27.十五歳
「あ、そうだ、名前」
先生が唐突に話題を変えた。
「十五歳になったら、自分で好きな名前に変えられるんだって」
「えっッ? マジっスかッ?」
俺は全力で食いついた。
「僕はよく知らないけど、前に経済が調べてたんだ。色々条件はあるけど、家庭裁判所で手続きするんだって。手数料が何千円か掛かるって言ってた」
ツネズミ……字の想像がつかない。「津鼠」……いや、まさかな。
誰だか知らないけど、俺たちの他にも、名前で苦労してる人がいるんだ……まぁ、だからちゃんと、改名の手続きがあるんだろう。
一万円でお釣りがくるなら、俺でも払える。
鯉澄なんかやめて、幸助になれるんだ……
姉ちゃんは今すぐにでも迷露茶をやめられる!
「ありがとうございます!」
俺は、立ち上がって最敬礼した。
「名前が嫌だと、自分を好きになれないものね」
先生の言葉に涙が零れそうになった。細くゆっくりと息を吐いて顔を上げる。
先生は、ちょっと寂しそうに微笑んで、俺に座るように促してくれた。
それから暫く、三人で中学の話をしていると、人外二人が戻ってきた。
デーレヴォは、ちょっと古めかしくて……微妙にダサい近所のおばちゃんみたいな恰好になっていた。
白地に小さな花模様がプリントされたカットソー、若草色のカーデガン、ベージュの綿パン。髪は後ろでまとめて三つ編みにしてある。
表情のないデーレヴォは、服を着ても生々しいマネキンのままだった。
「友田君、ちょっと通してくれる? 黒江、立つの手伝って」
俺が立ち上がって壁際に退くと、先生は黒江さんに支えられて立ち上がり、ベッドの柵に立て掛けてあった杖を手に取った。
戸口に立ったままのデーレヴォに近付き、杖の先端で彼女の肩に触れる。
「じゃあ、この服を同期させるね」
俺がなんだかよくわからないまま頷くと、先生は女の子みたいな可愛い声で、呪文を唱えだした。何語かわからない。不思議な響きの言葉だ。
今、目の前で本物の魔術師が魔法を使っている。
全身に鳥肌が立つ。
感動なのか、恐怖なのか、興奮なのかわからない感情が、全身を駆け巡った。
初・賢者との対面。
初・魔法使いとの対面。
初・異性の全裸目撃。
初・マジックアイテム使用、そして他人への命令……
この数時間で起きた色々な、初体験が頭の中を駆け巡る。
長いような、短いような詠唱が終わり、先生は杖の石突きで、床をトントンと打った。デーレヴォには、特に目立った変化はない。
「服を同期……えっと、霊的に固定したから、腕環から出し入れする度に服を着せなくてもよくなったよ。着替えもできるけど、これ以外の服は腕環に戻した時に脱げて、次に腕環から出したらこの服に戻ってるからね。一応、確認の為に戻してくれる?」
「ありがとうございます! えっと、戻すって……どうやればいいんでしょう?」
「腕環に戻るように命令するか、腕環を外せばいいと思うよ」
俺は無言で腕環を外し、命令することから逃げた。
デーレヴォの輪郭がぼやける。全身が色付きの靄になり、あっという間に腕環に吸い込まれて消えた。
俺と巴は、同時に息を吐いて顔を見合わせた。
「もう一度出して、どんな機能があるか聞いてくれる?」
先生に言われるまま、腕環を着けた。さっきと同じようにルビーが輝き、靄が渦を巻く。
反射的に目を逸らす。巴と目が合った。




