52.寸止め
「ちょっとあんた、こっち向いて。次のこれは、その国の習慣にもよるけど、性別を問わず、ある程度親しい間柄で行われる動作……【抱擁】よ。見て覚えて」
姉ちゃんは、隣に立って俺の両肩を掴むと、自分の方に向かせた。そのまま、両腕を俺の背中に回して、しっかりと抱きつく。
正面からぎゅっと押し当てられた胸には、きっと俺の動悸が伝わってる筈だ。
世の中には、見ず知らずの人を抱きしめる【フリーハグ】と言う物も存在する。
俺は覚悟を決め、姉ちゃんの背中に腕を回して抱き合った。
全身で姉ちゃんのぬくもりを受け止める。
同じシャンプーを使ってるのに、姉ちゃんの髪はいい香りがした。
「記憶しました」
姉ちゃんの腕が背中から離れる。流れるような動作で両手が俺の頬を挟み、顔を固定した。姉ちゃんの顔が正面にある。
寸止め……寸止め……だよな? 寸止めなんだよな……!?
俺はギュッと目を閉じて、姉ちゃんに全てを委ねた。
「食べ物を間に挟まず、【目を閉じて口と口を合わせる】のも親密な動作よ。これはさっき似たような見本を見せたから、わかる?」
「はい。理解できます」
「じゃ、これも覚えて」
「記憶しました」
安堵しつつ、心のどこかで少しがっかりしていることに、自分でも愕然とした。
昨日の作戦会議を思い出し、布団の中でのたうちまわる。
思い出しただけでも羞恥死しそうだ。
こんなことしてる場合じゃないのに!
デーレヴォ用の充電器として、二度寝して体力を温存しなきゃいけないのに!
……悶々として眠れない。
二人は今、危険な任務に就いている。
何もせず、寝ているしかない自分がもどかしい。
デーレヴォは透明化してるから、見つかる心配はほぼないだろう。真実の鏡とか、魔物を検知するマジックアイテムでも使われない限り、大丈夫だ。
姉ちゃんは変装するって言ってたけど、バカップルに見つかったら最悪、口封じに殺されて、どっかの山の中に埋められるかもしれない。
下らない理由で、オカンに入院させられた実績があるんだ。
俺が行けばよかった。
でも、姉ちゃんには、出先で体力が尽きて倒れたら大変だから、家で寝てなさい、って言われてる。大人しく寝てるのが俺の任務だ、とも言われた。
電車やバスならともかく、浮気相手の車で移動されたら、姉ちゃんは追跡できなくなる。そうなったら、デーレヴォだけが頼りだ。
デーレヴォだけで尾行してる時に俺が力尽きたら、作戦は失敗に終わる。
説明書にはそういう場合、デーレヴォだけが腕環に戻るって書いてあった。その瞬間の持ち物は、その場所で落とし物になってしまう。
こんな事なら、筋トレだけじゃなくって、早起きしてジョギングとか、もっと持久力が付くトレーニングをしとけばよかった。




