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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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五章 孤児院の正体②

「簡単に案内しますね。まずは大広間とキッチンからにしましょう。子どもたちも、あそこによく集まりますから」


 親切そうな職員の名前は、ハリエル・ベンセンというらしい。靴を脱いで框を上がった際、謝罪とともに教えてくれた名だった。

しかし珍しいものだ。ヨークタウンに、靴を脱いで部屋に上がる文化はないのだから。もちろんカムパネラの勝手な目線でしかないが、このように靴を脱がなくてはいけない施設は、ほんのごく僅か。

しきたりと言えばそれで終わりだが、どうにも勘繰ってしまう。杞憂に終わってくれるといいが。


「スリッパに履き替えるなんて。面倒ですね……イタッ!」


 アスターが小声で文句をたれる。

聞こえない程度にぼやいたつもりかもしれないが、ぜんぜん聞き取れる。カムパネラが後ろから、神速の早技で後頭部へ平手打ちすると、アスターが悲鳴をあげる。


「ああ、確かに靴を脱ぐなんてあんまり見ないですよね。」


 アスターのお小言に、ハリエルが返答する。答え慣れているのか定型文のように理由を説明し始める。


「やんちゃな子も多いですから、靴を履いたままだと怪我してしまうんです。

柔らかいスリッパなら、もし蹴られたとしても、あまり大事には至らないので。それにスリッパだと蹴る側も躊躇いますから」


 軽くそう説明してくれた。その答えはアスターを納得させるのに十分なもので「なるほど。そういうことでしたか」と素直に謝罪をする。

その後、今度はハリエルの方から質問が飛んできた。恐る恐るといった様子で、軽く振り向きながら聞いてくる。

触れてはいけないものに触れる、そんな感覚なのだろうか。


「あの、聞きたいのですが、なぜそんなに怖い仮面を被ってらっしゃるので? 天使派の方々は、あまりそういった物を被らないと思うのですが」

「私は取繕者(リペレイター)だから、身元を明かすのはリスクなんだ。あくまで契約だからね」


 カムパネラはそう答える。うまく言い逃れた。が、アスターの方はそうはいかなかった。たどたどしく、痛いところを突かれたとばかりに言葉を紡ぐ。


「あっ、えっとですね。これは……」

「彼女なりのお洒落なのさ。

最近の若者のファッションは、理解しづらいものでね」

「そうですか。若いのに天使派でお仕事をしているのは、すごいですね」


 アスターの心臓はバクバク跳ねている。誤魔化せたのかそうでないのかわからない。心臓の音が届いていないといいが。


「こちらです。こちらが大広間になります。真ん中の大きなテーブルで朝、昼、夕方の食事をとります。みんないっしょに食べて、片付けも全員でやります」


 手を広げて案内されたのは、まさに大広間と言うのにピッタリな空間だった。

庭に繋がる窓が壁側に取り付けられており、その他には、おもちゃ箱やテレビなど、種々な物がある。飲食店のようなカウンター型のキッチンは、子供たちが火遊びしないようにといった配慮だろう。

等身大の窓から覗く庭は、ブランコやすべり台を始めとした遊具があり、やんちゃさんも控えめさんも楽しめる施設に思える。


 大広間に入るまでガヤガヤしていたのを思い出し、カムパネラがぐるっと部屋中を見回す。すると隅に固まって、小声でおままごとをする少年少女の姿が目に入った。

悪いことをしたな、と眺めて続ける。


「あの子たちはいつもおままごとをしているんですよ。眼鏡の男の子がレイで、ピンクのワンピースの子はネイラ、にんじんを持ってるのがキリエです」


 柔らかい、しわの刻まれた笑顔で子供たちを眺めるハリエル。この笑顔が本物か、カムパネラにはわからない。

すべてを知っていて演じているのか、それとも知らずに加担してしまっているのか。どちらにしても、アスターが解明するだろう。今は問題を起こさないよう動くだけだ。


「そろそろ他の部屋を見てみますか。次は、子どもたちの自習部屋です」

「個人の部屋じゃだめなの? 自習部屋なんて必要ないように思うんだけど」

「私がここに来るまではそうだったみたいですが、やっぱり部屋だと勉強しない子もいましてね。

都合よく使ってない部屋があったので、私が改装したんですよ。結構な自信作でしてね」


 言葉が早く、聞き取るのに少し苦労するが、ハリエルは口を動かし続ける。


「壁紙をどうしようかと考え抜いて、最終的にこの花柄にしたんですよ。これもね、可愛い感じだけじゃなくて色々な花が印刷された壁紙でしてね。これなら、女の子だけじゃなくて、男の子も受け入れられるだろうって」


