第七十一話 女王決着
「この先ですわ」
私達はリアの案内でカンナのいる部屋に向かっていた。
巡回の兵を隠れてやり過ごし静かに移動する。
「この部屋にカンナがおりますわ」
そうして豪華な装飾を施された扉の前でリアが立ち止まった。
「よし、じゃあまずは私が様子を伺うから……」
私は二人を下がらせてドアノブをゆっくり回していく……鍵は掛かっていない様だ。
カチャリ
少しだけ扉を開け部屋の中を伺う。
中も扉同様豪華な装飾品で溢れており、天蓋付きベッドや大きな衣装ダンス、高級そうなテーブルやソファが見える。
そんな中、ソファに座るカンナの姿が見えた。
ローブから貴族が着る様な服に着替えさせられている。
そして、つまらなそうな表情を浮かべて足をぶらぶらさせていた。
暇で退屈でしょうがないという感じだ。
……可愛い。
私は扉を開けると……部屋にはカンナしかいない様だ。
「カンナ!」
私の声につまらなそうな表情だったのが一瞬で笑顔に変わり、
「ライラ!」
私の方に向かって駆け寄ってきた。
私の後ろからリアとマリーも素早く部屋に入り扉を閉める。
「リアとマリーも! みんな無事だった?」
カンナが心配そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
「はい、大丈夫ですわ」
リアが返事を返す。
どちらかと言うと、私はカンナの方が心配なんだけど……あの……あれ的な意味で。
「カンナは大丈夫でした? 何もされておりません?」
私が尋ねると、
「大丈夫、何もされてないよ。 服を着替えて……あとはこの部屋にいなさいって」
私を見上げてくる純粋な目がキラキラして……。
可愛さのあまり抱きしめようとした私の袖が引っ張られる。
「そう言うのは良いから。 とにかく城から出よう」
マリーに言われて頷いた瞬間だった!
「え?」
私達全員、またあの広間に立っていた。
「ま、またなの!?」
私が思わず声に出すと、
「私の部屋にどんな鼠が入り込んだかと思えば……また貴方達ですか」
玉座の方から声がする。
私はみんなを背中に庇うと、
「シルベル女王! カンナは返して頂くわ!」
シルベルはゆっくり玉座から立ち上がると、
「っふふ。 私の手から逃げられると思っているのですか? それとも私にかなうとでも?」
シルベルが余裕の笑みを浮かべる。
その時、
『ほほぅ、ではお主は吾輩に勝てるかのぅ?』
いきなり脳内に声が響く。
そしてマリーの鞄からぴょこんとフェンリルが飛び出した。
急に響いた声に怪訝そうな表情を浮かべるシルベル。
「今の声は? ……それにその小動物は……」
シルベルが呟いた瞬間フェンリルが高らかに鳴いた!
「きゅい!」
気が付けば私達は以前来たコロシアムに来ていた。
前はマリーとフェンリルが戦っていたが、今回はマリー含めて全員観客席にいる。
そして闘技場の上にはシルベル女王とフェンリルが向かい合っていた。
「こ、ここは……」
状況は飲み込めなくても、わが身に起こったことから警戒するシルベル。
そして警戒の眼差しは目の前の小動物に向けられている。
「一体あなたは……」
『吾輩の名はフェンリル。 かつてこの大陸を凍土と化した神獣じゃよ』
そう告げると同時に光り輝き……シルベルの前の前に巨大な狼が現れた!!
「ああ……な、なんて恐ろしい……」
シルベルは巨大な狼を前に慄いている。
まぁ普通そうなるよね?
それなのに平気そうだったマリーって一体……。
「な、なぜ神獣が……」
『簡単な話だ。 お主、あ奴らを亡き者にしようと考えているじゃろう? あの中の小娘に吾輩が封印を託した者がいる。 殺されると困るのじゃ』
『じゃから……』
フェンリルが今にも飛び掛かりそうに姿勢を低くする。
『吾輩が相手をしてやろう』
その言葉が終わると同時に仕掛けたのは何とシルベルだった。
ある程度予想していたのかもしれない。
フェンリルが巨大な炎の壁に覆われ、上空からはいくつもの落雷が降り注ぎ、地面から尖った岩が突き出る!!
それらがほぼ同時に襲い掛かった!!
「……す、すごい……」
私の隣にいるマリーが食い入るように見つめながら呟いた。
マリーが言うぐらいなのだから余程凄い魔法なのだろう。
(まぁあれだけの魔法を詠唱も動作もなく、同時に出せるって考えたら……強すぎだわ)
これは……自分達だけでは勝てたかどうか厳しいだろう。
同時に迫る魔法を前に、フェンリルが魔法を放つ。
『『絶対零度』』
フェンリルに迫る全ての魔法が動きを止めた!!
