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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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四章 魔術儀式の参加者たち③

 どれくらい走ったかわからなかった。全力疾走とはいかなかった。

前方を明るく照らしているとはいえ、それは全てを見渡せるほどの明りではなかった。地面には亀裂やら石やらがあって、無計画に走るには向いていない。


 自然と、足元を意識しながらの逃走となる。

加えて地面だけが脅威でもなかった。前を見ないで走るとすぐ壁に激突する。

教会(修道院かもしれないが)の地下に迷路じみた空間を作り出すとは、宗教徒たちは何を考えていたのだろうか。

 神から与えられた大地に迷路を作るなど、罰当たりではないだろうか。


 そんなくだらないことを考えないと、背後に蠢く気色の悪い音で気が狂いそうになるのだ。

一定の間隔でカムパネラたちの背後を付いてくる。振り向くと、接合された幾本もの腕が、追い縋るかのようにこちらに伸ばされていた。それは絡めとられたら瞬く間に吸収され、晴れてあの醜悪な肉塊の仲間入りだ。それだけは何としても避けなければいけない。

 速度をあまり出せないようで二本足で走るカムパネラたちには簡単に追いつけない。

それでも引き離せないのは相手の巨体さありきだった。一歩が大きいと進む幅も、同じく大きくなるのは必至。これでは埒が明かない。


「どうしますカムパネラさん。このままじゃ私たち食べられちゃいますよ」

「考えが浮かばないね」

「火で焼くとかはどうですか? あの大きさじゃ、相当よく燃えると思うんですけど。他にはここを倒壊させる。とか」

「どちらも無しだ。ここで火なんて使ったらどうなるかわからない。さっきの失敗作たちを見ただろう。ガスが充満してるかもしれない」

「じゃあどうするんですか! カムパネラさんの拳銃(それ)じゃ効果なしじゃないですか」


 万事休すに思える。カムパネラの放つ弾丸は口径が致命的に小さい。人体には有効でも、痛覚が残っているかもわからないあの塊となると効果薄で、豆鉄砲でしかない。そんなことは、カムパネラ自身が一番理解していて、そして現状の打破を一番望んでいるのもカムパネラであった。

 腰に付けた小さな、けれど大量の物資の詰め込める小型バッグをまさぐるが、効果的に使えるような物品は一つもない。全ては普段使いできる程度の仕事道具だった。

こんなことなら、鍛冶師の取繕者(リペレイター)から強力な銃器でも買っておけばよかった。

値段が高いとケチったらこれだ。


 ただひたすらに走って、この逃走にもそろそろ飽きてきた。というより、足も体力も限界に近い。どこかで一休みをするべきだ。チェリッシュはまだまだ平気そうだが、アスターは酷い息切れに足運びのリズムが不規則になっている。本格的にまずい。

