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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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四章 魔術儀式の参加者たち 間休

 最悪だ。またこの夢か。

真っ白な空間に一つの椅子。外を見渡す窓の前に、ポツンと場違いに置かれた椅子。けれどその窓は、決して外を覗かせてはくれない。

逆光が差し込んでいるみたいだ。床に伸びた自らの影を認めて顔を動かす。が、動かない。

自分の体であるはずなのに意思に反して首は回らない。


 なに、パニックになる必要はない。この夢を、この部屋を前にしたらいつもこうなるのだ。今更、驚くことなんて何もない。いずれ勝手に動く。

ほら、やっぱりそうだ。ゆっくりと目を開くみたいに顔を上げる。

真っ白に見える世界は、実のところ色付いているだろう。この”目”を通して見る景色は、どこか普通を逸脱しているようだ。

この”目”の持ち主は変わった感性をお持ちの様で、何を目にしてもそれの名前以外が浮かんでこない。


 本棚とテーブルと花瓶。それとラジオか。

それくらいしか、この頭には浮かんでこない。立ちあがろうにもその気が起きない。何故だかこの椅子から立ちあがろうと考えるが、体がそれを宥める。

両足は床につけたまま。何もできない。する気がない。

 ただただひた座るだけ。時間が過ぎる感覚も、腰が痛くなる痛覚も無い。けれど虚無では無い。一人だと感じない。

 部屋には私だけなのに、私は孤独を感じていない。

 恐怖も感じない。ただ、隣に誰かいるのだろうか。いや、おそらく逆だ。この身体の、椅子に座るこの身体の隣にいるのは、私なんだろう。

ふよふよと浮き続ける形のない私。謂わば魂が、この身体に取り憑いているだけ。

 たぶん、そうだ。だから、私はどれも偽物のように思うのだろう。いつか自分自身を、拒絶する日が来るのだろうか。

そんなことを思うと、私の魂が消え入るように意識が遠のいた。同時に、椅子に座っている”白髪”の誰かが立ち上がった。




 部屋中に響き渡るインターホン。立て続けに鳴るが動かないでいると、今度は扉をドンドンと叩かれる。迷惑この上ない行為だが居留守を使っているカムパネラに言えた義理もない。

いつも通りの最悪の目覚め。怠さを隠す努力もせずソファから起き上がる。

昨日は辛かった。家に着いたあと、身につけていた衣類は全てひとまとめにし、袋に詰め込んだ。そして体を洗いクリーニングに出したからだ。

 結局、すべてが終わった頃にはベッドに行く気力もなく、来客用に買い入れたソファに眠り込んだ。

ソファで寝ることは多くない。というか少ない。枕の一つもない。寝覚めは決して、良いものになる筈がないからだ。


 軽いというか、覚束ないというか、フラフラとした足取りは病を思わせる。

玄関のドアノブを捕まえると扉を開く。どうせチェリッシュだろうと思っていた。今日はいつにも増して面倒くさい起こし方をするものだと若干の怒りを覚えた。

 だが、扉の前に立つのはアスターだった。


「カムパネラさん聞いてください! 昨日の依頼があったじゃないですか。

昨日の依頼で見つけた木乃伊、なんと本物の聖体だったんですよ! 歴史的な発見なんです! これ」

「それはよかった。で、なんの用かな、こんな朝早くから」

「朝? 今お昼ですよ」


 壁にかけた時計を細目で見る。本当だった。短針はすでに12という数字を越えていた。

ずいぶんと健康的な睡眠をしたものだと感心して、カムパネラはアスターを中に招き入れた。


「お茶淹れてくれたんですね。

ありがたくいただきます」

「ああ、飲んでくれ。それで、さっきの続きを話してくれないか。

あんなに興奮するなんて、それほど凄いことなのかな」


 温かいお茶を喉に通したら落ち着いたのか、普段通りの静かな声で話す。


「すごいなんてものじゃないです。

万澄真衆(ばんじょうしんしゅう)の伝承に登場する昇華的神格個体の木乃伊だったんですよ。

あの木乃伊」

「神格個体ってのは凄まじいね。本当に実在するとは……。でも、万澄真衆の伝承ねぇ……。宗教はあんまり信じていないんだけれども」


 コップの中身を啜って、カムパネラが小馬鹿にするように鼻で笑う。この世界には様々な教えがある。


 白く輝く星を信じて祈る白星教(はくせいきょう)

