7.謎の多い男
急に立ち止まった彼をどうしたんだ、と見上げると何やら沢山の馬が止めてある中から一際大きい子を綱から外し始める。
嫌な予感がし始めた。
「あの、エド? その馬は?」
「あぁ、俺の馬だよ。ウインディ、異国の言葉で風っていうんだ。その名の通り、風のように走るよ。さぁ、ウインディ。挨拶をするんだ」
ウインディはエドに手綱を引かれながら、私に小さく首を垂れた。
可愛いし、お利口だ。
こんにちは、ウインディとそっと触ろうとすると受け入れてくれる。穏やかで優しい子のようだ。
「良かった、ウインディとの相性も良いようだ。さぁ、乗って」
「……乗る?」
やはり、嫌な予感が的中した。
馬の上に乗りながら催眠術なんてかけられる訳がない、てっきり良いとこのお坊ちゃんだと思ったのに馬車の一つも用意できないのか。
ウインディの頬をそっと撫でながら、遠慮がちにエドに尋ねた。
「あの、馬車とかは……」
「あぁ、ごめんね。今日は侵入捜査だったから、用意がなくて。でも、二人で馬に乗るのも気持ち良いよ」
むしろ、二人で馬に乗りたいのか少し嬉しそうに笑いながら言うエドの言葉に内心イラッとしながら私も笑顔を絶やさない。
いちいちこの男と居ると計画がうまくいかない。
まぁ、でも屋敷についてからいくらでもタイミングはあるか。
計画倒れした事による内心の苛立ちを落ち着かせていると、エドは先に馬に乗り、私に手を差し出した。
「さぁ、乗って」
エドがあまりにも美しく微笑むので、私は思わずその顔に見惚れてそっと差し出された手に手を重ねた。
エドはグッと引っ張り、私を自分の前に座らせる。後ろから抱き抱えられるような形で、馬はぐんぐんとスピードを上げて走り出す。
本当に風のように走る。初めての感覚に驚きながら、景色に夢中になった。
「怖くない?」
耳元で低い声でそう尋ねられ、小さく後ろを振り返る。この男がしっかりと私の身体を支えてくれているから怖くはない。
怖くはない、けどなんだか気恥ずかしくて、顔がまた熱くなる。
顔が良い男は苦手だ。
気恥ずかしさを取り払うように、私は大きな声で答える。
「いいえ、全然!」
気恥ずかしいので前を向く。
男は先ほどよりも少し大きい声で話した。
「それは良かった、リリーは勇気があるな」
前を向いていても、男が今どんな顔をしているのかなんとなく分かる気がする。
ウインディは私達をお祭りの会場からどんどんと引き離し、目的地に向かって風のように走っていった。
***
目的地についた……ようだ。
確信が持てないのは、王宮ではないのかというほど大きな屋敷の前に到着したから。
これ、本当に貴族のお屋敷?
たしかにこの帝国は規模も大きいけども、第三騎士団程度でこんなに大きいものなのかしら。
私が馬の上でぽうっと呆気に取られていると、いつのまにやらエドは馬から降りていたようで、地上から私を抱き上げようと両手を伸ばしている。
「さ、着いたよ。リリー。どこか痛いところはない?」
「いいえ、ないわ」
そう答えながら、エドに支えられて馬から降りる。
地上に降りて、改めて屋敷を見上げる。
大きい。上にも横にもどれだけ広がっているのかわからない。
もはや城壁とでも呼べば良いのかという程、長く大きい家を取り囲む壁を見てもどこまで続いているのか分からない。
本当に一貴族のお屋敷なのだろうか。
そう思っていると、エドがウインディの手綱を引きながら平然と中へ入っていこうとする。
やはり、どうやらここはエドの屋鋪のようだ。
「あの、ここってエドの家なの?」
おずおずとそう尋ねると、エドは小さく振り返ってにこりと笑った。
「あぁ、まぁまだ当主は父だから正確には父の家なのかな」
さっと腕を差し出され、エスコートされる。
屋鋪の方へ歩みを進めながら、私はエドに質問を重ねた。
「ねぇ、エドの名前って……」
「エドワード・ウエスティンだよ」
さらりと答えられるも、やはり分からない。
ウエスティン……聞いた事があるような、無いような。流石に帝国の貴族の苗字まで全部頭に入っていないから、聞いてもよく分からない。
「そうなんだ、エドワードの家ってものすごく偉かったりする?」
「うーん、どうだろう。まぁまぁかな」
まぁまぁとは。
ローデルト王国レベルだと第三騎士団の団長クラスでもこんなに高待遇なものなのだろうか。
エドの腕に支えられながら、門から屋敷に入っていくと程なくして老齢の紳士がかけよってきた。
木の枝のようにひょろりと長い上背、きびきびとした動きや格好から恐らくここの執事だろうなと見て取れる。
執事はさっと優雅にお辞儀をして、エドを出迎えた。
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