第百十三話 京都旅行⑥
「留守番電話に変わります」
「運が悪いな」
僕は電話を切った。
携帯に登録されていた電話番号の中で関係者であろう人物に電話したがどれも繋がることはなかった。
予想はできていた。
予定では夜にクリス君を迎えるとなっていた。
何故、夜に迎えるのか。その理由は相手視点で考えれば簡単なことで、仕事などがあって面倒が見られないから。
だからこそ、相手が電話に出られない状況にあることは予想できていた。
(それでも一つぐらいは繋がるかもしれないと思っていたが、ダメだったか)
これで直接連絡するといった楽な方法は無くなった。
時間を空ければ折り返し電話が来る可能性もあるが、それがいつになるかは僕たちには分からない。
他に手段がなかったら、待つのもアリだったけど幸か不幸か確実に連絡できる方法を僕は見つけていた。
(計画書には藤田旅館で泊まることになっていた。そこの社長は藤田勝家。電話番号に登録されていた名前と同じだ)
それだけではない。調べたところ藤田旅館は明日から臨時休業になっている。
偶然としては出来すぎており、そのことが示す事実は、クリス君が藤田旅館の社長の孫である可能性が高いこと。
(藤田旅館・・・・・・由緒ある老舗で格式が高い・・・・・・いつものことだけど難易度が無駄に高いな)
迷子を保護するだけでも珍しいことなのに、その迷子がかなり良いところのお孫さんという、中々に非現実的な状況に笑ってしまう。
(自分よりも遥かに地位も実力もある人物相手に交渉をしないといけないとはね・・・・・・)
藤田旅館に直接連絡すれば確実に対応される。
(まったく・・・・・・僕の人生はどうなっているんだよ)
あまりにも身の丈に合わないことばかりだ。
それでも椿弓弦は現実から目を背けることも逃げることもしない。
何故なら、椿弓弦は覚悟を決めれる人間でその覚悟はもう固まっているのだから。
そうして、椿弓弦は藤田旅館へと電話をかける。
「はい、こちら藤田旅館です」
「はい、こちらは椿弓弦と申します。御社の社長、藤田勝家様のお孫さんと思われる方が迷子になっているところを保護した為、今後の対応などお話しをしたいと思い連絡させていただきました。」
「さ、さようでしょうか。す、少しお待ちください。今確認を取ります」
事の重大さを理解したのか、それなりに動揺した声で待つように言われる。
それから数分後、連絡が取れたのか先程と同じ人が戻って来る。
「すいませんが、今保護されている子の名前を教えていただけないでしょうか?」
相手は名前確認をしてきた。それも当然で、相手からはクリス君が来るのは夜で、今は飛行機にいるはずなのだから。
「クリス・ケリー君と聞いています」
「クリス・ケリーですね。教えていただきありがとうございます。今、オーナーの勝家様に変わります」
「今、変わりました。藤田旅館の社長をしている藤田勝家です」
流石、老舗の社長と言ったところだろうか厳格な声であった。
「クリス君を保護させていただいている椿弓弦です」
「椿君、早速で悪いが孫のクリスがそこにいるか確認させて欲しいのだが、いいかな?」
「勿論です、今呼びますので少しお待ちください」
僕はクリス君を手招きしてこちらに呼び、携帯を渡す。
携帯を渡されたクリス君は勝家さんと少し話すとこちらに携帯を渡して来る。
僕はそれを受け取る。
「変わりました」
「椿君だね。まずは孫のクリスを保護してもらった事、お礼を言いたい。ありがとう」
「いえいえ、当然のことをしただけです」
「それでも助かったことは変わりない。改めて感謝する。」
「いえ」
ここまでは予定通りだ。
本番はここからである。
「それで、今後についてなのだが、私の部下が迎えに行かせるので待機していただけないだろうか」
(保護の経緯はここで聞かず、対応を優先したか。予想通りの展開だけど、やっぱりこちらが頑張らないといけないか)
物事の対応を優先すること自体は何もおかしくない行為だが、僕からすれば今後の提案のために経緯を聞いてほしかった。
そうすれば、提案の流れをいくらか簡単にやれただろうから。
僕は一回だけ深呼吸をする。
「そのことについて、一つだけ提案させていただけないでしょうか」
「提案?」
「はい、藤田旅館まで私たちがクリス君を送り届けさせてもらえないでしょうか」
「・・・・・・理由を聞かせてくれないか」
(否定するのではなく、こちらを話を求めるか。かなり賢く視野が広い)
正直、否定される可能性が高いと思った。
相手にこれ以上迷惑をかけないこと、自分たちのプライドや安全を優先するならこの提案はやんわりと断りたいはずだ。
それが自分たちの安全を確保する最適解だ。
しかしながら今回はそうはならなかった。
何故か、相手が自分よりもクリス君といったこちらの立場を考えられたからだ。
迷子という状況、クリス君がどのようになっているのか、主観で判断せず多角的視点から見ようとしている。
「クリス君の初めての一人旅を明るいものにしたいからです。
保護をする際、クリス君と少しだけですが関わりました。
クリス君は1人異国の地で助けも求められない中、手にした地図を持って勇気を振り絞り京都まで来ていました。
とても怖く辛いことだったと思います。それでもクリス君は泣き言一つ言うことはなく頑張っています。
何故、そんなに頑張れるのか。それを明確に答えることは私には出来ませんが、クリス君がこの旅を守ろうと頑張っていることは分かります。
その頑張りを私は汲み取りたいと思いました。
確かに、このまま迎えに来てもらったら、問題は解決するかもしれません。しかし、それだとクリス君の頑張りは完全には報われません。
私はクリス君にピンチはチャンスすることができるという成功体験とクリス君の頑張りが最高の旅になったのだと思ってもらいたい。
これがお節介なことであることは重々理解しています。それでも、クリス君にとって明るい旅にしたいと思い提案させていただきました。」
出来るだけ端的に誠実に答える。
「・・・・・・なるほど、考えは分かった。その気持ちは正しいと思う。しかし、それを遂行する力がなければ意味がないことも分かるだろう。
椿君はその力があることを証明しなければ、はいとは言えない」
力の証明。
どのようにすれば力の証明ができるのか。
緻密な計画を伝えればいいのか、それともできる人物だとアピールするのか。
違う。
必要なのは結果だ。
クリス君を喜ばせることができると結果を示せばいい。そして、結果はすでに示されている。
「クリス君の声はどうでしたか?」
僕は信用している。
「辛く、泣きそうな声でしたか。
不安で寂しそうな声でしたか。」
これまで見てきた春野愛佳の人を思う気持ちが、優しさが決して偽りではないということ。
「あの声以外に納得できる証明は私にはできません」
春野愛佳は傷付けるだけの人物ではない、誰かを笑顔にできて、その笑顔を守り育むことができる人物であると。
「なるほど、確かに信用するに値する実力は持っているようだ」
(春野、やっぱり君は傷付けるだけの人物じゃないよ)
まだまだ細かいところは詰めないといけないが、1番の壁は乗り越えることができた。
しかし、壁はまだ残っている。
「理由も分かった。任せるに足る実力があることも分かった。だけど、絶対はない。もしもの時が起きた時、君は責任を取れるか」




