都合の良い道
石の洞窟を日向汰は進む。
この道は幅がそこそこ広く、天井も高めで、壁の端まで光が届き明るかった。
難点を上げるなら、大きな岩があちこち障害物のように、道のど真ん中だろうと平気で鎮座していることだろう。
心配性の日向汰からすると、岩の裏側にモンスターが隠れていそうで怖かった。
とはいえ、転移直後の五分間は広場で焦りに焦った日向汰だが、結果的には最高のスタートを切れたと言える。【イカサマダイス】の力で、あの六本の分かれ道の中では一番都合の良い道を選べたはずなのだから。
スタート地点としてダンジョンのどこに転送されるかはランダムであり、転送の仕事を担うコンシーにも場所を選べる権限なんてものはない。
そのため、始めから六択の場に降り立てたことは、日向汰にとって幸運だった。
――そのはずだったのだが。
歩き始めて間もなく、日向汰はモンスターを発見してしまった。
道の前方に、茶色い雪だるまのようなものがいた。
相手よりも先に気付けたのは【かくれんぼ】のおかげだろうか。
「……えっと、これは戦えって、こと?」
確かにモンスターを倒さなければレベルは上がらない。
今日どうせいつか戦闘をするなら元気な内のほうが良い。
スタート付近のモンスターは比較的弱いはずで、相手は一匹だ。
きっと【イカサマダイス】は日向汰が勝てると判断したのだろう。
勝てるモンスターとはどんどん戦い、なるべく早くレベルを上げるべきだ。
長い目で見れば、戦わないより戦うほうが安全になるのだ。
理屈では分かる。
だがそれでも日向汰は、心の準備が出来ていなかった。
モンスターの出現を警戒してはいたが、本当に出現されると身体も思考も固まってしまうのが日向汰なのだ。とりあえず、相手にみつからないように身を隠しながら、深呼吸をして自らを落ち着かせる。
武器はパチンコ。あとは己の身体のみ。
これで本当に勝てるのだろうかと、不安ばかりが大きくなっていく。
まだ距離は遠いが、おそらくモンスターは人間の大人くらいの大きさはあるだろう。
そんな生き物と自分が今から戦うというのは、現実感がなかった。
モンスターと戦う妄想はたくさんしてきた。
だが、それは強力な魔法や剣、弓などで、格好良く一撃で倒せるという設定だった。
こんな頼りない、子供のおもちゃみたいなパチンコが武器ではなかった。
初戦だが、奥の手を使うべきかと、日向汰は考える。
しかし相手モンスターを観察すると、使いたくても使えなそうだと判断した。
「……大丈夫。勝てる……勝てるはず。よし……!」
少なくない時間をかけ、ようやく覚悟を決める日向汰。
足音を立てないようにしながら、素早くモンスターとの距離を縮めていく。
そしてその距離が約十メートルの所まで来ると、手頃な岩の裏に身を潜めた。
この距離なら簡易鑑定が使える。
泥だるま レベル2
表示された情報はそれだけだった。
見た目は、泥の大玉の上に、一回り小さい泥の大玉が乗っている。
顔や腕などは何も見当たらない。だが確かに動いており、生きていた。
おそらく日向汰はまだ気付かれていない。
そして、この距離なら日向汰の攻撃は届く。
日向汰の持つパチンコは八千d円で購入した【魔弾パチンコ(初心者用)】というもので、MPを1込めることで十発の魔弾を撃つことが出来る中距離武器だ。
最大でMPを20まで込めることが可能なため、ダンジョンに入る前の準備の一つとして日向汰はしっかり20まで込めた。
だから撃てる魔弾は二百発だ。
ちなみにサイコロも夕方に起きてすぐ召喚したので、ダンジョンに入る前にMPは全回復した状態だった。
泥だるま相手に簡易鑑定を使ったので、今は9に減っていたが。
MPは身体を動かしている時はほとんど自然回復しない。
ダンジョンの中では、ゆっくり休める余裕があるかは分からないので、この残りの9を大事に使っていく必要があるだろう。
魔弾のストックがなくなれば、MPで補充をするしかない。
