六章 火葬隊第六連隊②
数人の集団に続きその後ろを行く。隊列は組まずに広がり、住宅街を歩いていた。警戒を続けていたが、何か不審なことをしてくる様子はない。目の前にいる五人をカムパネラは常に凝視していた。それなのに、一時の瞬きで全てが変わった。隣を歩いていたはずのチェリッシュが見当たらない。アイラスも、いつの間にか消えていた。
いや、二人だけではない。先ほどまで前方を進んでいた四人もその姿を消した。残ったのは、帽子で目元を隠す一際背の低い小柄な隊員だけだった。尤も、今はもう身長を比べる術は失われたわけだが。
何の前触れもなく全てが消えたような、そんな不思議な感覚。どうせなら、頭の中にいる邪魔者を真っ先に消してほしいものだが。
「一体なにが起きたんだ。何か知っているなら説明してもらえる?」
「わかりません。ですが、これはこれで好都合ですね......」
小柄な男は顎をさすりながら不吉な事を考えているのか、下を向き黙り込んでしまう。その後ろ姿を眺めるだけにして、カムパネラは後退りでその場から逃げる。できるだけ音を立てぬよう、細心の注意を払って足を動かす。
そうして逃走を計るがカムパネラの足は止まってしまった。
背中に何か違和感を感じて振り向くとそこには巨大な壁があった。圧倒される大きさの壁に、カムパネラの思考は一瞬止まった。
その刹那の時間で男はカムパネラの眼前にまで迫りくる。手には中途半端な長さの短刀を持っていた。彼の一撃は起こりを感じさせない。しくじったと考えるよりも先に、臍から鳩尾まで、斜めに切り込みを入れられる。痛覚と共に半身を捩った。それが功を奏したか切り傷はそれほど深くはなかった。
だが、次はどうだろうか。そんな不吉が頭をぐるっと巡った。
相手が行った攻撃の勢いを活用して、前転の要領で転んで受け身を取る。少々不格好な様子だったが、なんとか上着のホルスターからリボルバーを引き抜いた。が構える余裕はなかった。男は表情も見せぬまま、未だ地面に横たわるカムパネラに短刀を向け、そのギラついた鈍色で以って、一つの命を奪おうと歩を向ける。
右足で踏み込んで、カムパネラに接近する男。
体に腕を密着させた引き金を二度引く。シリンダー内には五発の弾丸しか入っていない。当たるだろうか。だが、それ故に火力は折り紙付き。
ストッピングパワーに自信はあるが、当たらなければ何とやら。男の勢いは止まらず短刀を振り上げていた。相変わらず接近戦は苦手だと、カムパネラは自分の短所を呪った。
頭に振り下ろされた短刀を銃身で受け止める。
「んっ、ぐぅぅっ」
切先に力を込められれば筒が変形してしまうだろう。そう考え、男のかけた体重を上手く利用して振り払う。標的を見失わないよう、カムパネラは体勢を崩した男から目を離すつもりはない。
すると男は曲芸のように、手を使わずに脚だけで側転まがいのことをした。頭が地面すれすれを通り過ぎるにも関わらず強打はしなかった。
サーカスなら拍手喝采かもしれないが今は観客が一人だけ。それもお互いに命を狙ってるともなれば、歓声などあがろうはずもない。
頭の中で残弾を数えて息を吐く。
距離は四歩。刃か弾丸どちらが速いか。瞬間の沈黙の後、カムパネラが地面を蹴りながらステップする。左右は家屋が連なり逃げ場がない。
目的は牽制なのかカムパネラが真っ暗な銃口を男に向けた。
殺し合いの信頼関係。男は咄嗟に身を屈めた。だが、弾丸は空気を切り裂かない。カムパネラは引き金を引かなかったその代わり、腰に手を回してもう一丁のリボルバーを取り出す。
二人の”信頼関係”の打ち壊された瞬間だった。
男の舌打ちが聞こえた気がした。汗が額を伝って落ちる。
「この一本道では貴女が不利に思えます。どうでしょうか、投降するのは。別に貴女をどうこうするつもりはないですから」
「信用ならないね」
