道を戻って
「…………あれ……?」
少し歩いただけで広場が見えてきたので、日向汰は自分が来た道を戻ってしまったのかもしれないと気付いた。
しかし日向汰は、そのまま広場へ向かうことにした。
時間が経ったことで都合の良い道が変わっているかもしれないし、もう広場はすぐそこなので、どうせここまで来たならサイコロを振り直そうと思ったのだ。
広場にモンスターはいなかった。
ポケットからサイコロを出し、【イカサマダイス】を発動。
日向汰は六本の分かれ道に、先程と同じ番号を設定する。
サイコロを振ると、②が出た。
「あれ? ……さっきは①だったのに。やっぱり時間経過で変わるのかな…………それとも、戻って来ちゃダメだったのかな……いや、でも……うーん……」
予想はしていたが本当にサイコロの目が変わってしまったので、日向汰は不安になったが、だからと言って【イカサマダイス】に逆らう訳もなく、②の道へ進んだ。
――そして、しばらく歩いて。
道中は特に何も起きず、Y字路に行き当たった。
「自分で選ぶしかない、分かれ道か……」
来た道を戻るというルートも含めて、選択肢は三つ。
これではサイコロの力は使えなかった。
が、日向汰はこうゆう時にどうするか、昨日の内にちゃんと考えていた。
単純に、悩むだけ無駄だから直感で決めるのだ。
「んー…………左で!」
――そしてまた、しばらく歩いて。
日向汰は狭い道から、かなり広くて、とても天井の高い場所に出た。
今までの広場とは、その大きさの規模が違った。
広さは大体サッカーコートぐらいだろうか。
「うわぁ……広いな……」
しかもそれだけ広いのに、光りは隅々まで届いていた。
壁や床の色も、他の広場と比べると白に近い。
モンスターは見当たらないので、日向汰は高い天井を見上げながら中に入っていくと、その天井に空いた穴から何かが降ってくるのが見えた。
それは、ほぼ日向汰の真上だったので、慌ててその場から退避した。
ドッシーンッ――!
大きな音を立てて着地したのは、巨体のゴーレムだった。
避けていなければ日向汰は、ぺしゃんこに潰されていただろう。
その体高は三メートル以上。
横幅もがっしりしており、見るからにパワー系。
だが、その見た目は少し変わっていた。
身体が、冷蔵庫、洗濯機、仏壇、箪笥、などの古びた家具や家電を中心に構成されていたのだ。
日向汰は後ずさりをしながら、なんとか簡易鑑定だけはした。
粗大ゴーレム レベル6
それと、HPバーが少し減少していた。
どうやら高いところから降ってきて、ダメージを受けてしまったらしい。
ならそんな登場するなよ、と日向汰は思った。
そして、頭上にまた気配を感じた。
ドシーンッ! ドシーンッ! ドシーンッ! ドシーンッ!!
日向汰の前方に、さらに追加で四体のゴーレムが降ってきた。
「あ、むり」
日向汰は全速力で逃げ出した。
こんな時のために、【おにごっこ】を取得したのだ。
その最大の効果は、逃げ足の強化である。
――必死に走り続け、Y字路まで戻ってきた。
逃げ始めて割と早い段階でゴーレムの足音は聞こえなくなり、振り返っても姿は見えなかったが、それでも日向汰はここまでずっと走ってきた。
とにかく怖くて、スピードを緩めることが出来なかったのだ。
Y字路を左に曲がる。
新しい道に入り、ようやく日向汰は走るのをやめて歩くことにした。
脇腹を押さえ、荒い息を吐く。
「はぁ、はぁ、はぁ……こんな……走ったの、久しぶり……」
だがそれにしては、よく走れた。
日向汰はスニーカーと【おにごっこ】の効果を実感し、逃げることを第一に考えた装備とスキルを選んで本当に良かったと思った。
「はぁ……びっくりした……あんなの絶対勝てるわけないよ……あ、コインだ」
と、日向汰は道の端っこにコインが落ちているのをみつけた。
拾い上げると、それはなんと500d円玉だった。
日向汰は嬉しいような納得がいかないような、複雑な表情になってしまう。
あんなに頑張った泥だるま戦で、得られたコインが420d円なのだ。
お金が手に入るのはもちろん嬉しいが、なんだか素直には喜べない日向汰だった。
――たくさん歩いて、次の広場に着いた。
そこは来た道を含めれば七本の分かれ道となっていた。
なので、来た道は含めない六本の分かれ道に番号を設定し、サイコロを振った。
