拠点へ
【拠点へと帰還しますか?】
ポンと音がして、倒れ込んでいる日向汰の視界に文字が出現した。
それはもちろん帰還したい日向汰だったが、その前に片付けをしなければならない。
しかし出来ることならもう、全く動きたくないというのが本音だった。
が、それでも日向汰はなんとか散らばる葉をまとめ、帰還の準備を済ませた。
すると入ってきた扉の反対の壁に新しい扉が出現し、勝手に開いた。
「アナタが最後のお客様、ヒナタ様デスね。ご無事で何よりデス」
最後の力を振り絞り扉から出た日向汰に、ななめ背後から声が掛けられた。
振り向くと、日向汰が今通ったばかりの扉が光の粒子となって消えているところで、その横でロボ人形が頭を下げていた。
「はじめましテ。ワタシは当ダンジョンの案内役、ダンジョンコンシェルジュの自動人形でございマス。仮初めの名としテ、コンシーと名乗らせて頂きマスが、どうゾお好きなようにお呼び下さイ」
彼の身体は木材や金属にプラスチックなどが、まぜこぜに構成されているようだ。
サイズ感は低学年の小学生くらいで、どこか愛嬌を感じる。
あまり悪者っぽくは見えないし、細くて弱そうで、日向汰も恐怖は感じなかった。
「ここは一応ダンジョンの中デスが、この場所は安全地帯なのデご安心下さイ。ここにはモンスターは出ませン。みなサンが安心して暮らせる生活拠点となりマス」
いかにもロボットらしく、ぎこちない身振り手振りで身体をカクカクと動かしながら話すコンシーの姿を、日向汰は見ていたが、話はあまり頭に入ってこなかった。
本当にもう疲れすぎて限界だった。
「それとこれは大事なことデスが、ワタシは悪いモンスターではないのデ、いじめないで下さイ」
コンシーがカタカタ震えている。
それは冗談を言って自分で笑っているようにも見えた。
日向汰は辺りを見回した。
ここは高校の教室より一回り二回り大きいくらいの、ドーム型の洞窟内部のような空間だった。その真ん中らへんに今、日向汰は立っている。
ダンジョン内と同じように、地面から天井まで全て、灰色の岩石で覆われている。
天井にはヒカリバナが七本咲いていたが、その光は弱かった。
「現在は深夜なのデ、あえて暗くしているのデス。朝になれば明るくなりマスよ」
天井を見上げていた日向汰に、コンシーが親切にそう教えてくれた。
朝と夜が分けられているのは人間にとって良いことだろう。
とはいえ、ダンジョンには様々なタイプが存在する。
巨大建造物タイプなどの普通に暮らしやすいタイプもある中で、石の洞窟タイプなんてものは当然のごとく、ハズレに分類されていた。
期待はしていなかったが安全地帯もやはり石なのかと、少し日向汰は残念に思った。
「壁の下に開く穴をご覧下さイ。みなサンそれぞれのプライベート空間となりマス」
円状の外壁には、等間隔で七つの洞穴があった。
「それぞれのお部屋は決まっていマス。他の方は入れませン」
穴の上にはそれぞれの名前が彫り込まれていた。
七つの穴は時計回りに、朝焼日向汰、薄井茶太郎、条利計、玉頭王我、桶原厚美、七夕ルナ、夜霧星羅――と、男女別に名前のあいうえお順で並んでいた。
「どうやらとてもお疲れのご様子デスし、本日はもうお休みされマスか?」
「…………ぼく……以外の、みんなは……?」
「みなサン先程お休みになられまシタ」
「……なら、ぼくも休む……」
疲労困憊すぎて声を出すのも億劫だった。
そんな日向汰のかすれた小さい声を、コンシーは問題なく聞き取ってくれた。
「かしこまりまシタ。それではお疲れのヒナタ様にワタシから、ささやかなプレゼントを――身体が綺麗になる浄化魔法をおかけしマス。よろしいデスか?」
日向汰はその有り難い提案に、コクリとうなずいた。
それを確認したコンシーは、わーいと子供が喜ぶように両腕を上げる。
すると日向汰の身体が暖かい光に包まれた。
別にコンシーは喜んでいる訳ではなく、そうやって魔法を使っているだけなのだ。
しかしその姿はなんだか可愛かった。
日向汰はスペシャルな日光浴をしているような感覚だった。
気持ち良すぎて、自然と目をつぶる。
七時間の冒険による汚れが、浄化されていく。
そしてわずか数十秒で、日向汰の身体は着ていた服や持っていた荷物も含めて、とても清潔になっていた。
「……あり、がとう……」
「イエ。お粗末様でシタ」
「…………おやす……み……」
「お休みなさいマセ」
日向汰はもう、早く倒れて眠りたいとしか考えられなくなっていた。
