今はそんな気分ではない。
肩をすくめて言い訳をする。
「できる限りはやったんだがねぇ......」
「もういいでしょう。我々の依頼を失敗したのだから、ここで首を切ってください。あなたにはその義務があるでしょう?」
「わざわざここに来た理由が死ぬ為だなんて、笑ってしまうよ。悪いが、腹を切って死ぬには勇気がなくてねぇ......。報告は済ませたし、俺は帰らせてもらうよ」
「ただで帰らせると思っておいでで? あなたは共犯です。そして私たちの部下ではありませんか?」
その言葉に、男は一瞬固まった。そして、口をひらいて低い声で唸った。
「火葬隊は元々、悪魔派の戦力だ。間違っても天使派の下部組織じゃない。それに、前隊長の借りを清算したらもう関係はなくなる。天使派が消えるか、俺たちが借りを返すか。どっちが早いかだな」
頭に血が昇ったのは理解した。背筋に悪寒が走った。
挑発するような言葉を残して男は後ずさりした。そして一段一段下りていく。平らな地面に足が付くと、ようやく前を向いて自分の居るべき場所へと帰る。その背中には、死の恐怖を持っているように見えた。だが、それ以上の志が、男を突き動かしてるのだ。
そんな後ろ姿を刺そうとする者は、一人も居なかった。誰もが歯噛みする中ひとりだけ、ただ男を見続ける者がいた。
黒いスーツに白い手袋。胸のポケットにはペンダントが見えた。だらしなく半分だけ見えるそのペンダントには、天秤が刻印されていた。それ以外は、ポケットの中に隠れて見ることができない。
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