純粋な六択ではないので、一番都合の良い結果が100%の確率で出ることはないが、おそらくそれでも日向汰の身に危険があるような道は選ばれず、それなりに都合の良い道が選ばれるはずだ。
少なくとも、拠点での似たシチュエーションの実験では、そうだった。
長居はせず、日向汰は出た番号に従って進む。
日向汰はダンジョンに入る前に、こうゆう時はこうする! みたいな、心のマニュアルを作っていた。
だから予想外の状況にならなければ、考えてきた通りに動くだけなのだ。
――狭苦しい道を歩いて十分ほど。
日向汰は少し広くなってきた道の先に、何かがいるのをみつけた。
それは、先程と同じモンスター。粗大ゴーレムだった。
もう二度と会いたくないと思っていたのに早速ご対面、向こうからお出迎えだ。
狭い道にいることによる錯覚かもしれないが、日向汰には先程の五体よりさらに一回り以上大きく見えた。
日向汰は迷わず逃げた。
が、走りながら思う。
これだけ狭い道を、あのゴーレムは追ってこれるのだろうか、と。
少なくとも日向汰が歩いてきた道は、とてもあの巨体が通れる広さではなかった。
振り返ると、粗大ゴーレムは追ってきていなかった。
遠くから激しく暴れる音だけが聞こえてくる。
「……もしかして、チャンス……?」
敵は一体だし、足はこちらのほうが速いのは分かっている。
逃げようと思えば、いつでも逃げられるのだ。
日向汰は再びゴーレムの見える所まで戻ってみた。
すると案の定、ゴーレムは狭い道の中でも特に狭くなっている部分の壁に巨体が引っかかって、こちら側に来れないようだった。
「戦うべき、なのかな……?」
ゴーレムは日向汰に気付き襲いかかろうとしていたが、完全に道幅より身体のほうが大きいので、物理的に日向汰に近付くことが出来ないようだ。
通れない道に力尽くで無理矢理身体を突っ込もうと、何度も挑戦している。
それはパワーに全振りしたモンスターの、悲しい姿だった。
日向汰は躊躇していた。
この状況であれば、普通なら絶対に倒せない粗大ゴーレムを、安全に倒せるかもしれない。が、こんな状況の相手に攻撃をして良いものなのか。
日向汰の良心が痛む。
とはいえ、粗大ゴーレムに道が塞がれているので、倒さないなら引き返すしかない。
だが一応、この道は【イカサマダイス】に選ばれた道だ。
日向汰の心のマニュアルには、【イカサマダイス】は信じるべしと記されていた。
「でも……そもそも、倒せるのかな……?」
粗大ゴーレムは、いかにも防御力が高そうだ。
あれだけ高い所から降ってきて、HPが一割も減っていなかった。
それに今もダンジョンの壁を平気で殴りまくっている。
とても頑丈なのは間違いない。
そんな相手に、日向汰のパチンコ攻撃は効くのだろうか。
全弾使い切って倒せなかったら最悪だが、それは高い確率でありえそうだった。
「とりあえず……一発、撃ってみよう」
安全な距離を見極めつつ、少しゴーレムに近付く日向汰。
パチンコを構え、胸に狙いを付けて魔弾を撃った。
途端、ゴーレムは怒り狂ったように暴れ出した。
ビビって退避する日向汰。
凄まじい振動と衝撃音だった。
それは数分間も続き、日向汰は逃げ込んだ壁裏で震えていた。
逃げたくて逃げたくて仕方がなかった。
音が少しでもこちらに近付いてきたら、即逃げるつもりだった。
しかし、音の発生源の位置は変わらない。
ゴーレムはそれだけ暴れても、日向汰の方には来れないようだ。
少し静かになってきたので、おそるおそる壁から顔を出す日向汰。
ゴーレムの姿を確認し、簡易鑑定。
HPが二割弱、減少していた。
始めから減っていたというのは考えづらいので、今減ったのだろう。
どうやらこれで、ゴーレムを倒せる目処が付いたようだ。
何も、パチンコ攻撃だけで相手のHPを削りきる必要はないのだ。
相手が勝手に暴れてHPを自ら減らしてくれるなら、それに甘えれば良い。
問題は、この男らしくない上に卑怯で姑息な作戦を、本当に日向汰は実行するのか、ということだ。
「でもここダンジョンだし、相手はモンスターだから……」
そんな言い訳の言葉を口にしつつ、日向汰は二発目の魔弾を放った。
――数十分が経ち。
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
