五章 孤児院の正体
ある日の昼下がり。中天で笑顔を振りまく太陽にスタミナを吸い取られる。汗ぐんだ首筋が痒いのか、首を拭う。
陽気なのが好きではない公園の大木は、冷ややかな影を作って数多の生き物を招き入れていた。一瞬、木陰に立ち入り休憩しようとも考えたが店に行けばどのみち休憩できると、一瞥だけして立ち去る。
暖房も冷房も付けていない店などないのだから。それにアパートから然程、遠い距離でもない。わざわざ車を使う必要もないほどの近場ということだ。
外に出ることの少ないカムパネラはできるだけ、無意味なタイムロスをしたくない。
背中に受ける陽の光は、黒いスーツでは無駄に吸収してしまう。
こんな時だけは真っ白な、それこそ天使のような純白に身を包みたい。額から汗が流れるほどでもないのが微妙にもどかしく、首を動かして風を取り入れる。
そうして騙し騙しの徒歩を続けていると古ぼけた看板が目に入る。
錆びているのか赤茶色に塗装の剥げた看板には『サルドールの工房』と記されている。文字の不均一さがハンドメイドを醸し出していた。
横開きのドアを開けるとカランと、乾いた鈴の鳴る音《ね》が響いた。
ショーケース型カウンターの裏に、眼鏡をかけた老人が一人、さみしく佇んでいた。顔の半分を覆うかのような見事な髭は真っ白で、眉毛も中々に厚い。加えて、頭巾を被って禿げ頭を隠しているようだ。
来客を知らせる鈴音に反応して、反射的に扉の方に向いた。そしてそこに立つ人物を見た途端、呆れたような溜息を吐く。お客に対しての反応には到底思えない。
カウンターの上に新聞を、開いたまま置く。
「また来たのか、カムパネラ。何度も言ってるがなあ、ここは銃器の卸売りじゃないんだぞ。わかったら正規のガンショップにでも行ってくれ」
忌々しげに口にした老齢の店主。いや、職人。
「今回は本当にそうもいかないのさ。一般に、特殊部隊ですら採用されないピーキーな銃が欲しくてね。サルドールさんなら作れるだろ?
ドラン先端設計局が製作した、リボルバーみたいなのが良いんだけれどな」
「バカみたいな弾丸を使うあれか。
作れるには作れるが、どうしたってそんなもんを? 前に見せた銃があるだろう。それじゃ満足できなかったのか?」
「一発の威力が欲しいんだ。身体改造している人間でも簡単に貫けるくらいの」
先日の融合体は完全な分岐点だった。あの一件が無ければこの店に来る理由は、当面の間はなかったであろう。
「うーむ。作っても使いこなせないだろ。射撃の腕前も良くないだろうに」
「それでも必要なのさ。先日の依頼で痛感してね。やっぱり、防衛武装ハンドガンだけじゃあ対応しきれない。だから頼むよ。
代金も、まあ、言い値とはいかなくともそれなりに融通するから」
「.........一丁でいいのか?」
「二丁頼む。一丁はその”バカな弾”を発射する通常リボルバー。もう一丁は、強化拘束弾専用の銃にしてほしい」
「拘束弾専用ってなると、弾倉は三発が限界だろうな......。わかった、製造し終えたら連絡する。早く取りに来るんだぞ。銃は場所取るからなぁ......」
なんだかんだ言いつつも、最後には結局仕事を引き受けてくれる。正に職人だ。自らの腕に、絶対の自信と信頼を載せているからこそ、いつもの無茶な注文にも答えてくれる。
サルドールという歴史ある工房を継いだ男には、応えなければいけない挑戦なのだ。
エプロンのポケットからメモ用紙を取り出すと、そこに署名をする。サルドールの文字と判子。それだけで、なんでもないメモ用紙は契約書となる。そこまで信頼されている取繕者御用達の工房。それがサルドール工房なのだ。
手渡されたメモ帳を胸ポケットに仕舞い込み、カムパネラは店を後にした。
家に戻ると上着を脱いでアスターに連絡をと、前時代的なキーパッドを操作してメールを送る。
それから三日後、カムパネラは新調した大型のリボルバーを二丁、ホルスターに仕舞う。
一丁は腰のホルスターでもう一本は、シャツの上に着けた空のホルスター。左はいつもの拳銃の居場所だ。明け渡すつもりはさらさら無い。
そうして準備して、カムパネラはアスターとの待ち合わせ場所に向かった。もちろん、チェリッシュも一緒だ。
「アスターからの依頼だなんて。なんか、不吉な予感がする」
「アスターを信じていないのか? 大丈夫さ、ああ見えて責任感はあるから」
