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碩学の無能力者  作者: 髙津 央
第08章.作戦

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52.寸止め

 「ちょっとあんた、こっち向いて。次のこれは、その国の習慣にもよるけど、性別を問わず、ある程度親しい間柄で行われる動作……【抱擁】よ。見て覚えて」

 姉ちゃんは、隣に立って俺の両肩を掴むと、自分の方に向かせた。そのまま、両腕を俺の背中に回して、しっかりと抱きつく。


 正面からぎゅっと押し当てられた胸には、きっと俺の動悸が伝わってる筈だ。

 世の中には、見ず知らずの人を抱きしめる【フリーハグ】と言う物も存在する。

 俺は覚悟を決め、姉ちゃんの背中に腕を回して抱き合った。


 全身で姉ちゃんのぬくもりを受け止める。

 同じシャンプーを使ってるのに、姉ちゃんの髪はいい香りがした。


 「記憶しました」

 姉ちゃんの腕が背中から離れる。流れるような動作で両手が俺の頬を挟み、顔を固定した。姉ちゃんの顔が正面にある。


 寸止め……寸止め……だよな? 寸止めなんだよな……!?


 俺はギュッと目を閉じて、姉ちゃんに全てを(ゆだ)ねた。

 「食べ物を間に挟まず、【目を閉じて口と口を合わせる】のも親密な動作よ。これはさっき似たような見本を見せたから、わかる?」

 「はい。理解できます」

 「じゃ、これも覚えて」

 「記憶しました」

 安堵しつつ、心のどこかで少しがっかりしていることに、自分でも愕然(がくぜん)とした。



 昨日の作戦会議を思い出し、布団の中でのたうちまわる。


 思い出しただけでも羞恥死しそうだ。

 こんなことしてる場合じゃないのに!


 デーレヴォ用の充電器として、二度寝して体力を温存しなきゃいけないのに!

 ……悶々として眠れない。


 二人は今、危険な任務に就いている。

 何もせず、寝ているしかない自分がもどかしい。


 デーレヴォは透明化してるから、見つかる心配はほぼないだろう。真実の鏡とか、魔物を検知するマジックアイテムでも使われない限り、大丈夫だ。


 姉ちゃんは変装するって言ってたけど、バカップルに見つかったら最悪、口封じに殺されて、どっかの山の中に埋められるかもしれない。

 下らない理由で、オカンに入院させられた実績があるんだ。


 俺が行けばよかった。


 でも、姉ちゃんには、出先で体力が尽きて倒れたら大変だから、家で寝てなさい、って言われてる。大人しく寝てるのが俺の任務だ、とも言われた。


 電車やバスならともかく、浮気相手の車で移動されたら、姉ちゃんは追跡できなくなる。そうなったら、デーレヴォだけが頼りだ。

 デーレヴォだけで尾行してる時に俺が力尽きたら、作戦は失敗に終わる。


 説明書にはそういう場合、デーレヴォだけが腕環に戻るって書いてあった。その瞬間の持ち物は、その場所で落とし物になってしまう。


 こんな事なら、筋トレだけじゃなくって、早起きしてジョギングとか、もっと持久力が付くトレーニングをしとけばよかった。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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