 するとアスターは、観念したかのように、弱々しい手つきで革鞄を探った。ガサゴソと鞄の中で手を動かすと何かを掴んだ。

隣で目に入ったのだろう。チェリッシュが、のほほんとした声で質問する。


「それなに? まさか、怪しい薬とか。ドーピングしたら後がキツイよー」

「違い、ます。これ、回復、アンウルです。あ......アンプル」

「それで何しようっていうのさ......。これ以上あいつらの身体大きくしても不利になるだけだよ?」


 その会話を聞いていたカムパネラが一つ、妙案を思いつく。

顔だけを動かしてチェリッシュを見るとカムパネラが即興の策を提案した。


「アスター、それをチェリッシュに渡して。チェリッシュ、そのアンプルをあの塊肉にぶつけて、中身を注入できるかな」

「できるけど、なんで? これ以上大きくするだけだって」

「デカくなるだろうけど、制御もできなくなるだろう。あの巨体、実は緻密で繊細だと思うんだ」

「つ、使いたく、ないです。やっぱり。怒られる、かもしれないので」


 途切れ途切れに言葉を紡いでいた。走るだけでも重労働なアスターは、足が震えているのに背中を押されているような感覚で、止まることが出来ないみたいだ。

 するとカムパネラがノールックでアンプルを奪う。全く迷いのない動作。まるで背中に目が付いているかのようだった。


「チェリッシュ、これをアレにぶつけてきて。体表を一旦壊して、そこに投げ込む感じで!」

「了解。それじゃあこれ、ちょっと借りるね」

「そ、それしかないんです......。ほんと、失敗しないでください......」


 ポンっと空を飛んだアンプルを、チェリッシュが正確にキャッチする。落とさないようしっかと握りこんで、変わらず走り続ける。空いた片方の手でポケットの腕部ガジェットを展開するとそれを装着する。

徐々にスピードを落として、間近には、異常なほど肥大した肉の塊が接近する。

はたから見ると気でも狂ったのかと疑いたくなる光景。アスターは予め、目を背けるように前だけを見続ける。


 伸びる触手のような腕が、細く細く引き伸ばされ、チェリッシュの背中にピトっと触れた。こんなときに、オレンジ色の防護服が役に立ったようだ。肉ではない繊維の塊は、人には咀嚼できない。


 チェリッシュの腕に鎧のようなガントレットが装着されると同時、彼女は足を止めて180度回転した。遠心力を加えた一撃で肉塊の胴体(と思われる体表)を殴る。衝撃を分散させようと意味はない。

そもそもの破壊力が強すぎた。皮膚にされた哀れな儀式参加者たちには同情するが、おかげで肉塊の本体、というか中身が露出した。

生々とした人肉の塊。その中に、身体再生の回復アンプルを砕き入れる。腕ごとバクンと食われるような光景。露出した胴体内部を覆うように、辺りの組織が移動してきたのだった。

 力任せに引き抜こうと勢いをつけたにも関わらず、腕は抜けない。癒着するように辺りの組織が集まって口を閉じた。


「チェリッシュ! まずい、手を貸してくれアスター!」

「私に何ができると思ってるんですか!」


 そう言っても見捨てるわけではない。チェリッシュの声が聞こえないことを不審に思って振り向くと、チェリッシュが飲み込まれかけていた。考えるよりも早くチェリッシュの手助けに入る二人。

 だが、肉の融合体の様子がおかしい。残念ながら三人はそれに気が付いていない様子だったが。

 チェリッシュの腕をなんとか解放しようと、二人はチェリッシュの腰に腕を回して思いきり後ろに引っ張る。それでも多少身体が後ろに動くだけだった。

都合よく動きの止まった肉の融合体。今がチャンスだろう。ここが踏ん張りどころだ。


 バンッ。そんな爆音と共に、チェリッシュは自由の身になった。通路は一面、なぜだか真っ赤に染まっていて、所々に何か赤黒い塊が散乱している。

 顔面に血液が纏わりついたときと同じく、カムパネラが顔を拭う。目の前が真っ赤に染まっているのは変わらないが、通路を見てみると、そこに肉の融合体はいなかった。

アスターもチェリッシュもその光景を見て呆然とする。


「どんな原理であれがこうなったのさ」


 散らばった参加者たちを小突いて、チェリッシュが聞いた。地面に転がる儀式に参加した馬鹿な魔術師たちは、うめき声をあげていた。不気味で恐ろしい光景だ。


「回復アンプルは生体親和素材、特に人体によく馴染む物質で構成されているんだ。そしてそのアンプルは通常、失った部位や怪我をした部位を”直す”ために使われる」

「つまりどういうこと? アンプルの説明されても何もわかんないって」

「アンプルは使用者の細胞を複製して増殖します。おおかた、自己増殖しすぎて肉体の限界を超えたのでしょう。それで爆発です」

「ああそれと、多分あのアンプル、最高級のものだね。そうだろうアスター?」

「ええ! 上司が私にくれたものです。『何かあったらこれ使ってね』って言ってました。まさかこんなに早くに使うなんて」


 全身汚れたからもうどうでもいいのか、アスターは地面に座り込んだ。膝を山折りにして抱え、ちょこんと座る。その顔には明快な疲労。見ているこっちまで溜息を吐きたくなる。