問題は、一度の戦闘でどれだけの弾数を使うことになるかだ。
「お願いだから、一発で……倒れて……」
小さな小さな声で祈ると、日向汰は岩から顔を出した。
パチンコを構え、泥だるまの上の玉に照準を合わせる。
ど真ん中を狙って撃ったはずの魔弾は、しかし上の玉の端っこをかするようにして、泥だるまの後ろのほうへと飛んでいった。
「練習では上手くいったのに……!」
やはり練習と本番は違う。
落ち着いているつもりでも、実のところ全く落ち着けていないのだ。
そしてなにより、日向汰はプレッシャーに弱すぎる。
泥だるまが日向汰に気付いてしまった。
下の玉が回転し、一直線に突撃してくる。
それを日向汰は岩の後ろに隠れて避ける。
泥だるまは日向汰の横を通って少し離れた別の岩にぶつかり止まった。
チャンスと思い、魔弾を放つ。
今度は一発目よりは真ん中に近い所に当たった。
泥だるまの下の玉が再び回転を始めた。
それを確認した日向汰はすぐさま逃げの姿勢に入る。
どうせ動いている相手には緊張して狙いなんて付けられないのだ。
相手の突撃は速いが一直線だ。
身を隠す岩も多く、フィールドは日向汰に味方していた。
突撃を避けて、泥だるまが止まったら、冷静に狙って撃つ。
それをただ繰り返す。
そして八発目。
上の玉の真ん中に魔弾が命中し、泥だるまが光の粒子となり消えていった。
「よし! やった!」
と、気を抜きかけた日向汰だったが、消えたのは上の玉だけだった。
下の玉が今までよりも速いスピードで突撃を開始する。
「上と下で別なの!?」
叫びながら、なんとか横っ飛びでギリギリかわす。
急いで起き上がる日向汰は、道の奥の方から音が聞こえた気がした。
嫌な予感がしながらそちらを見ると、新しい泥だるまがこちらへ向かってきていた。
「そんなの、ズルだよ……」
半泣きのような声を出し、まずは下の玉だけになった一体目を相手にする。
しかし位置的には泥だるまに挟まれている状況だ。
このポジショニングはまずい――そんな雑念のせいで、魔弾は外れた。
「……やっばい、やばい……やっばぁいぃぃいぃ」
危機的状況でパニックになるのは完全に日向汰の悪癖だ。
が、治したくても治せるものではなかった。
それでも日向汰は懸命に、冷静に立ち回れるよう、集中しようとしていた。
この道は、【イカサマダイス】が選んだ道だ。
コンシーも、日向汰なら大丈夫だと言っていた。
それに一体目の上の玉は、すでに倒せたのだ。
「大丈夫、大丈夫……ぼくは出来る……」
敵が二体になったことで、回避の難易度は倍以上になった。
だが、落ち着けてさえいれば、なんてことはない。
日向汰の身体能力でも、決して出来ないことではないのだ。
今はなにより、魔弾を外すのが良くない。
それが戦闘を長引かせ、一体目を倒しきる前に二体目が来てしまった。
そしてさらに今、三体目が近付くのが日向汰には見えてしまった。
だが、だいぶ相手の動きにも慣れてきた。
それに日向汰のHPは、まだ満タンだ。
もし攻撃を食らっても、少なくとも一撃か二撃くらいは耐えられるだろう。
だから余裕はあるのだ。今のところ上手くいっている。
日向汰は心の中で自分に言い聞かせる。
避ける時は、避けることに集中。
狙う時は、狙うことに集中。
それだけで勝てる。
三体目が到着する前に、なんとか一体目の下の玉を倒した。
これで倒せない敵ではないことが分かった。それが大きかった。
日向汰はここから調子を上げた。
――五体目が光の粒子となって消える。
【レベルが上がりました】
その文字は見えていたが、今は集中を切らせたくなかった。
目の前に六体目と、少し離れた所から七体目が迫っているからだ。
今までの戦いで、日向汰は同時に三体を相手にしたら、敵の攻撃が避けられなくなることを予感していた。
だから次の八体目が来る前に、数を減らさなければならないのだ。
――が、八体目は現れなかった。
日向汰は岩の上に登り、道の奥を見た。
そして振り返り、反対側の道も確認する。
