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リペレイター  作者: 宿明朱里
第二部
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五章 孤児院の正体③

「どうしますか? カムパネラさんはどっち行っちゃったし」

「どうしようもなにも、色々調べるしかないんじゃない。ハリエルも都合良くどっか行ったしさ。ま、二人で頑張ろうよ」


 ハリエルの話では、あとは二階と地下室があるだけ。実験施設として定番なのは地下室で、二階という線はかなり薄いだろう。

実験用の器材はコンパクトなわけがないからだ。

科学の実験ならまだしも、ここで行われているのは、子供を使った人体実験。培養ポッドや大型の手術台があったって何ら不思議はない。それを二階の、子供たちの目に届くところへ置くとは考えづらい。

ならば消去法的にあとは地下室だけ。問題は、その地下室の場所がわからないということだった。階段の下にあるのか。


いやそれはない。玄関近くの階段には、上へと続く段しかなく下に続く段などなかった。それならば外だろうか。だが、わざわざ庭に作るだろうか。遊んでいる子供たちにバレたら、それこそ一巻の終わりだろう。

だから室内にあると仮定して動いた方がいい。

なるべく怪しくなく、かつ自然に。

 そうして二人は、先ほど案内された自習室に向かった。するとそこには相変わらず勉強に勤しむ子がいた。人数は一人減って、残るは一人となっていたが。これはチャンスだ。アスターが近づいて、背中からのぞき込む。怖がらせないよう、黒い仮面は脱いでだ。


「魔法理論ですか。まだこんなものあるんですね」

「どわぁあ! び、びっくりした......。だ、誰ですか、あなた」


 振り向いた少年はまだ幼く、九歳か十歳くらいだろう。名前は確かローデンスだ。


「君は確かローデンスでしたね。もう一人はどちらに行ったのですか?」

「部屋に、戻った。宿題終わったって言って」

「君はまだ終わらないのですか?」

「宿題は終わってるけど、これは個人的に勉強していることで......」


 端になるにつれて小さくなっていった。恥ずかしがるようなその態度は、仕草にも表れていた。丁寧に書き込まれたノートを腕で隠すようにして、ローデンスは内容を見せようとしなかった。


「どうして隠すんですか? 勉強しているのなら私にも見せてください。こう見えても私は魔術師ですから」

「でも、今さらこんなの勉強しても意味ないってバカにされるし」

「意味がないわけではないと思いますけどね。魔法の基本体系を覚えなければ、そもそも魔法は使えませんから。その点で言えば、君は間違った勉強はしていないと思いますよ。先生もそう言ってました。たしか」


 ローデンスの目に、光が戻ったようだ。アスターの言ったことは事実で、慰めや励ましではなく魔術師などにとっては基礎となる考えだ。だが、ローデンスの周りには魔法について教えられる人間がいないのだろう。だから馬鹿にされると思ったらしい。

予想外に自身を肯定されたローデンスは調子づいたのか、アスターに懐き始めた。


「ローデンス君。君地下室の場所ってわかりますか? わかるのなら教えて欲しいのですが」

「ちゃんとした場所はわかんないけど、入り口なら知ってるよ。先生に近づくなって言われてるんだ。自習室を出て左だよ。トイレの隣。たぶん張り紙がはってあると思うよ」


 指さしたのは自習室の壁。ローデンスとしては、廊下のその先を指さしたつもりらしいが。背後で椅子に座って待っていたチェリッシュには、てんでわからなかった。


「チェリッシュさんやりました、地下室の場所がわかりましたよ! トイレの隣らしいです」


 アスターが、ローデンスの両肩から腕を通して彼に寄り掛かりながらそう言った。ローデンスは縮こまり、耳を真っ赤にして固まっている。

その光景を見て、チェリッシュは思い出に浸る。戻ることもないのに、いつまでも思い出しては引きずってしまう思い出を。自然と頬は緩み、口角が上がっていくのを、チェリッシュは自分でも感じていた。


「それなら地下室へ行こう。さっさと行って、パパッと終わらせようよ」

「そうですね。ありがとうございますローデンス君。それでは、勉強は続けるのですよ」


 ローデンスは頭を優しく撫でられる。固まったままのローデンスが動けないでいるところ、二人は自習室を後にした。廊下に出て左側に進むと、言われた通りトイレがあった。そしてその横には、立ち入り禁止の文字が印字された一枚の紙が貼ってある扉があった。