「な、何事!」
驚愕するシルベルに、
『吾輩の『絶対零度』は全ての熱を奪い去るのじゃ。 それこそ動作エネルギーによる熱も。 まぁ簡単に言うと全ての物質の動きが止まる……という事じゃ』
「くっ! そんな……」
『それでは今度は吾輩から……『凍結空間』』
シルベルのいる空間を中心に空気が凍り付いていく。
シルベルの服も霜が張り付き、息が凍る。
と、シルベルの姿が消えた!
気が付くと闘技場の反対側に現れている。
どうやら『転移』で移動したようだ。
「シルベル女王は『転移』を発動するのに詠唱も動作も必要としないみたいだね」
マリーが悔しそうに告げる。
同じ魔法を使うといっても、これだけ差があるのが悔しいらしい。
「『呪縛陣』」
フェンリルの足元に逆五芒星が浮き出る。
『なるほど……これで吾輩の動きを阻害するつもりか』
……魔法陣に触れている部分が動かせないようで、フェンリルの四肢が固まっている。
「ええ、所詮は獣。 これで死になさい。 『過重圧殺』」
フェンリルを中心に何十倍と言う重力が加わっていく……。
マリーの使う『重力』の最上級魔法である。
しかしそんな魔法を使われているにも関わらずフェンリルは平気そうだ。
「な、なぜ潰れないのです!?」
『ふむ、確かに重力を使うのは良いアイデアじゃったなぁ。 これでは『絶対零度』も効果が無い。 しかしじゃな……吾輩の体をよく見て見るといい』
そう言われシルベルは目を凝らすが何も見えない。
「何もないではないですか!」
『ああ、小さすぎたか……吾輩の体は強烈な冷気を出すことが出来るのじゃ。 周りの空気に重圧が掛かり、そこへ吾輩の冷気に冷やされることで細かいドライアイスが出来ているのじゃよ』
「ドライアイス?」
シルベルが意味が分からないという様な顔をする。
大丈夫! 私もわかんないから!!
……あとでマリーに聞いてみよっと。
『まぁとにかくお主の重力魔法で小さい氷のかけらが出来……出来た側から溶けて……吾輩自身には魔法が届いておらんという事じゃ』
魔法が効かないという事は確からしい。
「だったら!! 『爆炎煉獄』」
シルベルがフェンリルを指さす!
指さした場所を中心に魔力が集まり……、
『それは駄目じゃな。 『絶対零度』』
爆発しかけたところで動きを止める!
「お、おのれ……」
悔しそうなシルベルに、
『さて、じゃあこれで終わりとするかの。 『水分奪取』』
「はふゅ!」
空気が漏れる様な変な声がシルベルから漏れ……そしてシルベルの体から水分がなくなってゆく……。
体は痩せて骨が浮き出て……目は窪み舌は張り付き……唇はひび割れ……綺麗な銀髪もボサボサになり抜けていく。
そして……美しかった女王はミイラの様に成り果て、その場に音も無く倒れこんだ。
気が付くと私達は元の広場に戻っていた。
「ぐっ!! はぁ……はぁ……はぁ……」
玉座の前に四つん這いになって苦しそうに息をするシルベル。
『フフフ……どうじゃ? 死と言うものの恐怖が分かったかの?』
元のワンコ姿でフェンリルが話しかける。
『あの世界は吾輩が作り出した『意識だけの世界』じゃ。 あそこで死んだとしても現実世界では死んでおらん。 良かったの』
「はぁ……はぁ……はぁ……」
シルベルは返事をする余裕もない様だ。
ひたすら苦し気にあえいでいる。
『しかしお主がやろうとしたことは、今体験した『死』と言うものを現実にばら撒こうとしている事なのじゃぞ? そこを理解するのじゃ』
(そっか……フェンリルは戦争を起こそうとするシルベルに怒って出て来たんだ……)
カンナがフェンリルをナデナデする。
カンナとしてもフェンリルに感謝しているようだ。
「……わ、分かりました。 どの道本気で戦えば私は勝てないようですし」
やっと落ち着いたのかシルベル女王は立ち上がって、
「カンナ王子の件は諦めましょう」
口をへの字に曲げている……悲願もあって余程悔しかったようだ。
そんなシルベル女王の前に進み出るカンナ。
女王の袂までいくと、
「ありがとう。 シルベル女王。 それとごめんなさい、辛い思いさせてしまって……」
カンナがそっとシルベル女王の手に触れる。
それはいたわりや慈しみ……そう言ったものが込められているように見える。
シルベル女王はカンナの言葉と行動を唖然として見ていたが……ハッと我に返ると悔しそうな表情から優し気な表情に代わっていく。
「……いえ、カンナ王子。 数々のご無礼をお許し頂きたい。 私は色々なものを見誤っていたようです。 それと……」
シルベルは微笑を浮かべるとカンナ王子の手に自分の手を重ねて、
「貴方はこんな事をした私にも優しくして下さり、その優しさに心から惹かれました。 今度は真摯に結婚を申し込ませて頂きますね」
(は?)
いきなりの展開に私の頭が真っ白になる。
そして……、
「「「駄目ー!!!」」」
私、リア、マリーの声が響いたのだった。




