第30話 復活してなかったら、俺が大活躍して作る
優真はそんな桂を見ているのが子供ながらに耐えられず、外に出てみることにした。
自分より年上の人が泣くのは尋常ではないように思えたから。
「お前、あいつの知り合いか」
「あいつって誰よ」
家から出た途端、遠くから高圧的に声をかけてきた黒髪の少年を睨み返す。
体は向こうの方が大きい。
きっと年上だ。
けれどひるまなかった。
「あんな裏切り者の知り合いなのか?」
「裏切り者って、桂のこと言ってるの?」
今、桂が言ってたこと、優真にはほとんど分からない。
でも、桂のお兄ちゃんがなにか大変なことをしたことはわかった。
ただ、桂の家族である以上、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
けれど向こうは桂の関係者に異常なまでに怒りを持っているようだった。
「そうだ! あいつは、俺の兄ちゃん全員殺した奴の妹だ!」
「そんなの桂に関係ないでしょ!」
「関係あるんだよ! あいつも死ねばいいんだよ! 死んで兄ちゃん返してくれよ!」
優真は自分よりも年上のくせに、どうしようもないことを言って詰め寄ってくる少年にあまりに腹が立って掴みかかった。
*
「何か、外、騒がしい?」
ヒナ子供の諍う声に気付き、外へ出て悲鳴を上げた。
優菜もその声に慌てて外へと出てみると、優真が自分よりも大きな少年に馬乗りになって、その髪の毛を掴んでいた。
「! おい! 優真」
慌ててはがすと、下にいた少年は半泣きで体を起こす。
「な、何だよ、お前!」
「桂の悪口言うな! 桂だって苦しんでんだよ! 桂だってお兄ちゃんが死んでちゃんと泣けてないんだ! 私だって、お母さん死んだけど……泣いてない……もん」
そういいながら優真は声をあげて泣き始める。
つい先日まで一緒に暮らしていた母が死んで、死んだという言葉だけを聞かされた優馬。
何もわからないまま、優菜たちにくっついて、泣き言一つ言わず頑張ってきた、まだたった七歳の姪の言葉に優菜はやりきれない思いが募った。
それはきっとヒナも同じだったのだろう。
(そうだ、優真も泣いてなかった)
「優真、ごめんね」
抱きしめたヒナもまた声を上げて泣き始めた。
優菜も姉を思い浮かべた。
そういえば、あれだけ可愛がってくれた姉の墓もまだ作ってやれてないし、骨も拾ってやれなかった。
「姉ちゃん」
そのまま優菜までが、涙を落とすと、困ったのは喧嘩を吹っかけた子供のほうだった。
何故か、勝ったやつが、仲間とともにワンワン泣き始めたのだから。
「う……え、あの」
「あ~あ、男の癖に女の子三人も泣かせて、悪い奴だな。絶対騎士にはなれないな」
困っているところに後ろから声が掛かった。
痛いところをつかれ、否定しようと振り返ると黒い犬が立っていた。
二本足で。
「犬! 喋った! 立ってる!」
「ああ、罰があたって目が見えなくなったらしい。かわいそうに」
飛び跳ねて、目を見開いて口をパクパクさせている少年にワンコ先生は哀れみの目を向ける。
「私の凛々しいこの姿が犬にしかみえぬとは。きっと悪いことをしたせいで、目がおかしくなってしまったのだろう」
すると横から四足歩行の茶色の犬が姿を見せる。
少年はこっちは普通の犬かとどこか安心したときだった。
その犬もまた黒い縁取りのある口を開き、人語を話した。
「先生、そんな。可哀想ですよ。泣かせたのは実際、女の子二と男の子一ですから」
「二匹!」
アワアワしている少年の隣にやっと天の声が掛かった。
「あら、どうしたんです。この騒ぎ」
「姉ちゃん!」
「どうしたの、昂」
縁は両手に野菜を持って、末の弟へと顔を向けた。
縁のたった一人の弟、昂は姉の袖を引いてワンコ先生を指差し、切羽詰った声をだした。
優真にとっては年上でも、まだまだ幼い子供だった。
「喧嘩したら、犬が! 犬が!」
それ以上の言葉を失っている弟の頭を撫でて、泣いている皆に元気よく声をかける。
「ねえ、皆、長老から野菜もらったの。折角だし、食べて」
