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第29話 お兄ちゃんはさあ、魔女を愛してしまったんだってさ

 雲を超えて、更に空の上。 

 雲を突き抜け山をどんどん越えて、更に奥。

 そこに竜仙があった。


 天を貫くような茶のむき出しになった山の斜面からは時折、松が生え、傍を漂う雲と絶妙な雰囲気をかもし出し、山の頂上から流れる細い清流も澱むことなく、山を穿ちそして山肌をながれてゆく。

 山の下に広がる世界とはまた別の、どこか浮世離れした場所だった。

 

 胸に期待を詰め込んで、優菜達は秘境へと降り立った。

 けれど赤い飛竜、それも桂の姿を見つけると、すぐに村人達の表情は一変した。

 突き刺さるような視線。


(何だ、これ)


 その凍てつくような視線は全て桂に向けられていた。

 視線を感じたのか、ヒナもまた桂を守ろうと桂の手をきつく握る。


「桂のおうちは?」


「そこだよ」


 桂は暗い顔をして、俯いたまま褐色の土壁の造形物を指し示した。

 真四角、というよりはどこかいびつな四角の土の家は妙に可愛く見えた。


(なんだ、このファンタジーな世界)


 竜仙という場所の構造物は殆ど土壁でつくられており、白や、茶、黒、縞々、色々な家が点在する。

 桂の家はそんなどこか可愛らしい集落の真ん中に位置していた。

 色とりどりの土壁の家は、どこか陽気な気がしたが、村の空気はそうではなかった。

 じとっとした視線が一行を取り囲む。

 その中で怯えるように立つ桂の背中を縁は叩いた。


「桂、私、長老に報告したら、行くからね。じゃあ、先生」


 縁は笑みを向けてさらに高みにある場所へと足を向けた。

 一方、桂は視線から逃げるようにすぐさま、褐色の家へと飛び込んだ。

 妙に広い玄関を起点にして中にはいくつかの部屋とそして枯草の敷かれた部屋。

 

(何だこの部屋?)


 すると後ろからフレイが入ってきて、枯草を眺めていた優菜を邪魔だと言わんばかりに鼻でつついた。


「あ、ここはフレイのお部屋なのね」


 ヒナが理解したように声を上げると、桂はフレイの頭を撫でる。


「そう、竜族は竜とは家族なんだよ。竜は卵からかえった時、一番に見えたものを親だと思う。まあ、鳥のすりこみと一緒だね。私が十歳の時、卵をとりに行って、生まれたのがフレイ。それからずっと一緒だったんだ。家族の誰よりも、どんな時も傍にいてくれた。私がこの竜仙にいられなくなったときも」


 優菜はどうしても気になって問いかけてみた。

 桂と家族だという以上、「知らない」では済まされないと思ったから。


「ごめん、俺、北晋国の人間だから、どうしても分からなくて。あのさ、この国で反乱があった時の首謀者は桂の兄さんなんだよな。でも、どうしてお兄さんだけが悪くなるんだ? 皆処罰されたから、竜騎士は潰されたんだろ?」


 すると桂は唇を噛んで言葉を堪えていた。

 すぐにそれに気がついたヒナが心配ないよと手を握ると、目を閉じたまま口を開いた。

 今まで、溜め込んできたものをさらすように。


「それは、うちのお兄ちゃんが魔女と手を組んで、竜騎士を操ったからだよ」


「操った?」


「そう。お兄ちゃんはこの国はじまって以来の若い年で騎士団長になった。うちの家は両親が早くに死んだから、お兄ちゃんは人一倍色々頑張ってきて、妹の私にとって自慢のお兄ちゃんだった」


 優菜にもその気持ちは分かる。

 自慢の姉がいたのだから。


「お兄ちゃんはさあ、魔女を愛してしまったんだってさ。暗黒騎士団長がお兄ちゃんが死んだ後に残された家族に宛てて手紙をくれた。まあ、家族っていっても、私だけなんだけどさ。傾国の魔女を本気で愛してたんだって。それで、お兄ちゃん王様になろうって思ったんだ。そのために、魔女の力で他の竜騎士を操った。反乱する気もなくて、純粋に騎士になった、正しい人の心を捻じ曲げて、王様、教皇様、騎士を狙った。そのせいで沢山の騎士が死んだ」


「無理やり捻じ曲げて……」


「そう。竜騎士は姫様と騎士に全員討たれた。お兄ちゃんが死ぬのは当たり前なのかもしれない。でも、他の竜騎士は違う。騎士を殺したくもなかったし、殺されたくもなかったはずなんだ。ただ操られただけなのに」


