深夜三時
「無事に、戻って来れた……」
時刻を確認すると、深夜三時を回っていた。
この何日かで慣れ親しんでしまった、静かで暗い拠点に安心感を抱いた日向汰は、肩の力を抜き、目を閉じた。
んーっと身体を伸ばすと、気持ちが良かった。
しかしそんな日向汰の背後に、不穏な影が近づく。
「おかえり。ヒナたん」
「わっ……!」
ご立腹のルナである。
気の抜けた無防備状態にいきなり声を掛けられ、驚き飛び上がる日向汰。
ルナは、そんな日向汰を細めた目で見据えていた。
彼女がとても怒っていることは、一目瞭然だった。
「び、びっくりした…………え……ま、待っててくれたの……?」
「ヒナたん、ウチ怒ってるんだけど」
怖い。
いつものルナとは、感じが違った。
「ご……ごめんなさい」
「とりあえずヒナたん、そこ正座」
「……はい」
「なんでウチが怒ってるか分かるよね?」
正座した日向汰に、グッと詰め寄るルナ。
彼女は腕を組んでいるので、強調された大きな胸が日向汰の顔に当たりそうだ。
しかし、それを意識する余裕もないくらいの、すごいプレッシャ-だった。
「え、えっと……ゆ……言うことを……聞かなかった、から……?」
「そう! なんでウチがダメって言ったのに無視してダンジョン入っちゃうの? 危ないことしちゃダメじゃん! ウチすっごい心配したんだけど!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ったってしょうがないでしょ! もー! ウチはヒナたんをそんな悪い子に育てた覚えはないんだからね!」
「…………は、はい……」
日向汰は、そもそもルナに育てられたという覚えがなかったのだが、もちろん今そんな反論を口に出せるはずもなく、素直にうなずいておいた。
「ウチの言うこと聞かないヒナたんなんて嫌いになっちゃうんだからね!」
「……はい」
「もー! ちゃんと悪いと思ってる!?」
「………………」
「思ってないじゃん! 反省してないじゃん! もー! ムカつくー!」
腕を上下に振り、地団駄を踏むルナ。
日向汰の目の前で、ばいんばいんと胸が揺れた。
「もう絶対一人でダンジョン入っちゃダメだからね! 一人禁止! っていうかヒナたんはダンジョンなんて入んないでご飯とか作る係になればいいじゃん!」
つまりジョブを村人に転職して、拠点のサポート役になれということだろう。
ルナはダンジョンのことをまるで知らなかったはずなので、それは王我あたりに吹き込まれた知識なのではないかと推察出来た。
だが、ルナは知らないだろうが、村人はネットでは臆病者や負け組がなるジョブというレッテルを貼られていた。ましてや老人や子供、女性ならまだしも、若い男なのに村人となれば、非難の標的に自らなるようなものだ。
所詮は無責任なネットの意見だとも言えるが、しかし男なら戦えという理論は、日向汰も間違っているとは思えなかった。
「……なんでそんな嫌そうな顔するの? そうゆうお仕事もあるんでしょ? ヒナたんはそっちのほうが向いてるって」
確かに、そうなのかもしれない。
だが、ルナも星羅もオケ美も、女子だって全員ダンジョンに入っているのだ。
なのに、日向汰だけ村人に転職して拠点に引きこもるなんて、そんなこと出来るはずがなかった。
いくらルナに何を言われても、絶対に嫌だった。
「もーヒナたんの意地っ張り! ……しょうがないなー。じゃー、どうしてもって言うなら今度からはウチが一緒に入ってあげる。だから、絶対にもう一人で入っちゃダメだからね! 分かった?」
「…………」
しかし、日向汰は首を縦に振らない。
ルナは「むー」とうなり声を上げ、正座でうつむく日向汰のつむじをにらんだ。
日向汰は、出来ることならルナと一緒にダンジョンに入りたいという気持ちはあった。
しかし、ルナは王我たちとのダンジョン探索とは別に、さらに空いた時間で日向汰ともダンジョンに入るつもりだろう。
まずその話に現実味がない。
それに、日向汰は自分の弱さをしっかりと自覚しているので、今のままルナと一緒にダンジョンに入っても、上手くいくとは思えなかったのだ。
日向汰のスキルは特殊で理解を得づらそうだし、モンスターから逃げ惑う姿を見せれば余計にダンジョンには入るなと言われそうだし、それに情けない姿をルナに見せること自体も嫌だった。
有り難い話ではあったが、せめてもう少し自信を持てるようになるまでは、一人でダンジョンに入りたかった。
リスクは百も承知の上でだ。
「はぁー……ヒナたん。ウチもこんなこと言いたくなかったけど、ヒナたんじゃダンジョンはムリだよ。ジョブだって変なのになっちゃったんでしょ? それに――」
と、ここでルナは日向汰を簡易鑑定した。
