宝箱の中身
――しばらくして。
休憩を終えた日向汰はなんとか宝箱から手鍋を取り出すことに成功した。
すでにこの場所に辿り着いてから、三十分以上が経っていた。
宝箱を開けるだけで一苦労……先が思いやられる日向汰だった。
手鍋の中には、折りたたまれた古い紙切れと、鍋の底と同じくらいの大きさの、蚊取り線香みたいにぐるぐるした物体が入っていた。
謎すぎるので、日向汰は共通スキルの簡易鑑定を使ってみることにした。
老魔女の手鍋
熟練の魔女が百年以上使い込んだことで魔道具と化した手鍋
その性能はヒカリバナの葉を原料とした丸薬の調合に特化している
老魔女の鍋敷き
上に乗せたものを自動で適温に保つ
老魔女の手鍋と併用することで、その性能を最大限に発揮する
老魔女のレシピ
丸薬の調合方法が絵で説明されている、ただの紙
経年劣化により状態は悪い
「百年以上って……そうゆう設定、ってこと……だよね……?」
ダンジョンはやはり謎が多い。
とりあえず、ぐるぐるした物体は鍋敷きだった。
そしてこの黒い手鍋は、ただの鍋ではなく魔道具であるらしい。
取っ手の長い手鍋だったので、もしかしたら打撃系の武器かもと思っていた日向汰だったが、さすがにそんなことはなかった。
レシピの紙を広げてみると、確かに文字ではなくイラストが描かれていた。
それによるとヒカリバナというのは、あの天井で光る花のことらしい。そしてなんと、岩の隙間から生えていた大きな葉っぱが、ヒカリバナの葉であるようだった。
つまり、あの天井の光る花と壁の葉っぱは、岩の中でつながっている同じ植物であったのだ。日向汰は完全に別の植物だと思っていた。
「というか雑草じゃなかったのか、これ……も、もしかして、取り放題……?」
こんなに無造作に大量に生えているものが薬の材料になるというのは、日向汰にとって衝撃的な事実だった。とはいえ、なんの薬かというのはまだ分からないので、もしかしたらあまり使い道のない低価値の薬しか作れないのかもしれない。
「とりあえずでもじゃあ、集めようかな……」
いやしい日向汰は、お得そうな情報を得て疲れがどこかに吹き飛んでいた。
イラストを見ると小さい葉には×、大きい葉には○が描かれていたので、日向汰はなるべく大きい葉を集めることにした。
「ここには大きい葉っぱがいっぱいだし、ちょうどいいな」
この行き止まり付近にあるヒカリバナの葉は、道中のものと比べてかなり大きいものばかりだった。
日向汰はその中でも特に大きい葉を暗闇の中から探す。
――ちなみに。
ヒカリバナの葉は大きく育ち過ぎると、花が光りを発するのに必要な栄養まで奪い始める。だが花の光りが弱まり、やがて完全に光りが消えても、葉は育つことをやめない。
そのため、大きな葉がたくさんある場所ほど暗くなるのだ。
日向汰が今いるこの場所にも、天井にはヒカリバナが生えているが、きっとその光りはもうずっと前に失われてしまったのだろう。
他のダンジョンは屋内型であれば普通に電球が使われていたりするし、屋外型であれば太陽光に近似する光源があったりするし、このダンジョンのような洞窟型の場合はヒカリグサというただ地面に生えて光るだけの草が主流だった。
そのため日向汰にはヒカリバナについての知識が全くなかったので、きっとヒカリグサと同じようなものだろうと思っていたのだ。
日向汰は胸ポケットにライトを付けた携帯電話を入れて、両手で葉っぱを採取する。
その際には筆箱の中に常備していたカッターが役に立った。
何年も前に購入した百円の文房具であり、細く頼りない刃物ではあるが、葉の茎を切るには充分だった。
貴重な刃が折れないよう力の入れ方に気を付けながら、慎重に作業を続ける。
そして日向汰は休まず一気に百枚ほどの葉を採取した。
しかしふと、そんなにたくさん持ち帰れるのかという疑問に至った。
「いったん、このくらいにしておこうかな……」
気付けばだいぶ、宝箱からも離れていた。
正気に戻った日向汰は、一度採取した葉を集めてみることにした。
切り落とした葉は、持ち運ばずにそれぞれ近くの地面に放置していたのだ。
――そして日向汰は、集めた百枚の葉の量に驚いた。
所詮は葉っぱと見くびっていたが、一枚一枚が分厚くて、日向汰の頭よりも余裕で大きいので、百枚も集まるとかなり嵩張り、なかなかの重量だった。
とりあえず、カバンには半分も入らない。
こうなってくると、本当に石版が邪魔だった。
が、ここまで持ってきて置いていくのもなんだか違う気がした。
ノートや教科書も捨てようかと思ったが、一応持ち帰ることに決めた。
ぐぬぬという声が聞こえてきそうな表情で、カバンの一番下に石版を押し込んだ日向汰は、その上にノートや教科書、そして葉っぱを詰め込めるだけ詰め込んだ。
いろいろ考えたが、カバンに入りきらない分の葉っぱと鍋はシンプルに腕に抱えて持つことにした。
これで、もうこの真っ暗闇にも用はない。
