みんなのジョブ
「ヒナタ様は遊び人になられたのデスね。おめでとうございマス」
「ぶっはッ! こいつ、人形にまで嫌味言われてやがるッ! いくらなんでも雑魚すぎんだろッ!」
「イイエ、オーガ様。ワタシは嫌味なんて言いませン。ダンジョンから与えられるジョブは、全てが素晴らしいものなのデス」
「――ふっ……詭弁だな」
眼鏡を拭きながら計がつぶやいた言葉を、日向汰は出来ることなら否定したかった。
コンシーの言うことこそ正しいと思いたかった。
けれどもジョブには明確な優劣がある。それは間違いないのだ。
過去の例を見ても、ダンジョンを自力で抜け出せたのは、強力なジョブや便利なジョブを得た者ばかりだ。
少なくとも現在までに、ジョブが遊び人のダンジョンクリア者はいない。
しかし、それでも日向汰は諦めたくなかった。
だからまず、みんながどんなジョブになったのかを確認することから始める。
味方の得手不得手を知り、その足りない部分を補う存在になろうと考えたのだ。
日向汰は視線を上げ、おそるおそる王我を簡易鑑定した。
玉頭王我 レベル0 魔法剣士
――魔法剣士。
その文字を見て日向汰は思わず、うつむいて奥歯を噛みしめた。
それは日向汰が喉から手が出るほどに欲しかった、魔法職だった。
ジョブ決めの際、ランダム五つの選択肢に魔法職が入る確率は、約10%と言われている。そして、ランダムで出る魔法職は始めから強いことで有名だ。
スタンダードで選択できる基本ジョブの魔法使いは、レベルを上げて修行することで、上位のジョブに進化してからその真価を発揮する。
ランダムで出るのは主にその進化先なので、強いのは当たり前だった。
その幸運を、王我は引けて、日向汰は引けなかった。
どうしていつも、そうなるのか。
日向汰が欲しいものを、王我は簡単に手に入れる。
悔しくて、たまらなかった。
そんな日向汰の顔を、無遠慮に王我が覗き込む。
二人の目が合った。
「オイオイそんな目で見るなよ、照れちまうだろうがッ」
王我は一瞬で日向汰の心情を見抜き、そして最高に嬉しそうな声を上げた。
このシチュエーションは、まさに王我の大好物だったからだ。
自分こそが神に選ばれた真の強者であるという、圧倒的な優越感。
それは分かりやすい弱者を目の前にした時、いつも最大で感じることができた。
だからこそ、この時のためにこそ、王我は日向汰を側に置いていたのだった。
「悪いな朝焼ッ。この世界の主人公は、オレみてえだわッ」
魔法剣士は、魔法を使えるのに、剣も使える。
確かにそれは、王道の物語で主人公が持つにふさわしい特性だろう。
例えいくら気に入らなくとも、その言葉を否定することは、今この場にいる誰にも出来なかった。
日向汰は辛い現実から目を背けるように、王我のすぐ後ろにいる茶太郎と計に視線を移した。
茶太郎は槍騎兵。計はハンターだった。
二人共、優秀な戦闘職だ。ケチの付け所は、見当たらない。
日向汰は心のどこかで、ダンジョンにくれば、なにかが変わると思っていた。
今の自分――パシリの自分は、本当の自分ではなくて、他に輝ける場所があるはずで、それはダンジョンで、自分はここで、なりたい自分になれる。
そんな漠然とした、なんの根拠もない夢を見ていた。
それが今、完全に儚く消えた。
日向汰が夢見ていたダンジョンは今、現実になっているのだ。
現実は日向汰に、いつも残酷だった。
「もーヒナたん、そんな泣きそーな顔すんなしー。だいじょぶだってー。ほら、あそこのヤンキー女見てみなよ、超へんなジョブだよ? ぷぷぷ」
ルナが日向汰の肩を組んで、耳打ちをしてきた。
しかしその声量は抑えられておらず、明らかに日向汰だけに向けられた言葉ではなく、同時に星羅もからかう気満々な事がうかがえた。
「……おい、聞こえてるぞ。誰がヤンキー女だ。アタシはそんなんじゃない」
「はぁー? どの口が言ってるんですかー? そのジョブってー、自分で選んだんですよねー? えーウケ狙いですかー? ぷぷぷーおもしろーい」
ルナが敬語で話す時は、大抵が人を馬鹿にしたり煽っている時だけだ。
