26.酒
「やっぱり。お礼が遅くなってすみません、ありがとうございました」
侯爵は静かに頷いて、また酒を口に含んだ。
余程気に召したのか、ずっと酒をちびちび飲んでいるな。この人。
「お酒、お口に合いました?」
「あぁ」
「そうですか、良かったです。では、どうぞどうぞ」
グラスに半分ほどになっていたので、更に酒を注ぐ。
私のグラスも空になってしまったので、またたっぷりと酒を注いだ。
そして、ごくごくと酒を飲む私を見て、呆気にとられたような顔をし始めた。
侯爵がこのように表情を変えたところを見るのは、初めてだ。
「……本当に強いのだな」
「えぇ、これくらいなら多分二本ほどはすぐに開けられるかと」
「二本……」
侯爵はそう呟くと、また酒をちびちびと飲み始める。
心なしか頬や首、耳まで少し赤くなってきた。少しずつ酔いが回って来たのだろう。
私は本題に入る事にした。
そもそも、今日は侯爵の真意を伺いたかったのだ。
「侯爵様、せっかく来てくださったなら声をかけてくださったら良かったのに」
侯爵はピタリとグラスを飲む手を止めた。
そして、少し沈んだ口調で静かに答える。
「今更父親面など出来ないからな」
そう言うと、先ほどよりもぐっとグラスを傾けた。
表情からも、やはりエドワードの言うように息子を恨んでいるようには、とても見えない。
聞いてみたかったのだ、侯爵の本心を。
もし、出来る事なら、この親子関係が改善の道を辿ればと小さな希望もある。
それは、私を思いやって旅行をプレゼントしてくれたエドワードへの誠意に少し応えたかったから。
あと、催眠術が解けた後に最悪色々と罪に問われても、何かこの侯爵家によってプラスな要素があれば、情状酌量の余地ありでなんとかなるのではないかという下心もある。
私はグッと傾けて減った侯爵のグラスに、またトクトクと酒を入れる。
よく旅先の飲み屋のおばさんが、客が吐き出したいときは酒をたんまり入れれば良いと話していたのだ。そうすると、身体の中から毒が抜けると。金も入るとも言っていたけど。
その教えに則って、私は侯爵のグラスにどんどん酒を入れていった。
「したらいいじゃないですか、父親の面があるんだから。私の父はいないので、そんな面があるなら有効活用すべきだと思います」
「そうか。君は父を……」
「母が父の話を一切してくれなかったので、存在するかどうかも分からないのですが」
「そうか……お母上もきっと辛かったのだろう」
侯爵がぽつりとそう言った。
奔放な性格の母が辛かったとは、あまり想像が出来ないけれど、確かに一切父親に触れられなかったという事はもしかしたらそういう事なのかもしれない。考えた事がなかった。
私が身の上話を少し打ち明けたところで、侯爵も少しずつ自分の心の中を吐き出し始めた。
「あの子はベルそっくりだ」
「奥様ですね」
「あぁ、美しい金髪も。宝石のような緑色の瞳も、あの顔立ちもすべて……」
侯爵が苦しそうに絞り出すような声で、心の内を吐き出した。
「あの子を見ていると、どうしようもなく胸が辛くなってしまって話せなくなる」
侯爵はそう言うと、またグラスをぐっと傾けて酒を飲む。
やはり、エドワードは思い違いをしていただけだった。
そんな侯爵に告げるのは酷かもしれないが、私は静かに侯爵に告げる。
「侯爵、エドワードは侯爵は自分を恨んでいると思っています。大切な人を奪った存在だからと」
「そんな! そんな事、あるわけないのに……」
「じゃあ、そう言ってあげてくださいよ」
「しかし、今更もう何を言えと。二十八年だ。二十八年だぞ。そんなに時が経って、大人になってから父親面なんて虫が良すぎる」
「いえ、でも今からでも父親としてしてあげられる事の一つではないでしょうか」
「私が出来るのは、あの子がこの家を継いだ時に少しでもより良い環境となるように、仕事に邁進する事くらいでしか返す事ができない」
唇を噛みしめながら、ダンっとグラスを置き苦しそうに顔を歪める侯爵。
それから先、私がいくら色々言っても、彼は頑なにエドワードと向き合おうとしない。向き合いたい気持ちはあるが、その資格がないとの一点張りだ。
それはそうかもしれないが、自分が父親から恨まれていると思わせたままで良いのかと言うと、それも嫌だという。
……なんか面倒臭くなってきたな。
その不満を受け入れるのが父親としての責務だ馬鹿野郎、と言うと情状酌量の余地に影響が出るかもしれないので、私はすっとペンダントを侯爵の前に出した。
侯爵の前でペンダントを振ると、すぐにがくんと頭を垂れる。
性格だけじゃなくて、催眠術のかかりやすさも親子そっくりなようだ。
「あなたは今から息子に本当の想いを打ち明けます。色々な事情等関係ありません。心の内をありのまま、エドワードに話してください」
コクン、と小さく首が縦に動く。
うまくかかったようだ。
私は体をぐっと伸ばした。
もうほとんどこの酒も飲み切ってしまって、少し酔いも回っている。
大人しくなった侯爵を見て、大きくため息をつく。
「最初からこうすれば良かったな」
無駄に疲れてしまった、後はエドワードを呼びに行こうかというとことで、コンコンと部屋がノックされる。
返事をすると、騎士団服のままのエドワードがドアから入ってきた。
読んで頂きましてありがとうございました。
良ければリアクションやブクマ、評価、感想をいただけるととっても嬉しいです!励みになります!