日向汰としては出来れば取りたくない戦法だったが、それは完璧にハマった。
あの後、ゴーレムの後ろから、音を聞きつけてやってきたのか、さらに二体のゴーレムが追加された。
だが何体に増えようと、その巨体が巨体である限り、一緒だ。
ただ安全な場所から、たまにパチンコを撃つだけの、簡単な作業だった。
日向汰は自分が凄く悪いことをしているような気がして、罪悪感でずっと心がモヤモヤしていたが、しかし一体倒すごとにレベルが上がり、最終的になんとレベルが4になってしまったので、細かいことは気にしないことにした。
「まぁ、あり……だよね。うん……」
罪悪感は、どこかに消えた。
日向汰の心は、汚れてしまった。
「レベル、4……うへへ……」
いやらしい笑みを浮かべながら、日向汰はステータス画面を見る。
朝焼日向汰 レベル4 遊び人
HP:10/14
MP:4/14
スキル:イカサマダイス パチンコ装備 かくれんぼ おにごっこ
身体強化 視力強化
日向汰は次にレベルが上がったら、すぐに5Pの視力強化を取るか、それとも10Pを貯めてから身体強化を取るかで迷っていた。
しかし一気にレベルが3上がったことで、なんとまさかの両方を一度に取るという贅沢が可能になってしまった。
視力が強化され、日向汰の見る世界は変わった。
今までは、授業中の黒板の文字も前の方の席でなければハッキリとは見えなかった。
だが眼鏡などを気軽に買えるような金銭的余裕はなく、日常生活に致命的な支障は出ていなかったので、我慢をしていたのだ。
「ああ……見える……すっごい見える……きれい……」
心は汚れてしまったが、日向汰はぼやけず遠くまで綺麗に見える目を手に入れた。
それともう一つ、日向汰は綺麗な物を手に入れていた。
粗大ゴーレムの一体が、魔石をドロップしたのだ。
魔石の見た目はただの宝石なので、それは普通に綺麗な輝く石だった。
しかも三体のゴーレムはそれぞれが500d円玉を二枚ずつドロップしていった。
つまり合計で3000d円の儲けだ。
日向汰が思わずいやらしく笑ってしまうのも、しょうがない。
とはいえ確かに結果的には楽な仕事だったが、リスクもあった。
ゴーレムはずっと大きな音を立てていて、実際にゴーレム側には援軍が二体追加されていたのだから、他のモンスターが寄ってくる可能性は低くなかった。
それが日向汰の後ろから来ていれば、ゴーレムと挟み撃ちで大ピンチだった。
日向汰は【イカサマダイス】を信じて逃げなかったが、危険はあったのだ。
そして日向汰は今、進むか戻るかで、かなり迷っていた。
進むとしたら、そちらは粗大ゴーレムが三体も現れた道であり、だんだんと広くなっているようなので、進むほどに日向汰の有利性は失われていく。
では戻るのか。戻ったら、そちらはまた七本の分かれ道だ。
そしたら【イカサマダイス】の番号はどう設定するのか。
先程は来た道を選択肢から外した。
では今度はどうするべきか。
日向汰は、いくら考えても正しい答えは出なそうな問題だと思った。
ただ、七択を無理に六択にすることは、なるべくしない方が良いはずだ。
だから日向汰は、勇気を持って進むことにした。
もしゴーレムが出たら、全力で逃げれば良い。
――幸いなことに、道中にゴーレムは出なかった。
が、道は見覚えのある場所につながっていた。
「あぁ……高い天井の模様まで……よく見える……」
道の終わりにその場所が見えた時点で、日向汰は引き返すことも考えた。
しかし、それはやめることにした。
視力アップした瞳が、その先に出口の扉を発見したからだ。
日向汰は走り出す。
後ろにはドシンドシンとゴーレムが着地していく音が聞こえた。
だがゴーレムが動き出す前に、扉に入ってしまえばいい。
広いとはいえ、端から端まで本気で走れば、十秒もかからないだろう。
後ろを見るが、ゴーレムとの距離はだいぶ余裕がある。
日向汰は問題なく扉へと辿り着いた。
一応念のため扉を壊さない程度にスピードを緩めつつ、扉を開けた。
中に入り振り返ると、ゴーレムがこちらに向かってきているのが見えた。
しかし遅い。
日向汰は扉を閉めた。
これで――ゴーレムの前から扉は消えているはずだった。
一つ安堵の息を吐き、日向汰は拠点へと帰還した。




