24.シャンパンと星空
一頻り話し終えると、ローレンスが改めて深々と頭を下げる。
「とても参考になりました」
「本当に参考になりました?」
「えぇ、想定したよりももっと面白そうなものが書けそうです。ありがとうございます」
「楽しみにしていますね」
最後に私はローレンスと握手をしてもらった。
この手からあの名作たちが生まれているのか、と思うと手が震える。
しばらくこの手は洗えないかもしれない、と握手をしてもらった手をじっと見つめていると、パシリとエドワードが無慈悲にもその手を取った。
「あぁ!! もう、しばらく手を洗わないでおこうって感動してたのに!」
「衛生的にも洗った方が良いと思うよ、それに風が冷たくなってきた」
エドワードがそっと私の肩に、自分が着ていた羽織をかける。
私たちの様子を見てイザベラがくすりと笑った。
「本当に仲がよろしいですね、うらやましいですわ。仕事柄、私たちはそこまで甘い雰囲気になる事がありませんから」
「君が厳しすぎるんだよ、編集者は時に作家にとって敵にもなるからね」
「あなたが締め切りを守ってくれるなら、私だって敵にならなくても良いんですけどね」
そう言って微笑みあうローレンスとイザベラ。
長年の夫婦のように落ち着いた空気だ。
なるほど、この二人は仕事仲間なだけではなく、恋人同士だったのか。
なら、最初からそんなにモヤつかなくても良かったのに。いや、私を生涯愛する催眠術にかかっているくせに、美女が居たら目移りするような軽薄な男なんだという点でイラっときただけで、別にもやもやした訳じゃないけれど。
この二人が恋人同士だというのはエドワードも知らなかったようだ。
「お二人は恋人同士でもあったんですね」
「えぇ、私の担当について少ししてからなので、もうかなり長いんです」
「初々しいお二人の空気感がうらやましいですわ、残りのご旅行期間も楽しまれてくださいね」
イザベラとローレンスが身を寄せ合って、私たちににっこりと微笑む。
私とエドワードは小さく会釈をして、ホテルの部屋に戻った。
ホテルの部屋に戻り、またバルコニーからの景色を見てみる。
海は真っ暗でよく見えないが、月明りと星空が美しかった。
エドワードはグラスにシャンパンを入れて、二人分持ってくる。
一つは私に手渡し、私たちはバルコニーに寄りかかりながら二人、満天の星空の下で乾杯をした。
「エドは知ってたのね、あの二人がローレンス先生と編集の方だったって」
「あぁ、君がいない間に名刺を渡されてね。やっぱり平民の服を着ていても、バレてしまうものだね」
「あなた、顔が平民じゃないもの」
私がそう言うと、エドワードは声を上げて笑った。
そして、ぐっとシャンパンを飲む。
私もシャンパンを口に含む。しゅわしゅわとした少し甘みを感じる飲みやすいものだった。
美味しいな、とグラスを見つめていると、エドワードがしんみりとした口調で話を始める。
「君が男性に絡まれてる時気が気じゃなくてね。その後は君の大好きな作家だと気が付いて。結構年配の人だと思っていたら、実際のローレンス先生は思ったより若くて。少し気に入らなかったんだ、もしリリーが夢中になったらどうしようって。ごめんね」
少し寂しそうな顔で笑うエドワード。
こんなに顔が良くて、地位もあって、なんの弱点も無さそうな男も不安になったりするものなのか。男女の恋愛の機微はよくわからない。
でも、エドワードから言われた謝罪の言葉が少しもやもやと残っていた私の胸の中のわだかまりをすっと無くしていく。
そうか、エドワードも嫉妬してたのか。
しかし、こう改めて言われると、私自身あまり良くない態度を取っていた分、なんと言えば良いのかわからない。
「私、男性に興味ないから大丈夫よ。私も、ごめんね」
結局、ぶっきらぼうにこんな風にだけ言って、残りのシャンパンをぐっと口に含んだ。
エドワードは目を細めながら、私を見つめる。
「いいよ」
これで、仲直りという事なのだろうか。
いや、別に喧嘩をしていた訳でもないんだけど。
なんだかこそばゆいこの感覚、なんだろうともやもやしていると、エドワードが満月よりも明るい笑顔でにっこりと笑い、こんな事を言い放った。
「リリーが俺の事大好きなんだってことは今日よくわかったから」
「は?」
「リリーを不安にさせちゃったのは申し訳なかったけど、リリーがヤキモチ焼いちゃうくらい俺の事を好きなんだって分かって少し嬉しかったな」
「ち、違います! そんなんじゃありません!!」
必死に否定するも、そんなところも可愛いな~と呑気に笑うエドワード。
彼も少し酔っているようだ、首と頬がほんのり赤い。
もう、酔っ払いの言う事なんて気にしないようにしよう。
私が一人ホテルの中に戻ろうとすると、エドワードにそのまま手を引かれ、抱きしめられた。
急に手を引かれバランスを崩した私は、そのままエドワードの胸の中に飛び込む。
支えきれなかった酔っ払いのエドワードはそのまま尻もちをつく。彼の膝に乗るような形で、私とエドワードの体が密着した。
エドワードはそのまま私を抱きしめる。
「不安にさせてごめんね、俺はずっと生涯リリーだけを愛してるよ」
耳元で囁かれるお酒の交じった香りの低い声に、心臓が鷲掴みされて動けなくなる。
催眠術にすぐかかるちょろい男の戯言に、私は簡単に耳まで顔を熱くさせられてしまった。
こうして、私たちの初めてのデートは幕を閉じた。
ほんのりと胸に熱い何かを残して。
読んで頂きましてありがとうございました。
良ければリアクションやブクマ、評価、感想をいただけるととっても嬉しいです!励みになります!




