79.免罪符
「そもそもパパが、ママとオレたちをほったらかしにしたから、ママは育児ノイローゼになったのに、ママ一人を悪者にしてさ、パパはズルイよ。仕事に逃げた癖に。パパが余計なこと言うから、須磨さんに無視されて、ママは近所で肩身の狭い思いしてんだぜ? ママの気持ちをわかってくれる人と、ちょっと仲良くするくらい、別にいいじゃないか」
クソ兄貴の中では、バレンタイン事件って、そう言うことになってんのか。
……それにしても、よく喋るバカ共だな。
育児ノイローゼなら、悪いことしてない幼稚園児の姉ちゃんを入院するまで殴っても、須磨さんの家の物を壊しまくっても、赤ん坊の俺をほったらかしにして、実家に帰っても、兄貴を丸一年、小学校に通わせなくても、いいのかよ。
育児ノイローゼってのは、何やっても許される最強の免罪符なのか?
「ねぇ、今日、何年の何月何日?」
「えっ……二二一三年の五月五日こどもの日」
急に姉ちゃんに聞かれた。反射的に俺が答える。
オカンが思い出したように、クソ兄貴と俺たちの顔を順番に見る。
「子供たちは、みんな私の子よ」
オカンは、自信満々に言った。
嘘ばっかり。
散々、姉ちゃんと俺を【妖精の取り換えっ子】呼ばわりしてた癖に。
「親権はママの物で、養育費はパパが払う物なのよ」
「親権者は、子の養育が可能な方が、なるものだ。子の意思も尊重される。お前は育児ノイローゼとやらで、問題を起こした実績があるだろう。子の養育者に相応しくない」
父ちゃんが、ちょっと呆れたように言った。
「あんたのせいでノイローゼになったのに! ちょっとは反省したらどうなのよ! 出産で体のラインは崩れるし、肌は荒れるし、ダイエットだって、大変だったんだから! それに、今はもうみんな手が掛からなくなってるし! なのに、十何年も前のことをぐじぐじと……しつこい男ね! サイテー!」
オカンも、たった今その口で、十何年も前の同じことで、父ちゃんを責めてるよね?
これが、バカの身勝手なダブルスタンダードって奴なのか。
「パパもそんな言い方するから、ママに嫌われるんだよ。ちゃんと謝ったら、ママも機嫌直して、許してくれるって」
クソ兄貴が、意味不明なことを言い出した。
父ちゃんには、謝らなきゃいけない落ち度ってなくね?
ってか怒ってんの、父ちゃんじゃね?
俺は思わず、父ちゃんとオカンに聞いた。
「えっ? 二人共、もう嫌いになってて、今から離婚するんだよね?」
「そうね~……パパが土下座して、ママに謝って、お祖父ちゃんの遺産をママにくれるんなら、離婚は考え直してあげてもいいけど~?」
「今は復縁の話ではなく、離婚を前提とした話し合いをしているんだ。お前に私の父の財産をどうこうする権利はない」
何でオカンとクソ兄貴は、こんなに自信満々で、上から目線なんだろう?
「チッ! 頭悪い男ね! あんたじゃ活用できないから、私がもらってあげるって言ってんのよ」
「いい加減にしろ! 父さんを勝手に殺すな!」
「卒中で倒れたんだから、時間の問題じゃない」
頭悪い上に無神経。
俺達、ホントに【妖精の取り換えっ子】だったらよかったのに。
オカンは椅子を蹴って立ち上がった。