籠にのった青々した菜っ葉類を見て、ヒナは優菜へと顔を向ける。
そして思いついたように、涙を拭いた。
「そうだ、折角だから、仲直りの鍋にしよう!」
「そうだな。鍋にするか。えっと、縁さん、ついでにお前も一緒に食うか? 俺の取っておきの鍋、つくるからさ」
すると昂はまだ子供らしいあどけない表情で顔をあげた。
姉に確認するように。
縁は髪をかき上げて、まだ幼い末弟のくりくりした二重を見つめて笑みを作った。
「折角だし、皆でたべようか」
「俺、……あいつとは食べたくないよ」
「昂、桂は折角帰ってきたんだから。あんた未来の竜騎士団長になるんでしょ? 里のものには篤く接する。これ基本でしょ?」
「でも、あいつの兄ちゃんは、俺の兄ちゃん達を」
そう言って昂は大粒の涙を浮かべてそのまま涙を落とした。
(確かに割り切れるもんじゃないよな。優真よりちょっと大きくても、まだ、子供だし。俺、すごく考えなしに声をかけちゃったな)
また行動を起こしたには優真だった。
自分よりも背の高い少年の背中を平手で叩いた。
「いってえ!」
「男のくせにぐちぐちいうんじゃないわよ! 優菜の作った鍋、食べるの? 食べないの?」
「た、食べるよ!」
「私は鍋嫌いなんだけど、今日は食べてあげる。あんたと仲直りよ」
優真はそういうと、涙を拭いて縁の持っていた籠を笑みを浮かべて受け取る。
「野菜洗うの手伝ってよ」
「ほら、昂」
姉にも言われて昂は躊躇いながらも歩いてゆく。
すると、ワンコ兄さんが二人の隣を歩いた。
「ああ、手伝うよ」
「ひいい! やっぱり、喋ってる! もう良い子になるから許してー!」
縁の末の弟、昂は叫び声を上げながら逃げるように優真とともに、すぐ傍の清流へと走っていった。
*
「姫様のことかい?」
縁は美しい容姿をしていたが、気取ることなく、おいしそうに野菜を頬張りながら尋ねてきた優菜を見返した。
「う~ん、正直、私姫様を見たことはないんだよね。姫様が表に出始めたのは十六歳の誕生日からで、私、ちょうどその時に仕事をやめたから」
「あ、そっか」
優菜は触れてはいけないことだったかと、思ったが縁は笑った。
「でも、姫様が考えてくれたっていう、あのモチーフをみたら、やる気になってきたんだ。もう一回、騎士に戻れるならもどりたいねえ。まあ、大して戦える人間はいないけどさ」
「俺も騎士になるんだ! 俺、今、九歳だから、あと五年したら、試験受けるんだ! もしまだ竜騎士が復活してなかったら、俺が大活躍して作る」
「へえ」
高らかに宣言する昂に優真は冷たい目を向ける。
あんたでできるの、という顔で。
「あのさ、間違ってたら悪いんだけど、姫様って、今ちゃんと城にいるの?」
「それ、どういうことだい?」
縁の鼻がピクリと動いて、そして目の端に鋭い光が宿る。
優菜はその一瞬で理解した。
彼女は姫の死を知っていると。
「ううん、ごめん。ただ気になっただけ」
ただそれ以上、尋ねることはやめて、先生の器に肉と野菜をバランスよく盛り付けた。
ワンコ先生は野菜たっぷりの鍋に嬉しそうに食いついた。
縁は二重の瞳を苦しそうに細めて、そんな先生へと視線を送る。
けれど先生はただもしゃもしゃと野菜を食べているだけだった。
優菜、ヒナたちが、桂の家で眠りについた頃、桂は縁の後ろに立った。
山の上から王都を眺めていた縁は息を一つ吐く。
「どうしたの、縁さん」
「ううん。なんでもないよ。で、どうしたの?」
「私、皆に、言いたいことあるんだ」
「何?」
「私、ずっと言いたかったことが、あるの、でも言えなかった。でもやっぱり言いたいんだ」
「分かった、明日。皆を集めるよ」
桂が頷いて去ってゆくと、どこよりも空に近い場所で縁は今度は正面にある月を見ていた。
「姫様……か。この国は、一体どうなるんだろうね」
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さて、姫様ではない外の人間から見た紗伊那。
皆さんの目にはどのように映ってるでしょうか??