今も、とても腹の立つ顔で星羅を見ていた。
日向汰が星羅を簡易鑑定すると、そのジョブは不良少女と表示された。
「……他に選択肢がなかっただけだ」
「へぇー? そうなんだってヒナたん。あの人ウケるよねー?」
いや、全く笑えなかった。
むしろ星羅の言うことが本当なら、とても共感してしまう。
日向汰だってまさに、他に選択肢がなかっただけなのだ。
「……お前だって、変なジョブのくせに」
「ウチは気に入ってるもーん。不良少女ちゃんとは違いますー」
星羅に向けられる怒気を、ルナは全く気にせず挑発をやめない。
何も知らない人が見れば、この女ヤンキーと黒ギャルは、次の瞬間には殴り合いを始めるんじゃないかと思うかもしれない。
しかし、この二人はケンカをしているのが日常風景。
普段からいつもこんな感じだった。
星羅の怒気と、ルナの挑発。
それに対し下手な反応を見せれば飛び火を食らいそうな日向汰も、いつも通り動揺しまくっていた。先程からルナの胸が微妙に日向汰の腕にあたっていることも、正常な思考を狂わせた。
ただ、日向汰は少しだけ元気が回復していた。
ちなみにルナのジョブは、盗人猫。
オケ美のジョブは、メイクアップサポーターだった。
男子が良くも悪くも有名どころのジョブを得たのに対し、女子はあまり聞き慣れないジョブばかりを得たようだ。
推測をするなら、不良少女は近接戦闘系、盗人猫は盗賊系、メイクアップサポーターは付与系の力を持つジョブだろう。
「――それで、コンシェルジュ……全員が集まったら、ダンジョンの説明をしてくれるのではなかったか……?」
「おッ! そういやそうじゃねえかッ! おいクソビビリ! テメエのせいで昨日オレらは足止め食らったんだぞッ!」
ついさっきまで楽しそうに笑っていた王我が、鬼のような顔で日向汰に怒鳴った。
上機嫌でも、王我は寛大になったりはしないらしい。
ただ、今回は日向汰にも落ち度がないとは言えないだろう。
確かに昨日、日向汰は一人この拠点に来るのが遅れた。
そのため全員が集まってからするというコンシーの話を、王我たちは聞けなかった。
少しでも早くダンジョンに潜りたかった王我は、それでフラストレーションを溜めていた。
が、実際のところは、昨日ダンジョンに潜りたいと本心で思っていたのは王我だけだった。他の面々は、時間も遅かったし、いろいろ準備などもあるので、昨日は少し余裕が欲しかった。だから、むしろ結果的に日向汰が遅れてくれて良かったとすら思っていた。
しかしそんなこと王我には関係がない。
「おい人形ッ、さっさと説明始めろや」
「ハイ。それでは説明を始めさせていただきマス」
全員がコンシーの近くへと集まる。
みんな、多少浮かれ気味ではあったが、ここは世間的には悪名のほうが高いダンジョンだ。そのダンジョン側の存在であるコンシーの説明ともなれば、決して聞き逃すべきではないというのは当たり前の判断だろう。
「デスがその前に――ワタシの説明が面倒だという方はおられマスか? 今すぐダンジョンへとお送りすることも可能デスよ?」
オートマトンのコンシーには、表情というものがほぼない。
そのためか、おそらく敵意はないと分かっていても、日向汰にはそのコンシーの言葉が少し怖く聞こえた。もちろん気のせいなのだが、まるで、コンシーに逆らったらいつでもダンジョンに送りつけることが出来るんだぞ、と言われているような気がした。
「いやいやそんなんありえないっしょ!? 説明とか一番大事じゃんか! おれ説明書とかめっちゃ最初に読むタイプだしさ! ホントホント! マジで!」
茶太郎が慌ててコンシーの提案を拒絶した。
彼はなによりもまず、モンスターに相対する心の準備が出来ていないのだろう。
そして、それは日向汰も同じだった。
昨日の最後に見た殺戮兵器は、日向汰の心に簡単には消せそうもないトラウマを植え付けていた。
心の準備は、いくらしても足りないくらいだった。
「そうデスか。では、拙い説明となりマスが、しばしご静聴下さイ」