最後にもう一度だけ宝箱の中を見て、手でも探って完全に空であることを確認して、日向汰は来た道を戻るべく、再び歩き出した。
携帯電話の充電も有限だ。
のんびりしている余裕はない。
――帰り道は、精神的には楽になったが、肉体的には苦しさが倍増した。
単純に荷物が増えたし、疲労も蓄積している。
あと狭くて険しくて暗い道を、両手が荷物でふさがった状態で歩くのは、予想以上に大変だった。
日向汰は普通に何度か転んだが、大きな怪我はしなかった。
ヒカリバナの光が届く場所まで来ると、そこからは無理せず何度か小休憩を挟む。
あまりの辛さに、あの場所で葉っぱを採取したことに後悔もしたが、やはり道中の葉で日向汰が持っている葉よりも大きいものは一つもなかった。
しかし、葉が大きければ大きいほど良いなんて、そんな確証はなかった。
あのイラストを見てなんとなく、日向汰がそう判断しただけだ。
こうゆう努力が無駄になるというのが、いつものパターンだった。
頑張っても報われないことには、もう慣れていた。
でもダンジョンではとにかく頑張るんだと、日向汰は決めていたのだ。
「――着い、たぁ……」
日向汰は分かれ道の広場まで戻ってきた。
荷物が増えたので、結局行きと同じく三時間以上がかかってしまった。
もう夜の十二時を回っている。日付が変わっていた。
疲れで日向汰はもう限界が近かった。
気を抜いたら本当に倒れてしまいそうだった。
しかし広場に入る前に、しっかりモンスターがいないかを確認する。
「……よし、大丈夫」
出口の扉へと真っ直ぐ向かう。
さすがに帰る以外の選択肢はないだろう……そう思いつつ、扉の前に着いた日向汰は、荷物を下ろしてサイコロを取り出した。
サイコロを転がしたのも、もはや七時間ほど前だが、ポケットに入れていたサイコロはまだ消えていなかった。
一度召喚すれば、何回でも使える仕様なのだろうか。
そう思い試しに使おうとしてみると、また日向汰の視界がほんのり赤く染まった。
「MPは……減ってないな」
七時間前と同じく、①~⑥の選択肢を設定する。
転がすと、出口の扉に設定した①が出た。
「……良かった。サイコロも帰れって言ってる」
笑って、サイコロを拾う日向汰。
そして顔を上げると、分かれ道の一つから、広場へとモンスターが入ってきた。
そのメタリックなモンスターは、音も無く、スーっと現れた。
飛んでいるのだ。何百キロもありそうなのに。当たり前のように。
球体のボディは尖った金属だらけで、頭と足はなく、六本の腕が生えている。
手にはそれぞれ、剣と槍と斧と杖と玉とハンマーを持っていた。
それは見るからに殺戮に特化されていた。
顔がなくて、どこが前なのか分からないが、三百六十度が全部前なのかもしれない。
日向汰は動けなかった。
出口は手が届くところにあるが、動いたら即殺されると思った。
頭の中は後悔一色だった。
どうして気を抜き、荷物を下ろしたのか。
サイコロなんて振らずに、さっさと出口に入っていれば良かった。
絶対にそうするべきだったはずだ。
なぜそうしなかったのか。
いや、そもそも。
途中の休憩をあと一分早く切り上げていれば。
宝箱を開けるのに、あんなに手間取っていなければ。
ヒカリバナの葉の採取を欲張らずに半分くらいにしておけば。
何かが少し違うだけで、助かったかもしれないのに。
ああしていれば、こうしていれば。
頭に自然と浮かぶのは、そんな意味のない、もしもの話ばかりだった。
あまりの自己嫌悪に、日向汰は自嘲の笑いをこぼす。
「……ぼくは本当に救えない、ダメ人間だな」
――しかしモンスターは、そんな日向汰を無視した。
日向汰の前で、広場をゆっくりと横切るように飛行して、通路の一つへと去った。
【イカサマダイス】で設定した番号で言うなら、③から現れて⑥に去った。
固まっていた日向汰は再起動すると、すぐに出口の扉を開けた。
いや、開けたというか中の部屋に倒れ込んだ。
日向汰は自分の身体が自分のものじゃなくなったみたいだった。
腕も脚も体中が震えまくりで、急がなきゃいけないのに、まともに立ち上がることすらできなかった。
もう恐怖と疲労と混乱で、めちゃくちゃだった。
が、最後に残った貧乏根性で、扉の前に置いたカバン、ヒカリバナの葉を部屋の中へとかき集めた。冷静にやれば二秒で終わる作業が上手くいかない。あのゴーレムが戻ってこないか気が気ではなかった。それでも日向汰は必死に、身体を動かした。
そして扉が――閉まった。
これでもうこの扉は開かないし、モンスターは入ってこれないはずだった。
そう頭では理解していたが、身体の震えは止まらなかった。
心臓の激しい鼓動も、荒く乱れた呼吸も、全く落ち着く気配がない。
日向汰の周りには、集めた葉が散乱していた。
ここもまた狭い部屋なので、百枚の葉で床が半分ほど見えなくなっていた。
なぜ助かったのかは分からない。
しかし、日向汰の初めての冒険は、こうして無事に終わった。




