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冬の城に住まう冷酷侯爵様に溺愛されておりますが、殺される前に逃げたいと思います  作者: minori


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4.かけるはずのなかった催眠術


 薄暗いテントの中でも真っ直ぐな輝きを放つ剣先に玉状の私の血がついた。

 首筋の小さな傷がズキンズキンとあつく熱を持つ。ヤバい、本当に殺されてしまうかもしれない。


「貴様も関係者だろ、この国にあんなものを流通させるとはな。これで、どれだけの人間の人生が狂い、死んだと思う」


 冷たい眼差しの中には静かな怒りと私に対する侮蔑的な感情が見える。

 私はこの冷酷な男に必死に弁解をした。


「待って待って待って! 本当に知らなかったの、私は催眠術をかけるという仕事を委託されただけで何も関係ないの!」


「ふん、しらを切るか」


 剣先がまたぐっと近づく。新たな傷が小さく出来、小さな悲鳴が口から溢れる。


 あぁ、本当に殺されてしまうかもしれない。


 私は生きる為に自身を奮い立たせながら、団長と呼ばれたこの男に必死に弁明した。


「そもそも、私だって取り調べ対象でしょ? 話を聞いて下さい、私が関わっていない……事ってどう証明したら良いの」


 最初は威勢よく噛みつくように言えたが、どんどん口調が尻すぼみになる。定住者でもない私がどうしたら薬物に関わっていない証拠を出せるのだろうか。まさか、本当にこの男の手で処されてしまうのだろうか。


 震える私を軽蔑を含んだ眼差しで睨み付ける男が、剣先を私の顎に向けた。

 

「ふん、しつこい女だ。こんな奇術を使うだけでも怪しいのに、更には私にとって毒物となると噂を流しておいたあのレモンを執拗に食べさせようとしたんだ。証拠なんて、それだけでもう充分だろう」


「そんな事知りません! あなたにかけたのは催眠術で、この程度の初歩的なものは催眠術師を名乗る者ならできますし、レモンを食べさせるのも貴方を指名しろといったのもここの関係者です。本当に何も知らないの! 誤解なの!」


「犯罪者でもそれっぽい言い訳を並べられるのに、頭が悪いとこうもおかしい事しか言えないものか」


 金髪の男は思い切り剣を振り上げた。

 あぁ、殺されてしまうのだ。たった銀貨5枚の仕事で、私は。

 催眠術師は魔女だと迫害を受けるから、金払いの良い貴族の依頼だけを受けなさいと言っていた母の言う事を聞けば良かった。母は正しかった。

 育ての親である優しい祖母を見習わなければ良かったのだ。


 でも、こんな後悔を今更したところで、もう遅い。

 今にも剣が振り下ろされそうだ。


「待って、殺さないで。知らなかったの、誤解なの」


 涙の混じった震えた声がか細くようやく口から出るも、男は顔色一つ変えない。

 ピクリと視線が外れたと思えば、思い切り蹴られ客席に落とされる。


 鈍い痛みにグッと身体を縮こませると、すぐ後ろで金属が混じり合うようなキンとした音が響いた。

 そこには、殺意に満ちた冷淡な表情で金髪の男に斬りかかる男が居た。何度か打ち合わせた後、金髪の男は容赦なく斬りかかってきた男を切り裂いた。

 血飛沫は私の方にまで飛び、服についた鮮血を見て茫然とする。


 本当に恐ろしい時には声も出ないのか。

 ただ、ガタガタと震えながらすくんだ足で立つ事も出来ず、這いながら入り口に向かおうとするも、金髪の男は標的を私に変え、カツカツとこちらへやってきた。


 あぁ、もう本当に殺されてしまうのだ。

 金髪の男は私の前に立ちはだかり、血の滴る剣をこちらに向けた。


「だから、本当に知らなかったんだって」


「犯罪者は皆そう言うさ、特に薬物が重罪と知っている者がのうのうと命乞いをする」


 震える声でそう弁明するも、金髪の男は顔色一つ変えずに剣を振り上げた。


 私はとっさにペンダントを男の前にだす。震える私の手の振動がペンダントに伝わり、男はぐらりと身体を揺らせた。


 やはり、コイツは催眠術が効きやすいようだ。

 

 本来ならいつものように身体を数時間硬直させたり、眠らせたりして、その間に逃げるのだが、今日は朝から少し違っていた。


 急に依頼された催眠術。

 突如として始まった違法薬物の逮捕劇。

 そして、殺されかけてしまう今。


 気が動転した私は、ペンダントを振りながら男に叫ぶようにして朝に言ったこの言葉を叫んでしまった。


「あなたは私を生涯愛し、優しく尽くし続けます! 決して殺しはしない!」


 男はそう言われるとガクンと膝をついて、片膝で剣を支えにようやく身体を支えているような状況だ。


 息も荒く、様子がおかしい。

 じりじりと距離を取りながら、男の様子を伺っていると男は小さく頭を振りながら、静かに私を見つめた。

 男が私の方へそっと歩む。そして、その手が私の首に触れた。


 首を絞められる!

 ぎゅっと目を瞑り、怯えていると、その手は優しく私の傷を指で撫でた。


「大丈夫かい、リリー。こんな傷が……すまなかった。愛しい君にこんな傷をつけてしまうだなんて」


 優しく甘い声色に、そっと目を開ける。

 そこには潤んだ瞳で私を見つめる男が居た。


読んで頂きましてありがとうございました。

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