他とそう変わりのないその扉は、硬く閉ざされているわけでもなさそうで、鍵穴らしきものも見当たらない。


「どうする。普通に行く?」

「そうするしかなさそうですよね問題は、どちらが先に降りるかですが」

「いやどうせ一択でしょ。私でしょ」


 そんなくだらない会話をしていたせいで、近づいてくる足音に気が付かなかった。


「あなたたち、何をしているんですか。もしかして、その先に行こうとしてるんですか?」


 振り向いた時にはもうハリエルがそこにいた。言い訳のしようもない状況だ。するとハリエルは間髪入れずにポケットの中の機器を取り出す。何かのキーか、それとも武器か。わからないが、ハリエルは押してしまった。

それを見て混乱したアスターが、とち狂ったのか拳を突き出した。

素人丸出しの右ストレート。起こりの見えないその一撃は不可避で、ハリエルの頬に直撃した。アスターとて取繕者(リペレイター)だ。常人よりかはいくらか身体能力が高い。

一般人であるハリエルにはその一撃は荷が重く、頬を直打した次の瞬間には意識が飛んでいた。


「ああああ! やってしまいました! ど、どうしましょうチェリッシュさん!」


 頭を抱えて右往左往するアスター。わなわなしながら、半泣きになった目でチェリッシュを見つめる。だがチェリッシュは冷静だった。


「殺していないのだからどうとでもなるよ。それより、ハリエルがさっき押したスイッチ? が気になる。胸騒ぎがするから、ハリエルをトイレに押し込んでそのまま地下室に行こう」

「そ、そうですね……。焦ってもいい事ありませんからね。はい、そうしましょう。トイレに隠しましょう」


 アスターは気絶したハリエルの身体を持ち上げようとするが、踏ん張っても無理なようだ。見かねてチェリッシュが変わると、軽々持ち上げる。


「先に地下室に行って。あとから行くから」

「でもチェリッシュさんが遅れてしまいますし。私も手伝います」

「持ち上げられなかったでしょ。それに、ここに私たち二人がいたら言い逃れできないよ。だから早く行って」


 促されるがまま、アスターは地下室への階段を下がっていった。

廊下に残されたチェリッシュは、隣にあるトイレの扉を開け、そこに違和感ないようにハリエルを座らせる。鍵は閉められないため、扉だけは閉めておく。

ひとまずはこれで終わりだ。すると、またもや足音が聞こえてきた。角になっているため誰かは分からないが、おおかた、カムパネラか子供のどちらかだろう。

そう思ったが、近づいてくる足音はやけに重たくかつ迷いがない。

明らかに子供の足音ではなかった。ならばカムパネラか。いいや、彼女の足音はもっと軽快でここまでのプレッシャーは感じない。まさか、また前のような”白いカムパネラ”でも出てきてしまったのか。身構えて待つが、その正体は予想していたどれでもなかった。


「貴方は誰でしょうか。ここの職員には見えませんが」

「そういうあんたも、なーんでそんなに物騒な物ぶら下げてんのさ。子供の教育に悪影響だぞ」


 チェリッシュよりも背は小さいが、服の上からでも分かる筋肉の盛り上がりが見て取れる。細マッチョの延長線といったところか。ツーブロックの髪に半袖のコートを羽織り、その下にはアンダーシャツを着ているのか黒色が肌に密着している。胸には社員証のようなカードが垂れていて、そこには『火葬隊第六連隊』と記されていた。

手には、鞘に納められた刀剣が握られており、特注品なのか持ち手が短い。あれでは両手で保持はできないだろう。


「院長のヘルプボタンがあったので駆けつけましたが、貴方が原因でしょうか?」

「うーん、多分違うんじゃないかな。人間違いだよ」

「そうですか。......貴方の言う通りですね。ここは剣を振るうのに向いていませんね」


 壁に囲まれた四方を眺めてそう言った。


「そうそう。だからお互い見なかったことに......」


 瞬間、チェリッシュは風圧と共に何かが迫るのを感じた。火葬隊の男は、鞘を掴んで柄頭でチェリッシュの腹部を強打した。深々と突き刺さると鈍痛が腹部から全身に広がり、目を見開いて唾を吐いてしまう。

後ろに退()きながら、相手を見る。不思議と言った様子で、敵は柄頭を見ていた。

 点検が済んだのか、またもや収めた刀剣で攻撃を仕掛けてくる。どうせならもう少しインターバルを挟めよとも思いながら、チェリッシュも拳を出す。

手首を振り払い、軌道を逸らす。そして下から突き上げるように左でアッパーを繰り出した。掠めるような軽い感触。直当たりはしていないようだ。チェリッシュは放ったアッパーの形を少し崩して防御の態勢に入った。手首と肩に重い衝撃が加わる。骨が折れていないといいが。