 俗世の一切合切からの逃避を掲げるホンドロ教。

 万物を創造した唯一の神を信仰するバラムス教。


 他にも数えきれないほどの宗教がある。だが、そのすべてを、カムパネラは軽視している。宗教を信じて何になるものかと、カムパネラは常々思っているからだ。

カムパネラは過去の記憶が曖昧で、自分という個を理解できていない。神に祈るよりも自らを見つけ出したいのだ。欠片も見えない、答えてもくれない神に、カムパネラは存在意義を感じていない。


「教え自体は私も信仰していませんよ。重要なのはこの歴史的な証拠が見つかったことです」

「その伝承ってのは、広く知られているものなの?」

「ええ。万澄真衆の『三人の天輪者』として知られています。その内の一人、ビィルニースの木乃伊でした」


 アスターは、無学なカムパネラに、出来る限りわかりやすく伝える。


「ビィルニースは生前、即身仏としてその身をこの世界に残したと言われています。

これまではまあ、信者の作り話だと思われていましたが」

「なるほどね。今回見つかったその木乃伊が、伝承を本物にしたと」

「その通りです。

そして『三人の天輪者』の一人が見たかったということは、他の二人も存在している可能性があるってことでしょう? 心が躍りますね」

「芋蔓式に神の存在を証明しようとしているのかな。世の中ってのは、思ってる以上にファンタジーなんだね」

「事実は小説よりも奇なり。ですから」


 そのあと、保護した少女について質問した。少女は順調に回復しているようだ。

今朝、アスターが少女にもう一度質問したら、きちんと会話が成立したとのことだ。アスターによると、少女の名前は「サナリィ・ポート」と言うらしい。

サナリィは儀式のことを話してくれたようで、本当に神へ謁見しようとしていたのだと。


 なんでもビィルニースは、肉を司る神のようで、その他にも血や血管などの体の部位を操作•増殖できるという。

 何処の誰に吹き込まれたのか、サナリィは魔術師たちがその身を一つに捧げることで謁見できると信じた。そして参加者を募り、あの事件を引き起こした。

儀式は失敗し、生まれたのは参加者たちが折り重なったあの失敗作だったというオチ。魔術師協会としては、首謀者であるサナリィを殺してしまいたいだろうが、探偵館はそうではない。


 アスターと彼女の上司がうまく計らってサナリィを保護するようだ。


「それで、木乃伊と聖遺物はどうするの。歴史博物館に寄贈でもするのかい?」

「いえ。探偵館で保管して解析します。その後はあるべき場所に返します。

万澄真衆(ばんじょうしんしゅう)も黙ってないでしょうから」

「良識ある結社で良かったよ」

「天使派だったら解析後に破壊していたでしょうね。『我々の信ずる神ではない!』とか言って」


 コップに残ったお茶を勢いよく口の中に入れるとアスターは立ち上がった。


「こんな歴史的な発見、カムパネラさんにも伝えたかったんです! 

知り合いも少ないのでカムパネラさんしかいませんし」

「自慢癖でもあるのかな。まあとにかく、私も歴史的な功績に携わったってことで自慢できるね」

「そうですね。ああそれと言い忘れてました。私から依頼があります」

「依頼? 君が? 私に頼む事なんてあるの。君は銀勲章探偵だろうに」

「銀勲章は探偵館での功績であって取繕者(リペレイター)としての功績とは違いますから。

依頼の内容としては私の護衛です。天使派が絡んでいるので危険が伴うのです」

「他にも信頼できる人はいるだろう。探偵館の護衛者たちじゃダメなのかい?」

「私のために動くほど護衛者たちは暇じゃありませんので。それと天使派にはおそらく勘付かれてますから、下手に動けないんです。

受けてくださるのでしたら後日返事をください。私、今とても眠いんです」


 それなら寝てから来なよ。と言って、カムパネラはアスターを見送った。

読んでいただきありがとうございます!

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