「そうだな。騎士の志は高い。そして忠誠心も並外れているから」



 ワンコ兄さんの誇りを持った言葉に桂は素直に頷いた。


 優菜はその中で、どこか白けた自分がいることに気がついた。

 誰かへの忠誠心なんて、どうやったら湧いてくるのだろうか。

 家族のためなら何だってしてやりたい。

 それが例え血の繋がっていない桂であっても。

 もう家族となったのだから、何かしてやりたい。

 

 けれど、優菜にとって、仕事は生計を立てるための選択肢でしかない。

 体を壊すまで働く気なんてさらさらないし、面倒なことを引き受けてやるつもりもない。

 忠誠を誓うなんて、自分には遠い出来事だった。

 父のように子供よりもなによりも、上皇を支えるなんてこと真っ平だった。

 それなりにやって、それなりに認められばいいのだから。

 優菜にはその気持ちはよくわからないものだった。

 

「竜騎士は他の騎士とは特殊で、この竜仙を含めて、三つの集落しか輩出できないんだ。竜がそこにしかいないから。だから、ここで暮らす殆ど家族に竜騎士がいる。だから、殆どの家族が家族を失った。縁さんだって……」


 そう言って桂は言葉を詰まらせた。

 優菜はあの髪の長い美女を思い浮かべた。


「さっきの女の人?」


 優菜の問いかけに桂は頷いた。


「縁さんも竜騎士だった。竜縁っていう騎士だった。縁さんは八人兄弟で、その縁さん含めて上七人は、皆騎士だった」


「じゃあ、皆」


「そう半年前に皆死んだ。それに縁さんの旦那さんも竜騎士だった。すごくいい夫婦で、皆、憧れてた。結婚して四年で、やっと赤ちゃんを授かったんだ。だから縁さんは竜騎士団を退団した。その矢先、あの反乱。縁さんは家族をほとんど失って、旦那さんも失って、それで、子供も流産して」


(悲惨すぎる……それ)


 優菜はそれをきいて、そのまま言葉を失っていた。


(だって、捻じ曲げられたんだろ。そして殺された。何で救ってやれなかったんだよ。何が姫様だ。何が英雄だ)


「悔しいね。そんなの、どうしてお姫様、助けてくれなかったのかな」


 ヒナも優菜と同じことを考えたのだろう、悲しそうな顔でそう呟いた。

 すると言葉を返したのはワンコ兄さんだった。

 まるで昔話をするような遠い目をして小さく首を振った。


「魔女の存在が分からなかったんだ。あの頃。あれは竜騎士の反乱だとされていたからね。魔女の存在が分かったのは皆が散々傷ついた後だ」


「うん。だから、だから、皆も私も、お兄ちゃんを許せないんだ。だって納得できないもんね。国を守るって出て行ったはずの人が、反逆者だって罵られて死んじゃったら。それが操られたんだと知ったら」


 桂は十分にそれが分かるからここにはいられないのだ。

 首謀者の妹として。

 

(確かに、俺だって出て行くよ。きっと桂にとったら、針のむしろだったろうな)


「でも、そんなの桂のせいじゃないじゃない。お兄さんはお兄さんで桂は桂なんでしょ?」


「誰もそんな風に思わない。私は反逆者の妹だもん」


「桂の言う通りだよ。世の中。皆そんな風じゃない。桂が反乱者の妹っていうのは現実なんだ」


「優菜!」


 ヒナは余計なことを言うなと睨んできた。

 優菜はそんな目をやり過ごし、絶望を覗かせた桂へと笑みをむける。


「でもさ、『俺達の家族』の桂には、そんなの関係ない。女にしか見えない俺に、記憶のないヒナ、気の強い優真に、長靴を履いたワンコ先生、それで大して強くないワンコ兄さん。それに、素直になれないお年頃、十六歳の桂だし」


「そうそう、自己満足って言われたって! そうなんだもん!」


 ヒナの言葉に桂はその場で声を上げて泣き出した。

 どこからそんな涙と声が出せるのかと言うぐらいの声をあげて、ただ泣いた。

 きっと、この村で今までそんなことをすることも許されなかったのだろう。

 皆から憎まれて、苦しみながらずっとここで声を殺して涙を落として、そしてこの村を出てしまったのだろう。

 するとフレイが首を伸ばして、桂をつつく。

 誰よりもそばにいて、誰よりもわかる相方のために、泣くための胸を貸してやろうとしているのだ。

 桂はその首に抱きついてただ泣いた。


こんばんは。


さて、優菜達、現在『姫君の婿捜し』シリーズのはじまりの話に足を突っ込んでいます。

反乱を起こした竜桧の妹、桂。

彼女の置かれている立場。

桂はこれからどうするのか。

優菜達にこの村はどう関わってゆくのか。

お楽しみに。

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