説得の一つの材料として、レベルの話をしようと思ったのだ。
言わばマウントを取ろうとしたわけである。
が、それはルナにとって大きな墓穴だった。
「えええぇーーーーっ!!!」
ルナは日向汰のレベルを見て絶叫した。
小部屋に防音機能がなければ、みんなが確実に起きてしまうほどの声量だった。
「うそうそ! なんでー!? えぇぇー!?」
日向汰のレベルが4というのは、ルナにとって完全に予想外だった。
ルナはずっと上から目線で話をしていた。
格下の日向汰を、なんとか説得し、救ってあげようとしていた。
日向汰のレベルは0か、せいぜい1だと決めつけていた。
そんなルナのレベルは、3だった。
一気に自分のしていたことが恥ずかしくなるルナ。
急激に顔が真っ赤に染まっていく。
それは暗い夜の拠点でなければ、日向汰にもバレていたかもしれない。
ルナは黒ギャルだが、その肌は薄めの褐色なので、顔のほてりが見分けられないほどの黒さではない。
「も、もう知らない! ヒナたんのバカー!」
ルナは、そんな捨て台詞を吐き、自分の小部屋へと逃げ帰る。
格好悪くて日向汰の顔も見れないし、恥ずかしくて自分の顔も見せられなかった。
「…………?」
そうして急に置いてきぼりにされ、戸惑うしかないのは日向汰だ。
日向汰にしてみれば、なぜか急にルナが叫び出したかと思ったら、話が終わった。
が、ルナの行動がよく分からないのは別に今に始まったことではない。
深く考えずに、気分を切り替えることにした。
一人でダンジョンには入らないという約束もせずに済んだので、これで明日からも気兼ねなく自由にダンジョンに入れる。
このダンジョンには、”約束は必ず守らなければならない”というルールがある。
下手な約束は出来ないのだ。
立ち上がると、少し足が痺れていたが、歩けないほどではない。
とりあえず日向汰は、受付の中でおとなしく事態を見守っていたであろうオートマトンに、八つ当たりをすることにした。
「……コンシー、なんで助けてくれなかったの?」
「ハテ? ヒナタ様はお困りだったのデスか?」
「困ってたよ! 見てたでしょ?」
「転職の勧めとパーティのお誘いを受けていまシタね。デスが、それはワタシごときが口を挟めることデはありませン」
「挟んでよ! コンシーの意見はすごく参考になるんだから! 自信持ってよ! 今度からは挟んでいいからね!」
ルナに正座をしろと言われればおとなしく従い、自分の意に反することを言われても何も言い返せなかったくせに、コンシーには厳しい日向汰だった。
オートマトンにしか甘えられない、悲しい男子高校生の姿がそこにはあった。
「ところでなのデスが、ヒナタ様」
と、そんな日向汰に呆れたのか――いや、さすがに違うだろうが、急にコンシーが話題を変えた。
「ん? なに?」
「例の葉っぱの件デス」
「え、もしかして売れたの!?」
「イエ。残念ながら。しかしお金でなく、物々交換という形式デあれば、ヒナタ様にとって良い話があるかもしれませン。そのご相談デス」
日向汰は、なるべく早くお金が欲しかった。
しかしそれは欲しい武器やアイテムがあったからで、お金そのものをたくさん貯めたいという願望があったわけではもちろんない。
なので、その日向汰の欲しい物と交換になるなら、物々交換も大歓迎だった。
「なるほど。ではそのように取り計らいマス」
ということで、早ければ今日中にでも欲しかった物が手に入るらしい。
日向汰は大喜びで、コンシーの仕事を邪魔しないように小部屋に戻った。
一人になり、落ち着いて寝転がる。
三時間ほどの冒険は短かった気もしたが、それでもかなりの疲労感だった。
戦闘はもちろんだが、ダンジョンは移動するだけでも大変なのだ。
日向汰もうすうす気付いてはいたが、そろそろ確信しつつあった。
初日に一本道を往復で六時間も歩かされた時点で、怪しんではいた。
しかし、あれはボス部屋付近の宝箱への道だったからこそ起きた、イレギュラーだったのかなと思っていた。
だがどうやら違うようだ。
ここのダンジョンは、とにかくやたらと無駄に広大であるらしい。
一つ一つの道が、長い。
進むか戻るかしか出来ない一本道を、普通に当たり前のように何十分も歩かされる。
しかも広大とは言っても道幅は狭い所のほうが多い。
そんなダンジョンはかなり珍しいはずだった。
日向汰はぼんやりと、移動手段もいつか必要になるかもしれないと思った。
例えば自転車に乗れれば移動はだいぶ楽になる。
それにもしかしたら本当にダンジョンが広すぎて、徒歩では辿り着けないような距離の場所にゴールがあるかもしれない。
「いや……さすがにそれは考えすぎか……」
日向汰は残ったMPを全て魔弾の補充に費やし、寝ることにした。




