39. メール
家に近付いただけで、オカンが居るのがわかった。
ステレオの音がダダ漏れ。
それに釣られた近所の犬が、遠吠えを繰り返している。
近所迷惑この上ないが、直接注意すると、何をされるかわからないので、周辺住民も俺と姉ちゃんも、泣き寝入りする他なかった。
玄関を開けると、爆音に圧倒された。
耳が潰れるどころの騒ぎではない。
音と言うより、大気の振動と言った方がいい。最早「音の暴力」だ。
素早くドアを閉めて、少しでもご近所さんへの迷惑を軽減する。
デーレヴォを見られるとマズイので、今日は俺一人で家事をする。自室に戻って耳栓をして、黙々と味気ない作業に取り掛かった。
腹と床に響く大気の振動は、ほぼ音響兵器。
耳栓は気休めにしかならない。
家事を終え、部屋に戻ってドアを閉めても、まだ全身に響く。
窓ガラスがビリビリと共鳴して、その内、割れるんじゃないかと不安になる。
何でオカンは、平気で爆心地に居られるんだ?
音の暴力の中では宿題も休憩も不可能だ。
体育の着替えの時、巴にそっと渡されたメモを開く。
友田君へ
昨日はありがとうございました。委員長がいじめっ子にされなくてよかったです。
宗教叔父さんが「腕環を使って問題が起きていないか見たい」と言っていました。
都合がいい日にうちに来てもらえるとうれしいです。
巴より
巴は、先生の名前に仮名を振ってくれていた。
巴先生の名前「宗教」って書いて「むねのり」って読むのか……
巴のケータイのアドレスも書いてあった。
学校のあの状況では、会話もままならない。それはわかるが、巴とは、もう引き返せないくらい「友達」になってきてる気がする。
赤穂のメルアドすら知らないのに、巴のメルアドゲット……。
巴は単に俺を利用してるだけ、巴先生も腕環を研究したいだけで、友達扱いじゃない方が、気楽なんだが……参ったな……
ノーパソを起動し、WEBメールを開く。
プロバイダのメールは、家族全員使える上に、メインユーザがオカンなので、危険だ。
友達っぽい誰かにメールするなんて、生まれて初めてだ。
何を書けばいいのか……
マウスを握る手が、じわじわ汗ばみ、頭がクラクラしてくる。
音の暴力で身心にダメージを受けながらも、何とか用件だけ返信した。
件名:友田です
本文:こちらこそ、先日はありがとうございました。お昼ご飯おいしかったです。ごちそうさまでした。今週は金曜日の夕方なら大丈夫です。ケータイは持っていません。電話は無理です。レス遅くなります。すみません。友田より。
金曜日はライブがある。
台所のカレンダーに「♪18時~FB」と書いてあった。
意味は「ライブ、十八時開演。会場は湊区のライブハウスFireBird」。
この日がダメでも、「♪日曜14時」や「♪水曜夜」など、オカンのライブ予定は、いちいち赤ペンで書き込んであった。だから、姉ちゃんは終わった月のページも、証拠として保管している。
姉ちゃんが帰ってくる少し前になって、ようやく、大気の振動が止んだ。
近所の犬も黙り、突然戻ってきた静寂に空気が張り詰めた。
恐る恐る耳栓を外す。
音の暴力から解放され、全身から力が抜けた。