どうやら泥だるまは七体で打ち止めらしい。
岩から降りると、日向汰はその岩を背にして座り込んだ。
初めての戦闘に勝利出来たことに、安堵の息をもらす。
「危なかった……」
いきなり連続で七体も相手にするなんて、かなりの予想外だった。
幸運だったのは、敵が群れていなかったこと。
同時に七体が突撃してきていたら、確実にゲームオーバーだった。
日向汰はステータスを開く。
勝利の余韻に浸りたいが、そんな余裕はない。
レベルが0から1に上がり、ステータスポイントが2、スキルポイントが5、問題なく与えられたようだ。
日向汰はHPとMPに1ずつを振り分け、新しいスキル【おにごっこ】を取得した。
これはレベルが上がったらそうすると、あらかじめ決めていた。
ちなみに、ステータスポイントはHPかMPにしか振れない。
他に攻撃力やら魔力やらの隠しステータスが存在するはずだという説もあるが、真偽は不明であり、当然ステータスポイントも振り分けることが出来ない。
朝焼日向汰 レベル1 遊び人
HP:10/11
MP:9/11
スキル:イカサマダイス パチンコ装備 かくれんぼ おにごっこ
カバンから水筒を出し、水を一口飲んだ。
ダンジョンでは、水も無料では手に入らない。
日向汰は今日稼げなければ、明日飲む水を買うお金すら、もうなかった。
危険なダンジョンに入って稼ぐのが嫌なら、いつでも誰でも転職可能な村人に転職して、拠点のために働くしかない。
しかし、とりあえず日向汰は村人にならなくてよさそうだ。
「よし……コイン集めよ」
立ち上がり、泥だるまがドロップしていったコインを拾いにいく。
戦闘中は、そんなの拾っている余裕なんてなかったのだ。
「世知辛いなぁ……」
コインのドロップは、一体につき30d円~90d円くらいであるらしい。
10d円玉ばかりがチラホラと地面に散らばっていた。
それを探し回って拾い集めていると、日向汰はなんだか少し惨めな気持ちになった。
七体の合計は、420d円だった。
「あんなに頑張ったのに……漫画一冊分……あ、違う。ダンジョンじゃ漫画は高級品だった。えっと……コンシーの手料理一食分くらいか」
日向汰は苦戦していたが、泥だるまは雑魚に分類されるモンスターである。
雑魚を七体倒したくらいで、そんなに稼げるはずがなかった。
パチンコの残弾を確認すると、九十七発。
初戦だけで百発以上も使い、半分以下になってしまった。
「泥だるま一体倒すのに、最低でも十発は使ったからなぁ……」
日向汰は自分の戦闘力の低さを改めて実感し、大きなため息を吐いた。
戦闘中に弾切れを起こすのは最悪なので、MPを3使い魔弾を三十発補充しておく。
簡易鑑定用にもMPは残しておかないといけない。
これがパーティであれば、役割分担でMP節約も出来るのだが。
やはり遊び人のくせに一人でダンジョンに入るなんて無謀だったのかと、日向汰は少し気分が落ち込んだ。
「でも……初戦はちゃんと勝てたし……お金も、少ないけど稼げた……」
日向汰は今まで、成功して成長するということが人よりも少ない人生だった。
その喜びをあまり知れずに生きてきたのだ。
しかしダンジョンでは、成功をすれば分かりやすく成長が出来る。
だからなのか、日向汰にとってモンスターとの戦闘は、決して怖いばかりでなく、終わってみれば楽しかったとすら思えるものだった。
それは勝てたからこそ、そう思えるだけなのかもしれないが、なら話は単純で、これからも勝ち続ければ良いのだ。
「うん。がんばろ…………えっと、どっちから来たんだっけ……?」
日向汰は「たぶんこっちだよね」とつぶやき、道を歩き出した。
しかし、それは来たほうの道だった。
どこも似たような景色の、岩の洞窟である。
戦闘に夢中でぐるぐる走り回った結果、方向が分からなくなるのも仕方がない。
ただ、これも仲間がいれば、解決出来た問題なのかもしれないが。
日向汰は一人、ダンジョンを進む。
……いや、今は戻っていた。