「チェリッシュ。まだ『生きてる』って言える人たちを全員殺そう。このまま苦しむ必要もないだろうから、早急にやろう」


 平坦で冷たい口調。チェリッシュの耳にはそんな、無慈悲な言葉に思える。それでもやらなければ、カムパネラの言う通りだろう。苦しませる必要はない。


「了解しました、魔術先生。できる範囲でいいでしょ?」


 飄々としていただろうか。そんな疑問が、頭の中に浮かんだ。だがそのメッキも、すぐに見破られる。チェリッシュの瞳は微塵も笑っていないからだ。


「ああ......」


 短く暗く、はっきりと返事をする。そうしてうめき声をあげる者は一人、また一人と消えていく。苦しみを嘆く声が聞こえなくなったとき、周囲はより一層、腐臭がキツくなった。

形はどうあれ殺人だった。アスターは戦闘や後ろ暗い依頼を滅多に目にしない。探偵館だから当然だ。必死に下だけを向いて、耳に届く音を拒絶していた。最後、に思える発砲音のあと、カムパネラが手を差し出した。


「君には君の依頼があるんだろ? だったら手伝うよ。正直、君が居なかったらもっと悲惨になってたと思うから」

「......私の仕事は後回しにしましょう。綺麗に片づけてからの方が探し物もしやすいでしょうから」

「それならお言葉に甘えようかな。チェリッシュ、死体を運び出そう。そのあとは、張り巡った肉線の除去だ」

「えぇ......。少し休もうよ。さすがに疲れたよ」

「もう十分休んだだろ。早く終わらせよう」


 そう言って、各層に散らばっている融合体の運び出しと肉線の除去を始めていく。迷路のように複雑な空間だったが、綺麗に除去を開始すると見違えた。そのおかげで作業は思いのほかスムーズに進み、肉線も参加者たちの死体も回収しきった。

 あとは、すべての肉線が辿る源泉のような一部屋だけだった。そこを片付けるだけでこの悪臭漂う依頼も終わる。

ラストスパートと言わんばかりにチェリッシュが張り切る。


 両腕両足を振り上げて走った。

やる気も元気も底をついている残りの二人は、呼吸を弾ませながら最後の部屋に入った。

 積み重なる汚物のような物体が部屋の中央に鎮座する。

臓腑に脂肪に肉に皮膚。人間を構成する様々な要素を、料理の材料かのように一つに纏めて積み重ねる。脈動もしないし繋がった肉線に供給している様子もない。ただの死体のよせ集め、それもグチャグチャになった者の。


「うぅ。本当に気持ちが悪いですね。吐いてしまいそうです」

「これは私たちだけじゃあ、どうしようもないね。肉線だけ取り除いて、後は処理部隊の人達に頼もう」


 部屋の中は質素に見える。崩れかけた本棚に椅子があるだけ。どちらも木製だ。他にも家具か寝具の類いの痕跡はあったが、それも地面に散らばる木材の破片だけだ。

何があったのかは予想もできない程に壊されている。

 そうして壁面の肉線を取り除いている途中、誰かの息づかいが薄っすらと、耳に届いた。

怯えるように短く不規則に吐き出される呼吸。チェリッシュでもアスターでもない。一体誰か。耳を澄ましてその呼吸を辿る。

 カムパネラが一歩一歩進む。その度に、息づかいは小さくなっていく。無理矢理口を押さえつけられているみたいに急に、そしてわざとらしく、呼吸する音が低くなった気がした。

本棚の隅、壁と壁の丁度角に位置する場所に、彼女はいた。


 本棚の影に入り込むようにして潜んでいた少女。フードを被って縮こまり、頭を抱えてブルブルと震えている。

耳を傾けてみると何か独り言もぶつぶつと呟いていた。真後ろに立っていることに気がついていないのか、それとも放心状態なのか。どちらか定かではないにしても、声をかけないわけにもいかない。