もはやゾンビのような歩き方で、上部に自分の名が彫られた穴へと向かう。
――その穴は予想以上に狭くて暗い空間だった。
中にヒカリバナは咲いていないらしい。
しかし穴の奥から下に降りられるようになっていた。
なるほど、下に生活するスペースがあるのか――と安心しかけた日向汰だが、降りてみると下も上と同じくらいに狭かった。
床面積は上が二畳弱、下が二畳強ってところだろう。
上り下りする穴の分だけ上のほうが床は少ないが、空間の広さはほぼ一緒だった。
それに端のほうは天井が低くて、小柄な日向汰でも気を付けないと頭をぶつけてしまいそうだった。狭い所が苦手な人には地獄のような空間だろう。
きっと布団を敷くだけで床が見えなくなる。
そう思った日向汰だったが、布団なんてなかった。
というか、ここには何もなかった。
とりあえず荷物を下ろした日向汰は、回らない頭で少し考えた。
そして、石の床にヒカリバナの葉をばらまく。
その上に倒れ込むと、意外に寝心地はそれほど悪くなかった。
――ダンジョン二日目、朝。
眠りから覚めた日向汰は身体を起こした。
その動きだけで、自分がひどい筋肉痛であることが分かった。
上に移動し穴の外に出る。
コンシーの言うとおり、朝になったのでヒカリバナは明るく拠点を照らしていた。
「ねーホントにここでずっと暮らせってことー? そんなのウチら原始人じゃん!」
「わたしもぉ、あのおトイレは~ありえないと思う~」
「いや、てかさ、ここってマジでダンジョンなん? ドッキリとかじゃなくて?」
「――諦めろ、茶太郎……これは現実だ」
日向汰以外の六人の高校生たちは、すでに集まっていた。
王我が真っ先に、日向汰の存在に気付く。
「お~いおいッ! そこにいんのは朝焼じゃねえかッ! ようやく登場か~ッ!? ったくノロマ野郎がッ! ガハハハハッ!」
王我のテンションが、なぜかやたらと高かった。
全身から喜色を満面に溢れさせており、かつてないほどの上機嫌に見えた。
普段、朝は不機嫌なことのほうが多いのに。
日向汰は、ものすごく嫌な予感がした。
しかしそれを表情には出さないように、小走りでみんなの所に近寄った。
筋肉痛であることがバレたら面倒になりそうなので、それも必死に隠した。
「テメエ昨日は何してたんだよ? アッ? まあ予想は付くけどなッ、どうせ最初の部屋から怖くて出れなかったんだろッ? ありえねえほどのビビりだからなあ、テメエは。マジウケんぜ……てか、そういやテメエ――」
と、饒舌な王我は途中で言葉を止めると、日向汰をジロジロ見る。
そして突然、爆笑し始めた。
「ぶふっーッ! ちょッおま、嘘だろ!? ギャッハーッ! やっべえわ! コイツッ! ジョブ、遊び人てッ! ありえねえだろッ! ギャグセンクソ高えッ!」
共通スキルの簡易鑑定は、人やモンスターにも使える。
よほどのレベル差がない限り、ある程度近付けば名前とレベルとジョブとHPゲージの横棒は相手に見えてしまうのだ。
王我は日向汰を指差し、腹を抱えて笑っている。
「うっわマジじゃん日向汰! なんでそんなジョブ取ってんだよ!? ヤバ!」
王我に続いて、茶太郎も日向汰を馬鹿にして笑った。
すると、なんだなんだと全員が日向汰の周りに集まってきた。
「うっそー! ヒナたん真面目なのにー! なんで遊び人なんかにしちゃったのー!? 正反対じゃんウケるー!」
「――俺は、馬鹿も嫌いではないが……ここまで極まると、憐れだな……」
ルナにも面白がって笑われて、計には冷笑された。
一応、日向汰にも理由と考えがあって遊び人を選ぶことになったのだが、それを上手く説明することは出来ないし、出来ても余計に馬鹿にされるだけだろう。
日向汰は唇を噛みしめ、顔を赤くして下を見るしかなかった。
「え~もしかして~、遊び人になってモテたいとか~そうゆう願望~? キモ~!」
「遊び人にそんな能力あるわけねえだろッ! やっべえッ! マジ笑い止まんねえわッ! ギャハハハハッ――!」
「いや日向汰、マジでどしたん? 遊び人は賢者に進化できるとか、あれ都市伝説だぜ? まさかマジにしちまったん? それは取り返しつかねっしょ」
「い、いや、あの、そ、それは、分かってたんだけど……」
日向汰の声は、笑い声にかき消される。
これだけ人を馬鹿に出来るということは、彼らはきっとみんな、良いジョブを得られたのだろう。
そう思い、日向汰は自分だけがジョブ選びに失敗してしまったと、深く落ち込んだ。