「ふーん。気になってるんだけど、アスターとはどんな関係なの? カムパネラってさ、記憶、曖昧なんでしょ?」
「私も詳しくは覚えてない。けど、朧気な記憶の中で姿だけあるんだ。たぶん、仲は良かった......と思う。依頼で偶々知り合って、私のスマホに連絡先があって。気が付いたらこうなってた」
「ふーん。まわかったよ、あんまり詮索しないでおく」
チェリッシュはそう言うと、肘をついて窓の外を眺め始める。狭い車内にも慣れたもので、今では陸に打ち上げられた魚みたいに動くこともなくなった。
ぶっきらぼうに会話を終わらせたチェリッシュに、カムパネラは弁解しようとした。
詮索してほしくないのではない。ただわからないのだ。アスターと出会って依頼を達成した。それは覚えている。しっかりと。だが、それ以前を知らない。
なぜ親しかったのかも、なぜ連絡先を持っていたのかも、なぜお互いを認めているのかも。曖昧でふわっと浮かんでいて、掴もうにも空に逃げていくばかり。
過去も理由も、本当に知りたいのはいつだってカムパネラ自身だ。
静寂が支配する車を走らせて、ある駐車場にたどり着いた。緑のフェンスで囲われた個人駐車場。ということは、しっかりと料金を取られるみたいだ。あとでアスターに請求しよう。キーを抜いて車外に出てみると、つかつかとこちらに近づく一つの足音がした。アスターのものだろうと音の方向に振り向くと、彼女は帽子で目元を隠しているように見える。装い新たにご登場である。
「イメチェン?」
「違いますよ。仕事の時はいつも被ってるんです。昨日は偶々汚い場所だったので」
「それより、なんだってここで待ち合わせを?」
「ここが一番近いからです。バレるかバレないかのギリギリの綱渡りですから、こういう何でもないところで落ち合った方が都合が良いでしょう」
「天使派の拠点に、そんなに怪しいものでもあるのかい?」
呆れたような声色で質問をしたカムパネラ。天使派は、表向きでは白星教の教えを源流にした慈善的な結社。その活動も、通常の取繕者のそれとは違う。寄付やボランティアや宗教勧誘など、どちらかというと宗教や教義の1派閥に近しい。
そんな組織でも、結社は結社だ。後ろ暗い事情なんて探せばいくらでも出てくるだろう。まだ表に出ていないだけ、マシなものだ。
「ええ、怪しさマックスです。まことしやかに囁かれてるこんな噂を知っていますか?
『天使派は、子供たちを攫って実験をしている』と」
「それと君の仕事に何の関係があるの? 噂につき動かされるほど、ぎりぎりの生活なのかい」
「探偵館は関係ありません。私個人の問題です。それと噂を信じているのではありません。
状況証拠や小さな事実が噛み合っているんです。残るは答え合わせだけ」
そう言った言葉の端には強い意志が宿っているように感じる。カムパネラは、少し気圧されながも質問を続ける。
「聞くだけじゃあやっぱり、私たちが必要になる要素がなさそうだけれどね」
「もちろんカムパネラさんたちの出番が無いことが最善です。ですがバレたら私は確実に死ぬでしょうから」
「あー、まあまとめると、天使派の拠点で悪事を暴こう! ってことでいい?」
それまで黙って車に体重をかけていたチェリッシュが、突然首を突っ込んだ。議論に終止符を打つような委員長の議事録まとめ。アスターがそれに頷く。
するとチェリッシュはパンと拳を打ち鳴らして車から背中をはがす。
「うーんそれじゃあさ、早くその悪事を成敗しようよ」
「成敗しません。証拠を提示し統括協会に告げ口です。天使派はトカゲのしっぽ切りするでしょうが、犠牲者は減らせます」
「それなら行動開始だね。チェリッシュ、ガントレットはしまっておいてね」
「わかってるって。どこでもかんでも殴るぐらい乱暴じゃないんだからさ」
そう言って、探偵と二人の助手(推定)は歩き始める。探偵の背中を守り抜くよう、ぴったりと護衛をして。
「その天使派の拠点ってさ、どうなってるかわかるの?」
「普通の孤児院ですね。沢山の子供たちが楽しそうに暮らしているようです。どのような実験が行われているかは分かりません。ですのでうまく陽動しながらになりますね」
歩きながら、アスターが下を向いてカムパネラに質問をした。
「その......本当に良いんですか。ここまで来てなんですが引き返しても良いんですよ。天使派と敵対することになりかねませんから。その......」
