第百十二話 京都旅行⑤
対応は後だと言ったが、何もやらないという訳にはいかない。
クリス君の保護者がこの事態に気が付いていた場合、捜索のために色々と動いている可能性がある。これ以上大事にしないためにも連絡をする必要がある。
(これが保護者の電話番号かな)
復活したクリス君の携帯電話を借りて、電話先を確認する。
(後は連絡をするだけなんだけど)
電話をかける前にクリス君の方を見る。
(確認は取らないといけないな)
僕はクリス君の方を見る。
「クリス君、今回の旅行はとても楽しみだった?」
「うん!とても楽しみにしてた!」
「今はどうかな」
「最初の方は辛かったけど、今はお姉ちゃんたちのお陰で楽しいよ!」
「クリス君は、賢い子だね」
とてもうれしいことを言ってくれるクリス君に僕は優しく微笑む。
「クリス君に質問なんだけど、どうしたい?」
「どうしたい?」
「親にすぐに会いたいとか、もっと楽しみたいとか、今やりたいことを言って欲しい。クリス君のやりたいをお兄さんが叶えるよ」
「本当!?なら、愛佳お姉ちゃんともっと一緒にいたい!」
クリスは、屈託のない笑顔で迷いなく春野と一緒にいたいと言った。
そのことに、どうしようもなく笑みが溢れてしまう。
(まだ、30分ぐらいしか経ってないのに、こんなに好かれるなんて一体何をしたんだい)
赤菜さんや、クリス君など才能のフィルターがない春野と接した人物の好感度はとても高い。
今は色んなことが邪魔をしているけど、もしかしたら素の状態の春野はものすごい人たらしかもしれない。
「愛佳お姉ちゃんのどんなところが好き?」
「優しくて、何処か暖かいとこや、お話上手なことろや、笑顔が素敵なところとか、いっぱいある!」
「そうなんだ」
(別人かな?)
春野にそういった魅力的なところがあることは知っているが、それはかなり色々とやった上でほんの少しだけ見れたに過ぎない。
(悔しいな・・・・・・)
どうしても思ってしまうこの感情をどうにか表に出さないように抑え笑顔でクリス君を見る。
「クリス君のしたいことを教えてくれてありがとう。後はお兄さんに任せて」
「うん!」
目を輝かせて春野のところに向かうクリス君の背中を見る。
(何かを守るのは大変だな)
手が震えている。
また、身の丈に合わないことをやろうとしている。
余計なことをやろうとしている。
親御さんの元に返すだけで良かったはずだ。それ以上のことはする必要はない。
自身がリスクを負う必要なんてどこにもない。
致命的な問題は避けれたのだからと、見なかった振りでもすればいい。
それが賢い、大人のやり方だ。
(大人のやり方か・・・・・・)
ふと昔のことを思い出す。
何も見えなかった。
楽しいことはなく、辛いことばかりだった。
だから、多くのものを見れるように、辛くならないように努力を積み重ねた。
そうして、多くのものを見れるようになった。
だけど、まだ僕は欲していたものを得ることが出来ていない。
それどころか、より辛くて大変なことばかりだ。
「多くのことを見えるようになれば良いと思っていたんだけどな」
自分の未熟さに呆れる。
(僕はまだ何も見えていない)
何も分かっていない。
(僕は答えを見つけられていないんだ)
これが正しいと答えが見つからないから、批判されることが失敗することが怖い。
その恐怖に屈しそうになる。
何度も思う。
何も見えないままが良かったと、そうすればこんな思いになることなんてなかった。
クリス君の心の傷はまだ残っている。
何もしなければクリス君にとって良い旅にならないかもしれない。
だからと言って、こちらが余計なことをして相手の迷惑になるのではないか。
元々、こうなったのは春野の自殺に首を突っ込んだからだ。
大人しく警察に任せるべきだった。
春野の事情も自分の甘さも見れなければ何も思うことなく任せられた。
春野愛佳が自殺しようとするところを見なければこんなに考えることもなかった。
(・・・・・・醜い言い訳だ)
込み上がってきた醜い心の声を僕は一蹴する。
(今回も、春野の時も僕には選択権があった。どうするのか選べたんだ)
何も変わらない。
これは自分の選択だ。
今回も僕は逃げることを許せなかった。
理想を追い求めたいと思ったんだ。
どうして、理想を追い求め続けたいのか。その先に何があるのか。
僕は分からない。
ただ一つ言えるのは、逃げるという結末は納得できないからだ。
戦う理由はそれで十分だ。
それだけあれば僕は戦える。
僕は携帯を取り出す。
(毎回毎回、こんなことしないとやっていけないなんてダメだな)
いつかはこんな事をせずとも行動できる人物になりたい。だけど、これが悪い事だと思わない。
僕が前に進む為には必要だから。
そうして僕は電話をかけた。




