第31話 優菜が死んじゃったら私どうしたらいいの?
夜、寝ていた優真は突然襲った頭の痛みに飛びおきた。
「いったい!」
反射的に体を起こすと、唇の前に黙れというように指を出される。
目の前にいたのは、昼間喧嘩した少年、昂だった。
「何?」
少年の後を追い、布団から抜け出して、外へ出ると少年は自慢げに声を上げた。
「今から、いいところ連れて行ってやるよ」
「え? 眠いのに、どこに」
「俺の卵取り、つき合わせてやる。そしたら、俺、良い子だから、おかしなもの見なくなるだろうし!」
「え~、いいよ、もう眠たい、面倒くさい!」
寝床にかえろうとする優真を昂の手が慌てて掴む。
タコのたくさんできた手だった。
「もし、これがうまくいけば、お前だって飛竜にのれるんだぞ!」
すると優真は顔をあげた。
「それ! 悪くない話だね!」
*
「姪っ子に悪い虫が。でも悪い虫の話も気になる」
ヒナは自分達に内緒で行動を開始した二人を後ろから眺めていた。
「確かに、悪い虫の話は気になる」
「なら、行って来い」
ワンコ先生にお尻を蹴られ、優菜は前につんのめってヒナを前へ押した。
するとヒナは優菜もやる気だと勘違いしたのか、右手を空に突き上げた。
「よし、行こう!」
*
子供の話だからと鷹をくくっていたが、それは想像を絶する道のりだった。
飛竜ならきっとひとっとびであろう、場所へと徒歩で行くのだから。
突き出た岩や、このまま落ちていきそうな錯覚に囚われる急斜面。
じっと眺めていると、背中に冷たいものがはしる。
「ほら、手、貸して!」
そんな中、昂はおそれることもなく優菜の手を引いて進んでいた。
一歩、また一歩と確実に歩を進めてゆく。
それを後ろから心配そうに眺めながら、ヒナと優菜は顔を近づける。
「あの子、下心でもあるのかな。優真、可愛いし」
「あの年だしな。マセガキめ。って、ヒナ寝巻きだろそれ!」
「だって~」
(調子にのって桂からそんなの借りてねるからだろ)
急いで桂の家を出てきたとは言え、ヒナは動きやすい服装ではなく、裾をひらひらさせたシンプルな白い寝間着で山を登っていたのだ。
(これ…風の強い山では)
ぺランぺランとヒナの裾がまくれて中が見える。
長い素足とその向こうにある綿のパンツ。
(ピンクのパンツ……可愛い)
また優菜の中で、妄想劇場が始まった
同じ布団に転がって白い肌を朱に染めて恥らうヒナ。
『お兄ちゃん、あのね、初めてだから恥ずかしい』
「俺も恥ずかしい! だから気にすんな、ヒナ!」
*
「馬鹿が」
ワンコ先生はフレイの背中から双眼鏡で眺めていたが、突如、緩んだ優菜の顔をみるなり吐き捨てた。
「妹に欲情するとは、末期だな」
「ええ、末期ですね。さてと、このまま年長組に山登りをさせてもつまらないので、実践訓練といきますか」
ワンコ兄さんは珍しくイジワルな顔をすると、肉球で抑えていた呪符を空に撒いた。
「優菜、何か上から降ってくる」
「え?」
ずっとにやけて眺めていたヒナのパンツから視線をずらして上を見上げる。
山の頂から落ちてくる何かの塊。
(ってか、あれ、ヤバイ!)
「落石だ、ヒナ、どいて!」
「こんな状況で、どうやって!」
一瞬、優真たちを見ると、少し離れたところで、茂みを覗い卵を探っていた。
(あっちは大丈夫)
覚悟を決めてもう一度見上げると、岩の塊はは優菜達の目前まで迫り、かなりの大きな影を作っていた。
「でかい! でも!」
優菜は空へと向かって跳んだ。
そのまま足に力を込める。
(蹴って割る!)
自分よりも大きな岩の塊を気を込め蹴りつけるとすぐに真っ二つに割れる。
それでも破片はヒナの頭上にあった。
(まずい!)