「何を言うかと思ったら、そんなことか。そのために認識偽装用仮面を持ってきたんだ。帽子もそのためだろう? 自分の身は自分で守らないといけないからね」
「え? これただの帽子なんですけど......。」
三人が足を止めて顔を見合わせる。目元を押さえてカムパネラが熟考していた。まさかただのオシャレ帽子だったとは。仮面は二枚しか用意していない。もちろん、自分とチェリッシュの分だけだ。
アスターのまん丸な瞳が、今だけは頼りなく間抜けな双眸に見えた。
観念したような息を吐いてチェリッシュが一言、声を上げた。
「カムパネラ、私の仮面を貸してあげて」
「そうなるとチェリッシュが危なくなるが、どうするんだい?」
「布で顔を覆う。顔が見えてなければいいでしょ。それに、私にはあんまり意味がないと思うし」
「どういう意味だい、それは。まあいい。チェリッシュがいいならそれで行こう。くれぐれも問題は起こさないようにしないとね」
「隠密行動に徹するってことかぁ……。うまくいくといいけど」
それからアスターはやけに背中を小さく、かつ後ろめたそうに歩いていた。老人のように小さく踏み出して。
ほどなくして、件の孤児院にたどり着いた。住宅街の一角に建つ変哲のない建物。ただの大きな家にしか見えない。
遊具や花壇などが目に届く場所に設置されており、通行人からすれば居心地の良い施設にしか見えない。道路に出られないように背の高いフェンスも完備されており安全確保に余念はない。
が、アスターの話を聞いてからここを見ると、なぜだか全てがわざとらしく見える。ダブルミーニング。普通は孤児院にしか見えないのに、噂を知っていると全てが偽装にしか見えない。思い込みの悪いところだ。つくづく人は目に見える物を曲解するな、とカムパネラは自分が嫌になる。
扉に手を掛けて引く。建物の中には特筆すべきことなど何もなかった。戸のない靴入れクローゼットはカムパネラの腰辺りまでしかなくて、ぎっしりと靴が詰まっていた。
可愛らしい魚柄からドラゴン模様まで、如何にも子供らしい、センスの光る逸品が大量に詰め込まれていた。
「普通に入って来たけど、このまま中に入れるのかい? なにか手続き的なものが必要にならないの?」
「大丈夫でしょう。たぶん。ほら、見学に来ましたって言って」
そんな心配をする必要はなかった。職員が大きな足音を立てながら走って近づいてきたからだ。そして開口一番、丁寧な口調でこう言った。
「本日は見学などの予定をいただいておりませんのでお引き取りください」
頭を下げて物腰柔らかにそう言う。短髪の刈り上げで歳は40くらいだろうか。目じりに刻まれた皺は年齢特有のもので、疲れからくるものには見えない。深々と頭を下げる先には、不審者と変わらない狼藉もの共。
アスターの計画が、頭から破綻した。あんぐりと口を開けてフリーズしてしまうアスターに、チェリッシュが一つの希望を見せる。
「なあ、ここって天使派の運営してる孤児院なんだろ?」
「ええ。それがどうかしましたか? あ、もしかして、あなた達、取繕者ですか? それなら本当に帰ってください。子供たちに悪影響です」
突然攻撃的になった。無理もない。取繕者なんて人種は、ろくでなしとルビを振ってもいいくらいの人間なのだから。
チェリッシュが答える代わりに、首にかけたペンダントを見せる。鬱陶しいように首を動かして外したペンダントを、その職員の目の間に突き出した。
「見覚えがあると良いんだけど。私は天使派の特派員みたいなものだよ。ペンダントだけじゃあ、信用できないかな?」
アスターがのぞき込むようにそのペンダントを観察する。空気を読めないにしても限度のある行動。
のぞき込んだペンダントには、天秤とそれを持つ一本の腕が刻印されており、なんだか神々しい印象を与える。
ペンダントを使うことそれ自体に忌避感があるのか、チェリッシュは、バレない程度に苦い顔をしている。がカムパネラにはバレてしまうだろう。
もっとも、カムパネラは玄関で動かずにその問答を見守っているだけだったが。
「守護星の方でしたか。それなら......大丈夫でしょう。どうぞ、お入りください。ですが、いかに守護星の方であっても子供たちを刺激しないようお願いします」
そうして、三人は孤児院への潜入に成功する。
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