22.巴先生
そこは、病室だった。
まず、消毒薬の匂いが鼻を刺激する。
奥の窓際にベッドが置かれ、巴の叔父さんから眼鏡を取ったような人が、上体を起こして座っていた。
ベッドは、背中側が三分の一くらい斜めに起こされ、クッションを置いて、楽に座れるようにしてある。
柵と小さなテーブル付きで、祖父ちゃんのお見舞いの時に見た介護ベッドにそっくりだ。
ベッドの枕側の壁際には、点滴台と病院にあるのと同じ、血圧計も置いてある。
ドアの脇には、簡易ベッドがあり、その前には、灰色のスーツを着た金髪の女性が立っていた。凄い美人で、さっきとは別な意味で、ドキドキしてきた。
黒江さんが、ベッドの横にある小さな丸テーブルで紅茶を淹れている。
巴の妹らしき女の子の姿は見当たらない。
俺は、ベッドの柵に立て掛けられた長い杖と、ベッドに座っている人を見比べた。
杖は、てっぺんにリアルな黒山羊の飾りがついている。ベッドの人は、長い髪を三つ編みにして、背中に垂らしていた。
この人が、帝大の魔法使い……巴先生?
思っていたより、ずっと若い。
眼鏡の叔父さんと同じくらい……三十代前半くらいか。
「どうぞお掛け下さい」
黒江さんが、丸テーブルの両脇に置かれた椅子を掌で指した。
椅子はふたつ。
巴は先生の足許側の椅子にさっさと腰を下ろした。
俺は、ビビりながら枕元側の椅子に近付き、深々と頭を下げた。
直角のお辞儀。最敬礼。顔を上げて挨拶する。
いつの間にか、金髪の美人が、俺の横に立っていた。
「は……初めまして。えっと、巴君の同級生の友田です。あ……あの、帝大の巴先生ですよね? 先生の本、読んで凄い尊敬してます!」
「ありがとう。まだ中学生なのに大学生向けの本を読むなんて勉強家なんだね」
俺の脳が一瞬、活動を停止した。
巴先生が嬉しそうに答えた声は、さっき「どうぞ」と言った可愛い声だった。
髪長いし、先生は女だったのか。あの名前じゃ性別わかんないし……
いや、さっき巴は「もう一人の叔父さん」って言ってた!
混乱する思考を取敢えず横に置いて、褒められたお礼を言う。
「ありがとうございます。でも、やっぱりまだ難しくて半分もわかんなかったです」
「そう。将来は大学で魔法の研究をするの?」
「できればそうしたいんですけど、今の成績じゃどこの大学も無理で……」
「お勉強頑張ってね。まだ中学生なんだし、これからだよ。さ、遠慮しないで座って」