するとヒナは剣を二つ抜いて空を見上げた。
そのまま静かに目を閉じ剣を構え、呼吸を整える。
そしてヒナが目を開いた時、その剣二つを交互に振った。
火花が散り、硬質な音が二つ聞こえた後、ヒナの頭上に迫っていた石がさらに二つに割れて、ヒナを避けて崖下へと落ちてゆく。
優菜が着地すると、ヒナも自慢げに剣を収めた。
「成~功。やっぱり双子、息があうねえ」
「アレだけ、稽古させられたからな」
けれど優菜の目は動く。
後ろに巨大な生物がいた。
飛竜とは全く違う、巨大な黒い生物。
ドロドロとした透明の粘液を撒きながら優菜達へと向かって飛んでいた。
「何だ、あれ」
そしてそれは優真と昂を狙っていた。
「マズイ!」
優菜は考えるより前に、地面を蹴っていた。
(届け!)
きっと跳躍力で届くが限界の地点。
けれどあと、一歩足りない。
生物の前でガクンと体が落ちる。
体が重力に引かれ、地面に吸い寄せられてゆく。
(こんなところで! 落ちてたまるか! 飛べ!)
右足が何かを蹴った。
それは瞬間的に優菜の気で固められた空気の塊。
優菜は、それを土台にもう一度飛び上がると、体を反転させ、足に気を纏わせて巨大な怪鳥を蹴りつける。
脳天に優菜の蹴りを喰らった怪鳥は悲鳴を上げて、暴れまわった。
急斜面に容赦なくぶつかって、上に乗り上げた優菜を落としに掛かる。
優菜はもう一度、その怪物の脳天を殴りつけたが、一向に治まる気配も見せず、ただ本能的に優菜を振り落とそうとする。
(っち!)
「優菜! 飛んで!」
ヒナの声だった。
すぐに無意識に飛び上がる。
すると二本のカマイタチが連続で怪物へと襲いかかり、両の羽を切りおとした。
怪物の正面にいるのは二刀流のヒナ。
そしてヒナは再び、怪鳥を正面に睨み、剣を構えていた。
(今の、攻撃ヒナが? まじか!)
優菜は動きを緩めたその生物の背骨に気を込めた打撃を与え、怪鳥が動きを止めたところで、ヒナへと飛んだ。
ヒナは手を伸ばして優菜の体を引き寄せ、そして二人は勢いあまってその場に座り込んだ。
怪物はとどめの優菜の攻撃で完全に力を失い、ゆるゆると頭から落ちてゆき、やがて雲の中に消えた。
「年長組、よくできました」
雲の下で待機していたフレイの前まで来ると怪鳥は呪符へと姿を変え、ワンコ兄さんの手に戻る。
切れた呪符を肉球で挟んだワンコ兄さんも、ワンコ先生もご満悦だった。
「うむ、よくやった。本当に教え甲斐のある生徒だ。優菜はあの状況で気を練ることが出来、ヒナは魔法剣を自ら作り出すとは。あそこまで飲み込みが早いと気持ちよいの一言だな。しかし、お前の作ったあの生物、美的感覚が全くないな」
ワンコ兄さんは首にかけた紫色の風呂敷に呪符を直すと、顔を緩める。
「おや、私の中ではあれが先生に一番似た姿なんですけどね。ネトネトネチネチ鴉」
「ほう」
「いえ、さあ、戻りましょう。桂、よろしく」
言ってから恐怖を覚えたワンコ兄さんの後ろでワンコ先生はワンコ兄さん撲殺用の石を持ち上げていた。
「優菜、大丈夫?」
ヒナは座り込んだ優菜に抱きついた。
温かくて柔らかい体が優菜の体に巻き付いてくる。
優菜もそんな体をしっかりと抱きしめた。
「大丈夫だよ、ちょっと予想外の戦いにびっくりしただけ。ヒナは?」
「私は大丈夫だよ! でも、こっちだってびっくりしたんだから! もう無茶しないで」
「ごめん、何か、勝手に体が動いてた」
「馬鹿! 馬鹿! 優菜が死んじゃったら私どうしたらいいの?」
ヒナはそう言って優菜の胸を何度も叩いて、顔を上げる。
少し、涙の滲んだヒナの顔。
月明かりに照らされて、何よりも綺麗に見えた。
(ああ、ヒナ、やっぱり、俺の妹。可愛いなあ)
そう思ってみていると、ヒナの顔が少し近づいて唇が触れた。
柔らかい、そしてひんやりしたヒナの唇だった。
それはほんの一瞬の出来事。
けれど絶対に忘れられない出来事。
(ええええ!)




