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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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六章 火葬隊第六連隊 間休

 目が覚めたら地面に伏していた。体に何か重たい物が乗っかっている。いやその前に潰れてしまう。このままでは、確実にぺしゃんこだ。

い、いやだ! チェリッシュのお尻で圧死するなんて。そう思うと、私は腕と脚をバタつかせる。まるで死にかけの虫、殺虫剤の霧中で天を仰ぎ見る虫のよう。


「ど、どいてくれ…。死んでしまう。ああ! 何だか遊園地が見える気がする!」

「ん? あ、ごめん」


 見下ろすような瞳でそう言った。上に乗られているのだから当たり前だが。ようやく新鮮な空気を肺が吸収し始めた。久しぶりに息を吸ったような気がする。何度か咳をして立ち上がると、マルコスとロカンタの戦闘は終わっていることを知った。

マルコスは何かを引きずりながら歩きそれをこちらに投げてくる。ポイと空を飛んだのは意識を失ったロカンタで、重たいその体をキャッチすると地面に横たわらせる。

傷ついたロカンタに応急処置を施し、その場に捨て置いた。どうやらマルコスの部下が回収してくれるようだ。部下に慕われているのかとも思ったが、埋め合わせをしなければいけないと言う。まぁ、こんな理屈っぽい人間は好かれないタイプだろうな。

尻目でマルコスを見て、私は苦い顔をした。


「後はアイラスだけだが、またこの迷路を行くわけか……」


 入り組んだ住宅街。陽も落ちて辺りは暗くなっていた。それでも迷路じみたこの住宅街を歩いて、何とかアイラスの閉じ込められる場所にまでたどり着いた。今回はしっかりと円形を描き、そこを崩して砂にしていく。毎回、魔術は集中が必要になってしまって嫌になる。もっと上手く使えるといいのだが、残念ながら私にそんな腕は無い。もしかしたら、過去の私にならできたのかもしれない。

まあそれも、今となっては無意味な推測だ。

自分の身長よりも幾分か大きな穴を作って、私たちはそこを通り抜けた。イルトは同僚を心配する素振りも見せず「ロカンタは放置しても死にません」と言って、私たちについてきていた。

今回のイルトは殿を務めていて、穴を通り抜けたのは最後だった。


 始めに飛び込んできたのは、横たわる死体に座ったアイラスだった。傷ついているようだが、明らかに返り血の方が多い。腿に腕を置いて、手の中では湾曲した、爪のようなナイフを回して遊んでいた。

傍らには、もう一つの死体がうつ伏せに倒れていて血だまりを作っていた。

アイラスがこちらに気づくと、わざとらしく振舞った。


「いやー、辛かったよ。もう少しで死んだかと思ったけど、何とか切り抜けた。よかったよかった」


 肩をすくめて溜息混じりにそう言った。どう見ても嘘だ。圧勝とまではいかなくても、かなり余裕のある勝利を獲得したように見える。が、わざわざ詮索する必要もない。身元確認してさっさとここを離れたい。死にかけるのはもう御免だ。


「イルト、こいつらは?」

「こっちの寝てる方はべリエです。あっちの椅子になってるのはドライですね。二人ともそれなりに手練れですが、どうも死んでますね。あちらの方、何者ですか?」


 手で口元を隠すようにして耳打ちされた。こっちが知りたい。今のところ私の中では、アイラスは卵に異常な程の信頼を寄せている鶏大好き蛇人(セルパーテス)でしかない。答えたくとも答えられない。


「アイラスは......卵が好きだね。それと、給料が低いことに不満は無さそうだな」

「なんの話をしているんですか? 頭でもおかしくなったのですか」


 イルトが眉を寄せて困惑の表情を作る一方、アイラスは立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。その途中で、手に持ったナイフを地面に投げ捨てた。まるでチリ紙をポイ捨てするみたいに、なんでもないみたいに。あ、尻尾見えた。やっぱり隠していたのか。


「? それ捨てていいの。買い戻すのも無料(タダ)じゃないでしょ」

「魔術で作ったから、その内消えるよ。込めた魔力が残ってる内はあのままだけど。見つかったら事件だね、事件」

「いや死体が二つある方がよっぽど事件でしょ!」


 チェリッシュのツッコみには、取繕者(リペレイター)らしさを感じる。人の死に動じないような、死体に慣れているようなそんな感覚。慣れるべき感覚ではないのに、私も同じく、特に感じることは無かった。「ああそうか」と言ったように、半分日常のような光景だ。

