31.記録用
濃密だった第三日曜の翌日。
俺たちは、改名の為の情報戦を開始した。まずは、軍備の増強を図る。
姉ちゃんが、バイト帰りに中古屋でICレコーダ三台、電機屋でコンパクトデジタルカメラ一台、新品のSDカードとDVD‐RとUSBメモリ、カメラ屋でフィルム式の使い捨てカメラを二台買ってきた。
ICレコーダは姉ちゃん、俺、デーレヴォが一台ずつ持つ。
姉ちゃんと俺はオカン……ついでに、クソ兄貴の暴言の記録用。
デーレヴォは、オカンの浮気の証拠用。
コンデジは、浮気現場の動画用。型落ちの展示品がビデオカメラよりも安くて、動画撮影機能が付いてたから。SDカードはコンデジのメモリ。
DVD‐RとUSBメモリは、証拠をまとめてコピーして保存する為。
使い捨てカメラは、デジタル写真は改変しやすく、証拠能力が低い為。現像とプリントに別料金が掛かっても、フィルム式でないとダメだから……だそうだ。
姉ちゃんは、パソコンにテキストファイルで、オカンの観察記録を付けていた。
記録は数年前……姉ちゃんが中二の秋、残高がゼロになった俺たちの通帳をゴミ箱で見つけた日から、始まっていた。
俺が、ただ、こき使われて殴られてる間、姉ちゃんは、俺たちがされたことを記録していた。
俺たちの将来の為の預金を使いこまれたこと、俺たちがさせられた家事、振るわれた暴力、浴びせられた暴言、「長男」と「長女&次男」の扱いの差、オカンの外出と帰宅の記録、食費と光熱費の記録、オカンの衣裳部屋にあるブランド物の服やバッグ、アクセサリー、化粧品、靴の一覧表……
毎日びっしり、項目ごとに事実のみを淡々と、一切の感情を交えず記録してあった。
姉ちゃん目線の記録は、俺が経験したのとは、違う世界の出来事みたいだった。
俺は、自分が兄貴みたいなイケメンじゃなくて、鈍臭くて勉強で一位になれなくて、家事も上手くできない、取り柄なしの役立たずだから、オカンがキレるのは仕方ない……自分がもっと頑張れば、オカンを怒らせずに済む、と思っていたけど、姉ちゃんの記録は違った。
記録の項目は全部で五つ。
身体的虐待
精神的虐待
育児放棄
不貞行為
家計費の浪費
児童虐待のニュースは見たことがある。でも、もっと小さい子のことで、俺たちには関係ない世界の話だと思っていた。
俺たちって、オカンに虐待されてたのか……?
姉ちゃんは、膨大なテキストが詰まったフォルダをUSBにコピーしながら言った。
「あいつは口がうまくて外面がいいから、私たちがお父さんに言っただけじゃ、信じてもらえないでしょ。それに、役所にチクるのも、証拠があった方がいいし」
証拠を固めて、言い訳できないようにしてから行動しないと、逆に俺たちが悪者にされて……詰む。
姉ちゃんは、俺よりずっと頭がいい。
姉ちゃんは、フリーメールのアカウントを、別々のサービスで、ひとつずつ取得した。テキストファイルの入ったフォルダを圧縮して添付したメールを送信する。
オカンにパソコンを壊されたり、USBを奪われたりした時の為の保険だ。もし、何かあっても、サーバには残る。
そのサーバも一カ所だと、飛んだ時に泣きを見る。
ひとつは送信専用にした。
別のサービスで取得したもうひとつのアカウントは、受信専用のバックアップにした。




