23.ガチ鬱
もう一度お礼を言って座りかけた時、視界の端で何かが揺れた。
左側を見る。
ふっくらしたスーツの胸元で、見覚えのある銀のペンダントが揺れていた。
翼を広げた鷲を横から見たデザイン。
俺は弾かれたように立ち上がり、金髪の美人に向き直った。
「それ、【急降下する鷲】ですよね?! 巴君のお母さん、魔法戦士なんですか?!」
「その人、他人だよ。僕の母さんは先月亡くなった」
巴の淡々とした説明に、氷水を浴びせられたように一気に興奮が醒めた。
そう言えば、自己紹介でハーフじゃないって言ってた。
巴が暗いのって、母ちゃんが亡くなって、ガチの鬱だからなのか。
今まで勝手に、いじめられっ子とか、色々、失礼なこと思って、悪いことしちゃったな……
俺は、巴に向き直って頭を下げた。
「……ごめん」
「いいよ……言ってなかったし」
巴は、どこか他人事のような顔で言った。
「でも、いい母ちゃんだったんだな。ウチのは家の用事全然しないし、金遣い荒いし『鯉澄』なんてバカげた名前付けるし、兄貴ばっか贔屓するし、居ても色々最悪なんだ。亡くなったのは残念だけど、そんなに悲しいってことは、巴の母ちゃんってスゲーいい母ちゃんなんだよ」
何か余計な事をベラベラ喋った気がするが、巴はニュートラルな表情のまま頷いた。
あんなのでも、母親がまだ生きてる俺が、言うべきじゃなかったかも知れない。
苦い後悔が、じわじわと胸の奥に広がる。
でも……こう言う時、なんて声を掛ければいいんだよ……
「政晶君、こっちでもすぐにお友達ができてよかったね。友田君、仲良くしてあげてね」
「は……はい!」
俺は思わず了承したが、巴は無言で頷いただけだった。俺が余計なこと言ったせいで、辛いことを思い出させてしまったのかも知れない。
結局、先生の用件も、眼鏡の叔父さんと同じだったんだ。
叔父さん二人から友達付き合いを念押しされてしまった……
俺なんかと仲良くしたら、オカンが暴れて巴に迷惑が掛かるのに、何やってんだろ、俺。
「友田君、【急降下する鷲】が何か知ってるんだ?」
「あ……はい。霊性の翼団の本で見ました。巴先生は【舞い降りる白鳥】ですよね」
先生の薄い胸元では、白鳥が舞い降りる姿を象った銀のペンダントが、輝いていた。
白鳥の片翼は、人間の腕になっている。呪いが解けて、白鳥から人に戻る姿を表した徽章だ。
【急降下する鷲】は、鷲が獲物を襲うように、短い呪文で、素早く魔物を倒す魔法戦士の徽章。
どこの国の人かわからないけど、この美人は、魔女で戦士なんだ……
巴は、どこか遠くを見たまま、紅茶をすすっている。
先生と血縁ってことは、巴にも魔法使いの素質があるのか……