 尻目で見ると、持つ長さを変えたのか鍔が肩に当たっていた。これがアクセントになって無視できないダメージを生んでいた。そしてがら空きだった腹に、もう一発お見舞いされた。今度は膝だろうか。

毎回、やけに尖ったもので突き刺してくる相手だ。堪らず前のめりに腰を折ってしまう。そのまま後頭部に鉄拳を落とされ床に倒れこむチェリッシュ。

一瞬のワンサイドゲーム。倒れこんだチェリッシュに、男は追撃と言わんばかりに頭部を押さえつけ、床に力いっぱいに押し付ける。メシメシと嫌な音を立てていた。

 どちらの音かはわからない。床の音かもしれないし、チェリッシュの頭蓋の音かもしれない。どちらが先に潰れるかもわかったものではない。

口の奥から血の味が滲み、頭は万力で掴まれているようだ。

チェリッシュも必死にもがくが、健闘虚しく床が崩壊する。どうせならと力を一層込めたのだろう。廊下の一部が悲鳴を上げながら壊れて、チェリッシュと火葬隊の男は地下室に落下していった。


「ゲホッゲホッ......。死んだかと、思った」


 軽口を叩く余裕はまだあったようだ。チカチカする視界でふらりと立ち上がり、先ほどの敵に対峙しようとするが、男は止まったまま何かを見ていた。

顎を上に上げて見上げる先には、円柱状の培養槽があった。所狭しと並ぶ培養槽の中にいたのは幼い子供だった。一人につき一つの槽が割り当てられているのか、透明な液体の中に浮かんでいる。

口には呼吸器、体には器材から伸びたであろう管が繋げられている。

子供たちは各々、体の一部が欠損しているようで、なくなった器官は銀色の不定形な液体が代わりを務めるようにしてふよふよ浮かんでいた。

静かに漂う銀色が、あまりに無機質で気分が悪くなる。

部屋の中には大仰なコンピューターと培養槽ぐらいしかない。簡素で悲惨な部屋だ。


「なんですか......これは。おぞましい」


 男は無意識にそう呟いていた。忌々し気な瞳は、少年少女に向けられた視線でなく、もっと根源的な存在への憎悪であった。


「本当に、こんなことをしているなんて。ですがこれで証拠になります。この証拠を持って統括協会に告発を!」


 アスターが現場を写真に収めメモを書いている。火葬隊とチェリッシュの落下には気が付いていない様子。鈍感というか、集中すると周りが見えなくなるのだった。ぶつぶつと独り言を言って歩き出す。

前も見ないでメモばかりを見ていたら、そりゃあぶつかりもする。

柔らかいような硬いような何かにぶつかり転んでしまう。まるで岩のように不動な男にぶつかったのだ。見上げてアスターがギョッとする。一気に冷や汗が噴き出て、息が詰まる。


「貴方がたは、これを告発するために孤児院に来たのですか?」

「そうだよ。本当にこんなことをしているとは驚きだけどね」

「そうですか。それならば、貴方たちは子供たちを守ろうとしていると認識してもいいのですか」

「ああ、これで子供たちも少しは犠牲が減るだろうね。上手くいけばだけど」


 火葬隊の男は強く握っていた拳から力を抜いて、最後の質問をした。


「院長は、この空間のことを知っていると思いますか」

「どうだかね。少なくとも、彼が子供たちを好きなのはわかったよ。どんな形の愛情なのかは知らないけど」


 すでに戦闘の意思を失っていた男は、地下室を去るアスターとチェリッシュの二人を追撃しようとはしなかった。ただ茫然と、多くの子供が犠牲になったであろうその空間で、立ち尽くしていた。


 二人が上の階に上がって数分後、院長が地下室にやってきた。壁に手をついて、なぜだか頬は赤く腫れている。質問するよりも早く、院長は膝を地面についた。


「なんだ......これ.........。アンナ、ベレス、ドリイナ......。何故、こんなことに」

「貴方は何か知っているのですか? この子供たちは何ですか?」


 壊れたように凝視し続けるハリエルに、男は質問を続ける。


「この子たちは......数か月前に引き取ってくれる両親が見つかった子どもたちだ」


 それ以外、口にすることはなかった。いくら呼びかけても口はパクパクと言葉にならない音を出すだけ。

読んでいただきありがとうございます!

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