短く言い切り左手に持った特殊改造リボルバーを撃ち出す。通常より数段遅い弾丸では男を捕えることは出来ず闇の彼方へと消えていく。着弾地点に通行人がいないといいが、気にかけている余裕はない。
つくづく自分の射撃力を呪い、カムパネラは距離を保とうとする。風切り音と共に鋭い切先が喉を掠めて血が出る。病み上がりにも関わらずまたもや生傷が増えてしまった。
だがそのおかげで男の戦闘リズムが少しだけ、カムパネラにも見えてきた。が目下は引き離すことが重要だ。今度は銃口を向けてのブラフは効かないだろう。強烈な炸裂音が鳴り響き、男は肩を抉られた。
重心を外したのか、中心よりも外側の肉が抉れていた。
ダラリと下がった腕から血液が流れ、なんとか刃を握っている様子だった。好機なのが分かった。
目の前の男は肩で息を吸っており、今だけは攻撃に転じられないだろう。いくら戦闘特化とはいえ、痛覚は消せないようだ。
カムパネラが地面を滑りながら残り二発の弾丸を撃ち切った。それでも男は肩以外に重症を負っておらず、放った弾丸の無駄遣いを悟った。装填の暇はない。役立たずの鉄の塊になったリボルバーを投げ捨て、捕縛用特殊リボルバーだけで勝負に出る。
いつの間にか持ち替えていた刃がもう一度、カムパネラに近づいた。
だが速度が出ていない。捉えられる。いや捉えた。手首を掴んで速度を殺し、顔面を殴打した。
堪らずのけ反り痛みに悶える。これもまた、隙だった。防御を失った男の脚に蹴りを食らわせ片膝を付かせる。甲高い悲鳴にも似た声を上げて苦痛を訴えた。今度カムパネラは、まだ捕まえたままの腕を無理に伸ばしへし折った。カムパネラ自身の力ではなく、鋼鉄の塊の手を借りて。
男は今度、今にも泣きだしそうなくらいに叫ぶ。両腕を使いものに出来なくされ、無力化された男は、睨みつけるような目でカムパネラを見上げた。立ち上がるには少しインターバルが必要だろう。
だからこそ油断はしない。地面にへたり込んだ相手から離れて、カムパネラが引き金を引く。今度は外さない。弾丸が男に命中すると、それは橙色の太い帯になって男を捕縛した。体にキツく巻き付くようにして拘束され、彼は横倒しにされた。
その姿を見て、カムパネラは一息つく。捨てたリボルバーを拾い装填。一発、二発、それから最後の五発目。全て詰め込んでシリンダーを元に戻した。
男は死を覚悟したのか短く息を吐くと抵抗をやめる。が、リボルバーが弾丸を発射することはなく、カムパネラはそれをホルスターに仕舞い込んだ。
その代わり、胸ポケットからはメモ帳を取り出し、ペラペラと頁を捲る。その開いた頁を指でなぞると、頁からは一本のスプレーが飛び出してきた。まるで風船を割ったみたいな勢い。
スプレーをキャッチすると、首の切り傷に吹きかける。そうして吹きかけられた部位に、何やら白い膜が形成されていくと、流血が無理矢理せき止められた。腹部の切り傷にも同様の処置を行う。
「......お腹からやった方が良かったな」
傷の手当を済ませると、カムパネラは地面に転がった男の側に寄る。攻撃手段をすべて失った男はされるがままに帽子を取られる。
カムパネラがその顔を覗き込むとまだ幼いように見えた。髪が長く、首元まで伸びている。
童顔なのか、顔立ちだけでいけばチェリッシュよりも幾分も若く見える。
わざと見せつけるよう、奪い取った帽子を遠くに投げて質問を始める。
「どうして急に襲い始めたんだ。私たちは、君たちに何かしたかい?」
「まず、私の命を保証してくださいますか? それなら話します。そうじゃないなら、いっそ殺してください」
「ああ殺さない。だから話してくれ」
即答した。
「隊長に貴女達を捕獲しろと命令されました。元々、四人で貴女達を捕縛しようとしましたが、急にあの壁が現れましてね。それと同時に同僚も消えました」
顎で背後の巨壁をさし示す。
