82.警察官
「ボク、質問……大丈夫かな?」
警官が、俺には小さい子に言うような口調で、質問してきた。何とか首を縦に動かすと、父ちゃんと同じ質問をされた。
「………………」
口が少し開いただけで、声が出ない。
証言しなきゃいけないのに。
黙ってたら、オカンはすぐ家に帰ってきて、俺達、殺されるのに。
何で肝心な時に限って、声が出ないんだよ。
何か……何か、言わなきゃ……早く……
えーっと……何を見たんだっけ?
さっき、何が……
俺は愕然とした。
記憶が……消えた?
頭の中が真っ白だ。
たった今、目の前で起きたことが全く思い出せない。
ついさっきなのに……?
涙だけがだらだら流れ、半開きの口の中にしょっぱい味が流れ込む。
「ごめんな。怖かったもんな。もう少し落ち着いたら、お話ししてくれる?」
「ね……ねぇちゃ……」
「うん。お姉ちゃんは無事だから、大丈夫だよ」
「録音……レコーダ……ICの奴、姉ちゃん、録ってる」
俺、何でこんな片言になってんだよ。涙止まんねーし。
警官が姉ちゃんの方を向く。
姉ちゃんは、ポケットからICレコーダを出そうとして、ジタバタしていた。引っ掛かったらしい。
「これ! ここ! さっきからずっとONで……」
姉ちゃんは、漸く引っ張り出せたICレコーダを震える手で高く掲げて言った。
家の前に野次馬が集まっている。
近所の人が、別の警官の質問に答えていた。
パトカーで移動して、警察署での事情聴取には、ちゃんと答えられた。
会議室っぽい場所で、刑事さんが「子供だから特別。みんなには内緒な」と、奢ってくれた自販機のジュースを飲んで、落ち着いたからかもしれない。
今日の出来事も、オカンに普段からされていることも、証拠を集めていることも、ちゃんと話せた。
刑事さんによると、初動でこれだけ警官が来たのは、日頃から近所の人たちが何人も、オカンのことで警察署に相談していたのと、オカンが以前にも警察沙汰を起こしていたのと、今日も、姉ちゃんの悲鳴で、近所の人たちが通報してくれたかららしい。
お礼を言いたいが、守秘義務があるから、誰が通報したかは、教えてもらえなかった。
「最後に聞くけど、お母さんに早く帰ってきて欲しい?」
「嫌です。帰ってきたら、今度こそ俺たち殺されます。二度と会いたくありません。これ、他人だったら、殺人未遂の被害者と加害者ですよね? 何で親子だったら、また加害者と一緒に住まなきゃいけないんですか? 通り魔とか、他人だったら、こんなの絶対あり得ないでしょう? オカンが帰って来るんなら、俺、家出します。家出して、オカンの居ない場所に逃げます。探さないで下さい」
言葉も涙も止まらなかった。
恐怖も悲しみもなく、口調は他人事のように淡々と、涙も、ただ流れるだけだ。
自分でも、感情が冷め過ぎてて、異常だと思う。
「……うん。そうだな。じゃあ……お母さんとお兄ちゃんは、最低二、三日はお家に帰れないから……その間、お父さんに、児童相談所でこれからどうするか、相談してもらおう」
クソ兄貴は、救急車の中で目を覚ましたものの、化け物がどうとか、意味不明なことを口走って、錯乱状態だったらしい。
任意で尿検査をした結果、イケナイお薬を検出。逮捕されたそうだ。
二度と帰ってこなくていい。