 大広間から歩いて数秒、自習部屋についた。等間隔に配置され机と椅子、そこから離れたところには、パーテションで区切られた集中専用机も完備されている。自習をする部屋というよりもはや塾のようである。それほど勉強を第一に捉えているのだろう。

現に今も、所々の席には子どもが座っている。

専ら、パーテーションで区切られた机にだが。


「今あちらで勉強してるのは、ルカとローデンスですね。勉強熱心な二人で、将来は研究者になりたいと言っています。素晴らしい夢です」


 残念ながら、ここに居たままではそんな日は来ないだろう。

一人一人の名前を覚えていることに若干の恐怖を感じる。ハリエルからすれば、ここに住む子供たちはみな実験対象としか映っていないだろうに。それでも優しく接するのは、人の心の欠如かそれとも無知故の優しさからなのか。


「お見せできるのはこれくらいでしょう。

二階は子どもや私の個人部屋ですし、地下は物置で。屋根裏もありますが、あれは部屋とすら呼べませんからね。子どもたちも、何遍注意してもくもの巣だらけになって帰ってくるんです。困ったものですよ、ほんとうに」


 ため息を吐くけれど、その表情には、それを楽しむような朗らかな顔があった。


「そうか。なら、私は先に外に出るよ。あー君、彼女が満足するまで一緒にいてくれ」

「わかったけど、なにすんの? 一人で施設中を巡回でもするつもり?」

「まさかね。庭にある遊具を見たくてな。

昔を、思い出すのさ。ハリエルさん、遊具を見るぐらいなら別に構わないだろう? それに、二人も子どもたちと会話したいだろうし」

「構いません。それと、気になっていたんですが何故、守護星の方が来たのですか?」

「天使派の依頼ばかりでは身も心も持たない。子供たちと触れ合えれば、心身共に疲れが吹き飛ぶからだよ」

「そうですか......。初めにも言いましたが、子どもたちに悪影響は与えないでくださいね。多感な時期ですから」


 そういうと、ハリエルは廊下の奥へと歩を進める。別れ際の表情は不安と敵視が入り混じっていた。天使派の上の人間には、逆らえないわけで態度に表す他ないのだろう。

それと同時、カムパネラも後ろを向いて歩き始める。二人に手を振って玄関まで歩き、階段の影に潜んだ何者かに声をかける。


「ずっと後ろで見守って、何がしたいんだ?」

「バレてたかぁ」

「この狭い施設なんだから、そりゃあバレるさ。で、一体誰だい?」


 影から姿を現したのは普通に見える青年だ。黒髪に黒縁の丸眼鏡。カーゴパンツに丈の長いパーカーと、ダルそうに片手をポケットに突っ込んでいる。青年は、不敵な笑みを浮かべてカムパネラの質問に答える。


「同業者だ。ま、こっちは正式に雇われているけどね。で、そっちはどうなのさ。実際のところ、天使派の人間じゃない......とか? だとした悪魔派かな?」


 尋問のような嫌な空気。冷や汗の一つも掻かず、カムパネラは冷静だ。冷静に、一言だけ口にする。


「外に出よう。暴れるのに向いてないだろう? お互いに」

「僕は話し合いで解決したいけどな」


 トントンとつま先で地面を蹴った。アスファルトの硬い感触が骨に響く。


「で結局、君はなんなのさ。そんな仮面被って見学なんて、信じられないよ」

「守護星の護衛ってところかな」

「ふーん。守護星に護衛なんて必要ないと思うけどなー。ま、これではっきりしたね」


 空気が変わった、へらへらした青年の顔は変わらぬままで、カムパネラを見据える冷たい視線に、明確な殺意が籠った。ゆっくりと遅いような、捉えどころのない蛇にも似た立ち振る舞い。

一瞬、ゆらっと片膝が沈み込むと青年は、目の前にいた。

 驚いてる暇はなかった。刀の切っ先のように鋭く尖った手刀が、仮面の上から頬を掠めた。ピリッと熱い痛みが走る。青年の手首を遠ざけるように押し出して距離を取った。


「目玉一個くらい安いだろう? 大人しくしてよ」

「話し合いで解決するんじゃなかったのか? 早速殺し合いじゃないか」

「僕は本当に孤児院(ここ)を護衛しないといけないからね。秘密と共に」


 手加減している余裕はない。カムパネラは、腰のホルスターからリボルバーを引き抜く。互いが互いの出方を伺う。そして何を血迷ったか、カムパネラが孤児院の塀を飛び越える。突然の出来事で、青年は完全に面食らったようでフリーズしてしまう。