なるほどと言った様子でカムパネラは耳を傾ける。が、何が何だか分かっていない。頭の中には疑問符が席巻していた。
「私たちが天使派の拠点をひとつ潰して」
「はい?」
「それで天使派から依頼を受けて、とかじゃないのか?」
「何のことかわかりません」
「孤児院のことは知らされてないのかい? 街角にあるハリエルの孤児院のことを」
「そこが天使派の拠点ですと? 初耳ですね」
すると男は訝しんでカムパネラを見上げた。拘束が無ければそのまま噛み殺されそうだ。カムパネラは地面に座り込んで、男の横で膝を立てた。
「本当に知らないのか?」
「貴女、私のことをバカだと思ってますね? そんなことは隊長の口から聞いていません」
嘘を言っていないと証明はできない。だが、わざわざ嘘をつく必要があるだろうか。周りに仲間が待機していようとも、この状況では、カムパネラが引き金を引く方が早い。ほとんど死が確定してるような状況で、嘘をつく必要があるか。いや、それとも、自分たちの勝ちを確信しているのか。
カムパネラは頭を回転させるが答えを出せない。行き詰った。
横に顔を向けて、地面に転がる無様な男を見て、一つの妙案が思いついた。
はたき落とした短刀を男の横に置き、一つの提案をする。ぶわっと冷や汗が噴き出る。メモ帳のある頁を開いて距離を取り、一言。
「本当に何も知らないのか」
「いい加減もっと実のある会話をしたらどうですか。そんなことを嘯かれましても」
「なるほどね......。今から拘束を解く。けど、襲ってこないでくれよ。本当にね。でないと君が死ぬことになるし、私は最悪の気分になる」
「拘束を解いてくれるなら協力しましょう。それ以外の道はないでしょうし、このまま地面に伏せ続けるのは......」
嫌な緊張感が全身を走っていた。気分が悪くなり視界がぐるぐると回り始める。口の中がすっぱい。吐き気が喉につっかえているのがわかる。
その時だった。カムパネラのスマホが、振動と共に音を発したのは。
内心ホッとして、彼女は通話を繋げる。
「カムパネラさん、この巨大な壁はなんですか」
「分かりませんね。気が付いたら建っていました、おそらく相手側の魔術か何かでしょう」
低く、疲れ切った声が聞こえた。
「そうですか。それなら破壊してもよろしいですね」
「ちょ、ちょっと待ってください。い、今通路を作りますから」
通話は繋げたまま、カムパネラは背後の壁に近づいた。巨大な壁に、ボールペンのようなもので円を描き、その中心に手を置いた。数分間、そのままじっとしていると、円の描かれた部分がポロポロと崩れて砂になっていった。そうして、壁には人一人が通れるぐらいの穴ができる。
といっても、この壁の向こうに彼がいなければ無意味だが。
「ん、少し狭いですね。ですが、まぁ、抜けられましたか」
長い髪を一本に束ねて眼鏡を掛けた、疲労の溜まり切った一人の取繕者。それはマルコスだった。カムパネラが頼ったのは結局、魔術協会の上司に当たる人物だったわけだ。
「それで私は何をしましょうか。あれを殺せとは言いませんよね?」
「いえ、違います。ただ、初めにも伝えた通り、仲間を救出してほしくてですね。もしかしたらの保険が見事に的中したところです」
「私は、もしかしたらの保険で呼ばれたわけですか。まぁ、いいでしょう。電話で伝えた通りあなた方には役割がありますからね」
不穏なことは聞き流しておこうと、最後の一言は聞こえないふりをしたカムパネラ。すると、蚊帳の外になっていた小柄な男が口を開いた。
「結局、この拘束は解いてくれるのですか?」
男の方に、歩いて近づいた。弾丸が命中した場所、そこにある橙色の帯の大元。それを力一杯に押し込むと、帯は少しずつ緩んでいって拘束を解除した。両腕をおしゃかにされた小柄な男は、腕を上げる代わりに肩を上げて降伏の意思を示す。
読んでいただきありがとうございます!