この仕事は、取繕者(リペレイター)は続けるものでは無いなとつくづく思う。


 その後、私たちは残った壁が無いか調査をして、残っているのもがあれば破壊して回った。

一応、元々の依頼では『袋小路の調査』と、そうなっているのだから。とまあそうは言っても数は少なく、せいぜい二つ程度しか新たに発見はしなかった。私たちを閉じ込めていたのも含めると、合計で五つか。

その間に、ついぞ第六連隊の隊長は見つけられなかった。イルトの話では、早々に拠点に戻ったのではないかということだった。元々、部下に任せて自分で仕事をすることが珍しい隊長だったため、驚きはしないとのことだった。いや驚いて、一発か二発ぶん殴った方が良いと思う。


「それでは、私は帰ります。すでに終業時間ですし」

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いえ。その代わり、あなた達にはやっていただく依頼がありますので」


 まあ、知ってたけどね。後ろの二人は苦い顔をしていたが。


「イルトは、このまま戻るのかい?」

「ええ、隊長に確認しないといけないこともありますから。胡散臭かったら、もう見切りを付けますよ。前々から、怪しいとは思ってますし」


 苦し紛れだなと思った。それに、胡散臭くない結社や組織は存在しないと思うが。何はともあれ、これで一応は危機を免れた、と言っていいだろう。



─とある施設にて─


「はぁ......」


 柱の等間隔に設置された白い空間で、一つの溜息が響いた。それは諦めにも似たもので、自分の末路を悟ったような溜息。それとは裏腹に、男の足取りは随分と軽く見える。情緒が不安定で、気持ちの整理を付けられないのだろう。

平ぼったい段差を上ると、玉座のような物が見える。それは空白で、誰の姿も無かった。その代わりに、玉座を囲うように四人の人物が佇んでいた。

くたびれたコートの男は、無精髭を一度触ってから、名残惜しそうに口を開いた。


「まぁ、なんだ。言われた通りに依頼はやったし、あいつらも誘導した。殺害どころか拘束すらできなかったが、言われた通りにしたんだ。見逃してくれてもいいだろ?」


 おどけたようにそう言った。すると、玉座を囲う内の一人が言った。


「依頼さえあれば、あなた方火葬隊は仕事をこなすと聞いたのですが、あれは嘘でしたの?」


 豊満な肉体を純白の衣に包んだ、まるで天使のような見た目の女性。薄い唇が艶めいている。普段の男なら見定めるように、じっくりと下から上まで眺めるところだが、今はそんな気分ではない。

肩をすくめて言い訳をする。


「できる限りはやったんだがねぇ......」

「もういいでしょう。我々の依頼を失敗したのだから、ここで首を切ってください。あなたにはその義務があるでしょう?」

「わざわざここに来た理由が死ぬ為だなんて、笑ってしまうよ。悪いが、腹を切って死ぬには勇気がなくてねぇ......。報告は済ませたし、俺は帰らせてもらうよ」

「ただで帰らせると思っておいでで? あなたは共犯です。そして(わたくし)たちの部下ではありませんか?」


 その言葉に、男は一瞬固まった。そして、口をひらいて低い声で唸った。


「火葬隊は元々、悪魔派の戦力だ。間違っても天使派の下部組織じゃない。それに、前隊長の借りを清算したらもう関係はなくなる。天使派(あんたら)が消えるか、俺たちが借りを返すか。どっちが早いかだな」


 頭に血が昇ったのは理解した。背筋に悪寒が走った。

 挑発するような言葉を残して男は後ずさりした。そして一段一段下りていく。平らな地面に足が付くと、ようやく前を向いて自分の居るべき場所へと帰る。その背中には、死の恐怖を持っているように見えた。だが、それ以上の志が、男を突き動かしてるのだ。

そんな後ろ姿を刺そうとする者は、一人も居なかった。誰もが歯噛みする中ひとりだけ、ただ男を見続ける者がいた。

黒いスーツに白い手袋。胸のポケットにはペンダントが見えた。だらしなく半分だけ見えるそのペンダントには、天秤が刻印されていた。それ以外は、ポケットの中に隠れて見ることができない。

読んでいただきありがとうございます!

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