27.父と息子
騎士団服のままというと、エドワードは帰ってすぐにこちらに来てくれたのだろう。
少し息も切らしている。
エドワードの方へ駆け寄り、エドワードは心配そうに私を見つめた。
「リリー、父上は……」
「あ……えっと、酔い潰しちゃった」
「酔い潰した?」
エドワードは信じられないといった表情で、部屋の中を覗き込む。
椅子にぐったりと座っている侯爵を見て、本当だと分かったらしい。
それを見て、エドワードはポツリと声を漏らす。
「凄いな……」
「あのお酒、結構強かったみたいで」
「いや。そうじゃなくて、父は酒がそんなに強くないからそこまで飲まないらしいんだ」
「え、そうだったの?」
なるほど、だからあんなにちびちびと飲んでいたのか。
催眠術かけたは良いけれど、きちんと意識を取り戻してくれるだろうか。
エドワードはため息をつきながら、仕方がないといった表情で侯爵を担ぎ、ベッドへと移動させた。
どうしよう、起きそうもない。酒が弱いなら弱いって言ってよ、と思いつつ、侯爵を揺さぶる。
「セバスチャンに水を持ってくるように伝えてくるから、リリーももう大丈夫だよ」
まずい、エドワードがこのまま部屋を出て行ってしまいそうだ。
私はエドワードから見えない位置に回り込み、何度か侯爵の頬を強く引っ叩いた。
そして、小声でエドワードに聞こえないように侯爵に何度も囁きかける。
「侯爵様! エドワードが来てくれましたよ、このチャンスを逃したら一生後悔しますよ! 早く起きてください!」
小声でペシペシと頬を引っ叩き続けると、うっすらと目を開けた。
「エドワード……」
侯爵の低い声に、エドワードはピタリと足を止める。
侯爵はむくりと体を起こした。少し頬が赤くなっているが、酒のせいだと言えばまぁバレ無さそうだ。たらふく飲ませておいて良かった。
エドワードが固い表情でこちらを振り返り、部屋から出ようとしていた足を止める。
侯爵はぐったりとした顔でゆっくりと首を動かし、エドワードを見つめる。
すると、侯爵はエドワードに駆け寄り、エドワードの前で膝をつき、そのまま騎士団服の裾を掴んで大きく泣き叫び始めた。
「うわあああああ、エドワードすまなかったあああああ」
どうしよう、催眠術が効いた挙句、酒も相まってえらい事になってしまった。
目から大粒の涙を流しながら、エドワードに泣きつく侯爵。
エドワードはかなり動揺したような顔で、同じく膝をつき、侯爵の手をそっと自分の服の裾からやんわりと外した。
「父上、大丈夫ですか。ベッドまで戻れますか、吐いた方が楽になりそうですか」
エドワードは完全に酔っ払い親父の介護モードになってしまっている。
思い描いていたようなシーンでは全く無くなってしまった。
もう目も当てられない、私は頭を抱える。
ここから事態の収拾がつくのだろうか、と思っていると、侯爵は嗚咽を繰り返しながら、苦しそうな声でエドワードに懸命に話を始めた。
「お前が、ベルに……ベルによく似ているせいで、お前の顔を見ると胸がいっぱいになって話せなくなってしまって」
エドワードは静かに侯爵の話を聞いた。
「お前が初めて立った時も、アカデミーで首席を取った時も、最年少で騎士団長になった時も誇らしいと思った事は何度もある。でも、お前を恨んだ事なんて一度もないんだ! 情けない父親である自分を恨んだ事は何度もある。でも、お前を見ていると泣きそうになるんだ。ベルを思い出してしまって。本当に申し訳ない、この通りだ。申し訳ない」
侯爵は大泣きしながら何度も頭を下げた。
エドワードは少し驚いたような顔をした後、無表情でただ小さく泣き続ける父親の背中を摩っていた。
「ごめん、リリー。少し二人きりにしてくれないか」
震えながら無く侯爵の背中を摩りながら、私にそう言うエドワード。
その顔は少し困っているようだけど、温かみのある表情だった。
「えぇ。部屋の前に水差しを置いておくから、あとで使って」
「ありがとう」
そして、私はそっと部屋を出てドアを閉める。
ドアの向こうから小さく話声が聞こえる。
私はセバスチャンに水差しをもらいに行って、そっと部屋の前に置いた。
まだ、ドア越しから声が聞こえる。
これで、二人の溝が少しでも埋まれば良いのだけれど。
そんな希望を抱きながら、私はそっと足音を立てないように自室へと戻って行った。
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