驚かせないよう、カムパネラは努めて優しい声音で言葉を紡ぐ。視線も落として少女に合わせてだ。


「ねぇ君、大丈夫かい? 何があったか話してくれないかな?」

「あぅあぁぁ……」


 少女はカムパネラの瞳を見ると悲鳴すら出せずに喉が締まる。そうして声が出せなかった。少女はカムパネラの瞳の奥を覗いてしまった。それ以前に、こんな空間に一人で長時間も座って居れば、言葉の一つも出せなくなろう。

 身を震わせるだけで何もできない。カムパネラは後頭部を掻いて思案する。さて、これはどうするのが正解か、と。


「どうしましたカムパネラさん。ん? 女の子?」

「ああ、話を聞こうとしてもこの調子でね。目を合わせても震えるばかりでね」


 その話を聞いてアスターが少女に近づく。何もしてやれないカムパネラはただ見守るだけだった。

アスターがしゃがみ込み、両手で少女の頬を覆う。すると手のひらから淡い緑色の光が漂う。粒子のようにふよふよと空中に浮かぶ緑の光。


「大丈夫です。ここにあなたを傷つける人はいませんから。落ち着いてお話をしましょう」


 少女の身の震えは徐々に落ち着き、泳ぎ切っていた瞳孔も一点を、アスターを見つめていた。頭に置いた手が下がっていくと胸の前で握られる。そうして弱々しく如何にも少女と言った風な声を出す。


「ご、ごめんなさい。私、ここで、みんなを......。私は、私は! ただ......神様に会いたくて......。だって、こうすれば、会えるって聞いたから」

「安心して落ち着いて話してください。誰も君を害しはしませんよ」

「私、人を募って。それで......儀式をして。だって、神様がいるって。でもみんな繋がって。私はただ見てるしかなくて」


 落ち着いたとは言え、まだまだ錯乱状態のようでまともに会話もできない様子だ。アスターも諦めて、少女への聴取は探偵館へ戻ってからにすると言い出した。それが最適解であろう。


「この部屋にも聖遺物はありませんね。はぁ。がっかりです」

「”聖遺物”って?」

「探偵館が追っている大昔の遺物です。色々な形があるみたいですが私は特に知りません。興味もありませんから」


 肉線の本拠である部屋を探っても、地下の空間を探っても、アスターの目的物は見当たらなかったと言う。これでは、ただお手伝いに来ただけの骨折り損だ。それも致し方ないと、当のアスターは諦めているようだが。

そうして肉線を除去したカムパネラたちは、少女を保護して地上に戻った。階段を上がり切るなり処理部隊の班長が駆け寄って来る。


「皆さんお疲れ様です。皆さんの協力のお陰で、予定よりもとても早く作業が終了しました。本当に助かります」

「あー、すまないけどまだ仕事が残っていてね。地下の一部屋に融合体があるんだが、どうにも私たちだけでは運び出せなくて。悪いけれど、手伝ってもらいたい」

「わかりました。その部屋へ案内をお願いします。ああすいません、ちょっと道具を持ってきますのでお待ちください」


 そうして複数回、地下と地上を往復してようやく依頼はすべて終わった。これにて完遂だ。

それなのに、なぜだかまだ地下に残っている三人。理由は、ある一体の木乃伊とその傍らに捨て置かれた一本の杖のせいだった。

目を輝かせたアスター。幼い子供のように、杖を持ち上げて彼女は声を張り上げた。


「これです! これ! これが目的だったんですよ! よかったです天使派よりも早く見つけられて。いやーほんとツイてますね」

「天使派もその”聖遺物”? っての狙ってるの?」

「ええ。ですがあちらは信仰をより盤石なものにすることしか考えてません。ですから我々探偵館は遺物を保存していこうと思ってるんですよ。過去の歴史を紐解く重要なカギですから。まあ、博物館みたいなものですよ」

「色々、頑張ってるんだね。それじゃあ、帰ろう。もうここには居たくない」


 血液と、誰のものかもわからない体液で汚れた服のまま、カムパネラたちは車に戻った。

読んでいただきありがとうございます!

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