3.混沌とした会場
「さぁ、お次は世にも不思議な奇術! 彼女の言葉に皆翻弄されるでしょう! 催眠術師、リリー!」
簡単な紹介と大きな銅鑼の音、沢山の拍手を受けながらステージへと登場した。
観客を一人あげて、水を飲ませる。
簡単に催眠術をかけて、甘く感じさせる。
術を解いて、ただの水だと感じさせる。
甘く、苦く、辛く、酸っぱく、それぞれ四人ほどステージにあげて、そんな事を試していると、場があたたまってきた。
そろそろあの金髪の男を指名しろ、そんな目線と圧力を舞台袖から感じる。
私は金髪の男性を指名した。
男性は、指名されるとすっと立ち上がり、なんて事のない表情でステージへと上がってきた。何スカしてるのかしら、なんて思いながらレモンを皮ごと齧るように促す。
「私はレモンを食べられない」
「そうですね、私もこの果物なんて酸っぱくてどうにも食べられません。でも、今からかける催眠術であなたは甘く芳醇な果物に夢中になりますよ」
「いいや、食べられない」
……面倒臭い男だな。
場があたたまってきたというのに、少しざわつき始めてしまったではないか。本当に面倒くさい奴を指定されたものだ。
もしや、かかりにくいタイプなのだろうか。私はペンダントを取り出した。
かかりやすいタイプは言葉だけでも操れるが、人格を変えたり、かかりにくいタイプの人間にはペンダントを使わないと催眠術はかからない。
男性の前でゆっくりとペンダントを揺らした。
すると、ものすごい速さでがくんと肩が落ち、催眠術にかかる。
観客の、おぉっといった歓声がテントの中に木霊した。
なんだ、かかりやすいタイプだったか。驚かせやがって。
そんな事を思いながら、金髪の男の耳元で囁く。
「あなたは、今からこのレモンをどうしようもなく食べたくなります。そして、皮ごと口にしたら今まで食べた事のないような甘く芳醇な味を感じるでしょう。私が一度手を叩いたら、いつものレモンの味に戻りますよ」
男にそう囁き、優しく起こす。
レモンを手渡すと、しばらくレモンを見つめながら、皮ごとパクリと食べた。
観客は静かに男の次の行動に注目する。
金髪の男は、小さく呟いた。
「……甘い」
「そうでしょう?」
こんないい男にあんな顔させるのは申し訳ないけど、と思いながら、パンと手を叩いて催眠術を解除する。
男は少し眉をひそめたが、ほとんど顔色を変えずに、私とその奥にいる舞台袖で待機している関係者を睨みつける。
……あ、やべ。これ貴族の接待なのに、いつも通りやっちゃった。
クレームきちゃうかな。
私が内心ドキドキとしていると、それよりも焦ったような声が舞台袖から聞こえた。
先ほどの関係者の男の声だ。
「くそっ、どうして……!」
そんな声が聞こえ、ドタバタと何人もの人間が駆け出すような足音が聞こえる。
急に何か起こったのだろうか、ときょろきょろとしていると、金髪の男は観客の男性から剣を投げられ、それを抜き、私に突き付けた。
急に剣を突き付けられ、驚いた私は腰が抜けて尻もちをつく。
金髪の男の冷たい視線と剣先に震えながら、少しも動けずに体が震えた。
一体何が起こっているのだろう。
まさか、レモンのせいで不敬罪扱いで殺される!?
急な展開に震えていると、金髪の男がテント中に響き渡るような声で叫ぶ。
「我々はローデルト王国第三騎士団だ! たった今、ここは騎士団より包囲された。違法薬物にかかわった人間は全員逮捕する!」
違法薬物?
寝耳に水の発言に驚くも、なんとなく状況が読めてきた。
ここで違法薬物のやり取りが行われていたのだろう。
しかし、主催者とはどういった関係なのだろうか。協力者なのか、はたまた捜査対象だったのか。
捜査対象だとすると、私まで違法薬物の容疑で逮捕されてしまう。
ただ依頼されただけなのに! たった銀貨5枚で人生を棒に振るなんて絶対に嫌だ。
金貨1枚とかなら、怪しいと思ったのに!
銀貨5枚ならこの国の規模ならそんなに高い値段でもないし、怪しい仕事だなんて思いもしなかった。それなら金貨1枚にしておいてよ、報酬!
……あれ、もしかして銀貨5枚すら回収が難しいのかしら。
そんな事を頭の中でぐるぐる考えていると、金髪の男に剣を投げた男性が傍まで駆け寄り、敬礼をする。テントの中から数人テントの出口に向かって走り出す者もいれば、私のように顔色を青くして不安そうに肩を寄せ合う家族やカップルも多い。布を一枚隔ててすぐのところから、争う声もよく聞こえる。テント内は混沌としていた。
男性は、金髪の男に敬礼したまま毅然とした口調で冷静に話す。
「団長。俺は観客を全員場所を移して、尋問します」
「あぁ、子供も残らずだ。ここにいる人間は全員対象とみなせ」
「はい」
男性はそう返事をすると、男性を始め、何人かの人間が誘導を始めた。
ようやく、この危ない場所から避難できる。あの第三騎士団だなんて、恐ろしいわ。そんな言葉を口々にしながら、ほとんど走るように逃げ惑うような形で誘導された方へ駆け出していく。
同じように自分も逃げようとすると、剣先がチクりと首に当たった。
痛い、と思うのと同時に男性の顔を見上げる。
男性は相変わらず、氷のように冷たい目線で私を見下ろしていた。
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