第百九話 京都旅行②
「あのーー、春野さん。ここは何処なんですか?」
春野と二人で南下をし始めて大体一時間ぐらい経った。
春野はこちらの意向を忠実に守り、ただひたすらに南下を続けた。
最初は売店や趣ある店など観光地らしいところにいた。本当ならそこで色々見ていく予定だったのだが、春野は一切を無視して歩み続けるので全てをスルーすることになった。
結果、僕たちは観光地から離れ川向うには一面田んぼが見える場所まで来てしまった。
「どこなのでしょうね?」
特に問題ないでしょと澄ました表情で春野は言う。
「さらに南下するなら橋を見つけないといけないわね」
「え……まだ南下するの」
川向うを見る。
見渡す限り田んぼが続いており、このまま進めば今日一日が田んぼの光景で終わることが容易に想像できる。
(ここまで抵抗されたのは、最初の方以来じゃないかな)
春野の敵対行為について僕はどこか懐かしさを感じていた。
最初の抵抗以降、僕はひたすらに先手を取り続けたことなどもあって久々に受け身側になった。
(普段は自分のペースだからな、春野のペースで進んでいくのは新鮮さがあっていいな)
最近マンネリ化を少しづつ感じていたので、追い込まれているという状況であるはずなのに僕はこの状況をどうしようもなく楽しいと思っている自分がいた。
(このまま南下するのはいいかもしれないけれど、それでは僕だけが楽しんでいることになってしまう。多少は動くべきか)
僕はほんの少しの間だけ、真面目に頭を動かして春野を言いくるめる方法を考える。
「このまま南下するのはいいかも知れないけど、僕はこのまま東の方に向かいたいかな」
「それはまたどうしてなのかしら」
京都に来てから春野に流されっぱなしの僕が初めて意見したことが気になったのか理由を求めてきた。
「大層な理由なんてないよ。これは行き当たりばったりの旅だからね。ただ東に行きたくなったから行こうとしているに過ぎない」
「それは……そうね。これは行き当たりばったりの旅だったわね」
先程までの強気の姿勢はすっと消えて、それもそうだったと落ち着きを取り戻していた。
(物事の意味を優先する、僕も同じような人だからそう答えるよね)
春野は物事を俯瞰的に見渡す力があって、客観的に判断をできるため感情的になることが少ない。
今回の旅の目的は、春野においては僕を知ることであって、僕にお願いしているに近い立場にある。
だからこそ、春野は僕の判断を優先させることが合理的だと硬く考えてしまう事が多い。
そこを上手く活用すれば、今回のように適当な理由で言いくるめることが出来る。
(賢い生き方ではあるけど、楽しい生き方じゃないからあまり活用したくないな)
僕は春野に楽しいことを教えると誓ったのだ。
春野には僕が考える楽しい人生の生き方を知ってもらいたい。
(まあ、楽しい人生の生きた方を教えたいなんて難しすぎるんだけどね)
まだ、15年程度しか生きていない人がやるような事ではない。本来ならばちゃぶ台をひっくり返して逃げたくなるようなものだ。
(だからと言って逃げてばっかりだと、何も得られないからね)
「それで南下するか東に進むかどっちにする?」
「椿君、私がどう答えるか分かっているのに聞いていないかしら」
僕が敢えて聞いていることに勘付いたのか、先程収めたばかりの矛をもう一度こちらに向けてくる。
「さあ、どうだろうね」
僕は適当にはぐらかす。
(春野は負けず嫌いだからな、こんな感じで言っておけば食いつくはず)
ここ最近、日々の生活を振返って気付いたが何も考えなくてもいいような状況において春野はそのままの気持ちで動くことが多い。
この前だって、新しく買ってきたゲームを一緒にやった時も初見殺しで春野を翻弄して楽しんでいたら、すぐに仕組みを理解して同じ技でこれでもかと格付けさせられボコボコにされた。
(手痛い反撃を覚悟しないといけないけど、今の段階で一番、素の姿を見せてくれるんだよね)
毎回毎回、それなりに心にくることをされるので本音を言えばもっと別の方法がないのかなと切実に思っているが、今の立場を考えるならこの方法が最も春野に息抜きをさせてあげれていると思っている。
春野の瞳からはどのように焼いてやろうかと敵意が密かに映っている。
「ここ最近の椿君、私が何もしないからと言って調子に乗ってないかしら」
「そんなことはないよ」
(春野、結構根に持つし、しっかりとやり返してくるから調子に乗れるわけないじゃん)
口に出して言ったら絶対に酷い目に遭うから心の中でツッコミを入れる。
僕はとってつけたような作り笑顔をして春野の疑いの視線を受け止める。
「・・・・・・これ以上は不毛ね」
ため息をついた後、春野は方向を東に変えて僕を置いていくように歩き始める。
(なんだかんだ言ってもこちらの要望をしっかりと聞いてくれるところとか、一緒に過ごせば過ごすほど生きてほしいと、笑ってほしいと思ってしまうよ)
少しだけ拗ねていて、そして悲しそうに進む春野の後ろ姿を見てそう思ってしまう。
「・・・・・・ちょっと!置いていかないで!!」
春野の進む速度が早くて、少し思いに浸っていると気がつけば大分遠くまで行ってしまっていた。
その後ろ姿を見失わないように僕は走って追いかける。
春野はこちらの声が聞こえているはずなのだが、一切の反応がない。
「何が何もしないだよ。しっかりとやり返しに来てるじゃん」
苦笑いしながらも頑張って走って春野の隣にたどり着く。
「ふーー、やっと追いついた。そう言えば、そろそろお昼の時間だね。どうしようか」
なんとか追いついた僕は何事もなかったように昼ごはんの話題を出す。
「そうわね。どこか食べれる場所を探さないといけないわね」
「そうだね。どこのお店で食べようか」
僕がそう言った瞬間、春野の足が止まる。
「……椿君は私の料理は飽きたの?」
「……え?」
春野が自覚しているかどうかは分からないが悲しそうな表情をしながら聞いてくる姿に僕は困惑する。
(春野の料理を飽きるなんてあるわけないだろう。というかどうして急に料理の話が出てくるんだ)
僕は頭を高速回転させて一つの答えを導き出す。
「昼食を作ってくれているの?」
「ええ、冷蔵庫の食材少し余ってたからサンドイッチとスープを作って来たのだけど」
(僕が準備している時に作ってくれたのかな)
どうして気が付かなかったのかなど、色々と振り返らなければいけないことはあるが、今はそれを考える時ではない。
「作ってくれてありがとう。春野が用意をしてくれたことに気が付かなかった。ごめんね」
「別に、私も伝えるの忘れてたから」
こちらの反応を見て、春野の方も何があったか理解していた。
「春野が作ってくれた料理を食べれるところを探さないと」
こういう時は切り替えが大切だと思っているので、先ほどのことは終わりだとするように話す。
「そうわ・・・・・・ね」
「うん?」
春野の反応が悪くなったので、春野の方を見るとある方向を見つめていた。
僕も春野が見つめている方を見る。
「あれは・・・・・・」
春野の目線の先には地図を泣きながら見ている子供がいた。




