50.恋遊戯
姉ちゃんは、プレッツェルの箱を取り出した。
緑箱……サラダ味だ。姉ちゃんはチョコ系のお菓子がトラウマになってるから、例のアレは買えない。
家族の食費でお菓子を買ったら、オカンに怒られるから、これの説明の為だけに独立資金を取り崩したんだ。
小額とは言え痛い出費だ。色んな意味で。
「姉ちゃん…………これって……あの……………………………………マジでやるの?」
「寸止めで食い千切るのよ」
「……はい」
姉ちゃんは、デーレヴォの方を向いて真顔で説明した。
「お菓子の種類は問わないけど、大抵こういう細長い形状の物を使うの。この両端を異性が咥えて、同時に食べるのも、親密な動作よ。見本を見せるから覚えてね」
「かしこまりました」
かしこまらないでくれ。
姉ちゃんは、プレッツェルの端を咥えて俺に向き直った。
横目でデーレヴォを見る。平常運転で俺の動きを待っていた。
覚悟を決めて、もう一方の端を咥える。
姉ちゃんに肩を掴まれたので、俺も掴み返した。
姉ちゃん高三、俺中二。まだ姉ちゃんの方がちょっとだけ背が高い。
近い。
姉ちゃんの顔が近い。
目を閉じたら寸止めがわからなくなるので、息を止め、瞬きすらせずに、少しずつ少しずつ、プレッツェルを咀嚼する。
ポリ、ポリポリ、ポリポリポリ……
唇が触れる寸前で同時に腕を伸ばした。
一気に顔の距離が開き、息を吐き出す。
「本当は、最後の所で引き離さずに口を付けるの」
「何故、正しい動作の見本を示さないのですか?」
デーレヴォは不思議そうな顔で首を傾げた。
【ゴーレム】とは【胎児】を意味する古代語だ。デーレヴォは人間のことをよく知らないらしい。
本当に純粋な存在なんだ……
姉ちゃんは、デーレヴォの疑問に淀みなく答える。
「本来は、血縁関係のない異性が行う動作だからよ。私達は姉弟だから、正式な動作はしちゃダメなの」
「明日、笑美華が会う相手との血縁関係の有無は、どのように確認すれば、よいのでしょうか」
デーレヴォにオカンを「俺たちの母」と言われるのが嫌で、名前で呼ぶように頼んである。
「それは私がメールで確認したから、気にしなくていいわ。龍寿っていう男の人。待ち合わせ場所で、お母さんと喋ってたら、名前を言ってなくても、その人が龍寿よ」
「かしこまりました」
姉ちゃんは、飽くまでも事務的に説明する。
いちいちドキドキしたり、赤くなったりしてる俺が、バカみたいだ。
「次。荷物の種類と形状、重量は問わないけど……ちょっと、あんた立って」
俺は言われるままに、椅子から立ち上がった。
姉ちゃんは、スーパーのビニール袋にプレッツェルの箱を入れて、俺の隣に立った。
「で、こっち側持って」
俺は言われた通りに持ち手の一方を持った。
姉ちゃんは、もう一方を持ったままだ。
「こういう風に【ひとつの荷物を二人で持つ】のも親密な動作だから、覚えて」
「記憶しました」
デーレヴォは、姉ちゃんと同じ真剣な表情で答えた。
姉ちゃんは、袋をテーブルに置いた。俺も手を離す。