我に返ったころ目に映ったのは、塀に手をついて乗り越えるカムパネラの後ろ姿のみ。逃がすまいと、青年も飛ぶ。

塀の上に両膝を折って飛び乗った。するとバンッ、と大きな音が鳴る。想定内だった。首を巧みに動かしその銃弾を避け、そして遊具が乱立する庭に下り立つ。


「そんな音立てちゃダメだ。みんな怖がっちゃうよ」


 人差し指を立てて、チッチと舌を鳴らす青年の姿に、カムパネラは苛立ちを覚える。

分かっていた。あんな一発は不意打ちにならない。十分に予測可能な一発。それ故の怒りだった。

 さあどう来る。さっきみたいな縮地か、それとも飛び道具か。予想外だったとしても、致命傷は避ける。青年の立ち姿だけでいけば、チェリッシュより近接戦が得意なわけではないだろう。

 纏う雰囲気は、どちらかというとトリックスターと言った感覚だ。力任せの暴力ではなく、技術で人を騙すマジシャンのように感じる。

 と青年を凝視していると、背を低くして突進してきた。困った。これでは上手く狙いが定まらない。このリボルバーには、三発しか弾がないのだ。

いつの間にか外に出していた握りこぶしで、カムパネラは殴られる。が、ただで殴らせるほど優しくはない。

下から突き上げてくるパンチを逸らして、斜めからの手刀も同時に躱す。胸騒ぎの警告が、全身にコールを発する前にジャンプ。足払いをされた地面の雑草が刈り取られていた。

それすら見越した青年は、尖った指先でカムパネラの足首を狙う。が、青年も同じく首ががら空き。


「チッ!」


 舌打ちをしたカムパネラ。ぎりぎりで回避した青年に向けた悪態だ。すると青年は、またもやポケットに手を突っ込んだ。


「キタキタ。さぁ問題だ、僕は今、なにを持っていると思う。カランビット? それともバグナク? それとも、どっちでもないかもね」

「飴玉だろうね」


 さぁてどうかなと、青年はまた不敵に笑っていた。勝ちを確信したかのようにゆっくりと歩きながらだんだんと加速する。と言っても距離はそこまでない。

普通、構えてから発砲が間に合う距離じゃない。それでもカムパネラは、自分の腕を信頼していた。

たとえナイフが深々刺さろうとも、意に介すつもりなどない。


「げっ! ほんとに飴玉じゃねーか!」


 握った手を見て衝撃を受けた青年。一瞬、意識が逸れた。いける。カムパネラは躊躇わず、トリガーを引く。

青年の底抜けした叫び声とリボルバーの重苦しい撃鉄の音が重なり合う。

それでもその弾丸は空を切った。


 直前でステップをした青年。バランスを崩して、隣のジャングルジムに激突してしまう。


「っぐ! クソっ! って、もう止めようぜ。な?」


 背中の痛みに瞳を閉じる。そして自身の過ちに気が付いた。が、それももう遅い。瞳を開いて飛び上がると、眼前には黒い筒があった。カムパネラの構えた三発しか入らないリボルバーが、目の前にデカデカとあった。

両手を上げて、青年は降伏の意を示した。その手には、一つの飴玉が握られている。


「悪いね、邪魔されたくないんだ」


 そう言って最後の引き金を引こうとした瞬間、カムパネラは身体に力が入らなくなるのを感じた。

直後、胸には激痛が走り口から血を吐いた。青年の言う通りナイフでも刺さったのか。

一瞬、音も痛みも熱も、危険を知らせるそのすべてが機能しなかった。

自分の体重すら支えられず、カムパネラは膝をつく。だが、なぜだかそれができない。


 視線を落とすと、一本の刃が胸に突き刺さり、それが崩れる身体を無理矢理に起立させている。

銀色に輝いた刀身は、自身の血によって血なまぐさく染まっている。


 一層深く突き刺さる刃。大量の血液を口から吐き出す。

乱雑に引き抜かれた反動で、カムパネラは前のめりに倒れこむ。身体の芯を捉えられた。これでは駄目だ。意識が遠のく。


「火葬隊第六連隊所属のロカンタです。院長のヘルプボタンが作動したので来ましたが、貴方は何をしていたのですか?」

「僕? この不審者を拘束しようと......」

「そうは見えませんね。逆の状況に思えます。それに、貴方は何故院長を護衛せずここで油を売っているのですか? 

自らの職務を放棄しているのですか?」

「こいつを放置してたら、子どもたちもあぶねーだろうが! 

考えろよ堅物」

「そうですか。

ですが貴方が職務を放棄したことへの理由にはならないでしょう。この件は報告させてもらいます」


 残念ながら、平坦で冷酷なその声の主を見ることはできなかった。最後にその会話を聞いて、カムパネラは意識を失った。

読んでいただきありがとうございます!

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