28.諜報用
「大丈夫。成功してるよ」
先生に声を掛けられて、デーレヴォを見る。
さっきの服を着ていた。先生にお礼を言ってから、デーレヴォに質問する。
腕環のゴーレムであるデーレヴォは、機械的に答えた。
「姿を消すこと、壁を通り抜けること、空を飛ぶことができます。ご主人様」
「あれっ? 家事用かと思ったんだけど、諜報用だったのかな?」
先生が首を傾げた。
何それ怖い。
「まぁ、どんな機能でも使う人次第だからね」
「使う人次第……」
「例えば、ボールペンは筆記具だけど、使い方によっては物理的に人を殺す凶器にもなるからね。どんな道具も知識も、使う人によって良いことにも悪いことにも使える。この腕環を凶器にしないように気を付けて使ってね」
俺は、巴と家の人たちに何度もお礼を言って、家路についた。
隣には、透明化したデーレヴォが空中を歩いている……筈だ。見えないけど。
瀬戸川公園を通って近道する。
フリマは終了間際だった。あちこちで撤収作業が始まり、占い師の爺さんの姿は、既になかった。
一般ブースに寄って、デーレヴォにこっそり靴のサイズを確認させる。二十五センチ。姉ちゃんよりでかい。
俺は残金二百円で、足首丈のブーツっぽい靴を買って帰った。
まだ、誰も帰宅していない。
コンビニ袋に入れられたデーレヴォの靴は、取敢えず、自室の押し入れに片付けた。
豪邸から帰ってきたせいか、自分の家が凄く狭く感じる。
一階は狭い風呂・洗面所・トイレが、ひとつずつ。六畳の居間だけが和室、カウンターキッチンの台所、台所の隣の洋間は両親の部屋。
二階は姉ちゃん&俺の部屋、オカンの衣裳部屋と、クソ兄貴の部屋。
一応、猫の額程度の庭がついている。
三十年ローンの一戸建てだ。
父ちゃん、こんな家のローンの為に必死こいて働いてるんだ……
歯痒いような、悲しいような気持ちを振り払って、デーレヴォに命令する。
「デーレヴォ、姿を見せて下さい」
デーレヴォはすぐに現れた。
年上っぽいビジュアルだし、命令とか苦手だし、敬語で通すことにした。
「デーレヴォ、もし人間みたいにできるのなら、感情を持って表情を出して下さい」
帰る道々、考えていた言葉を口に出すと、デーレヴォの頬が少し緩んだ……ような気がした。相変わらず無表情だ。
でも、マネキンのそれではなく、人間のポーカーフェイスに近い。
そして、もうひとつ。
「デーレヴォ、俺を『ご主人様』と呼ばないで下さい」
「では、何とお呼びしましょう……」
しまった。それはまだ考えてない。
名前で呼ばれるのだけは、絶対嫌だ。
でも、姉ちゃんみたいに「あんた」って呼ばせるのは……何か違う気がする。
後で考えよう。
「えーっと……保留。デーレヴォ、着いて来て下さい」
「かしこまりました」
デーレヴォは、自動音声よりも、生身の人間のアナウンスに近い抑揚で答えた。
台所に連れて行く。
「デーレヴォ、今からご飯の炊き方を説明します。覚えて『ご飯を炊いて下さい』って命令された時に実行して下さい」
先生が教えてくれた「ゴーレムへの命令のコツ」を思い出しながら言う。
知らないことは、実行できない。
人間みたいに察したり、自分で考えたり、自己判断で行動する事もできない。
新しい事をさせる時は、先に教えてから。
動作は、ひとつずつ、具体的に指示する。
俺は、ひとつひとつの動作を丁寧に説明しながら、ご飯を炊いた。
ひとつの説明が終わる度に、デーレヴォは「記憶しました」と無表情に言った。
記憶喪失の人に物事を教えているみたいで、変な気分だ。
記憶喪失の人間なら、何か教えてもらったら、お礼を言うんだろうけど、ゴーレムは「覚えろ」と言う命令を実行しているだけだから、お礼なんて言わない。
感情を動かすこともなく、淡々と記憶するだけだ。
体がだるい。
掃除は今朝、済ませてる。
姉ちゃんが帰るまで、する事ないし、ちょっと休憩しよう。
デーレヴォを腕環に戻し、部屋に戻った。
二段ベッドの下段に倒れ込み、腕環を外したところで、記憶が途絶えた。




