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冬の城に住まう冷酷侯爵様に溺愛されておりますが、殺される前に逃げたいと思います  作者: minori


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14/28

14.冬の城


 倒れたエドワードの診断結果は、当たり前だが過労だった。

 医者でなくても分かるだろうが。


 五日も結婚式を早く挙げるために寝ずに仕事をしていた、と聞いた時も、気の毒そうな顔を貫いたあのお医者様は本当にプロだと思う。しかし、私は屋敷を出る時に、何をやっているんだろうなぁと言わんばかりに首を傾げているのをエドワードの部屋の窓からきちんと確認をした。


 恋人がこんな風だと心配だろう、とマーサが座り心地の良い椅子をベッドの傍に置いてくれたので、そこでじっとエドワードの横に座っている。


 どちらかというと、メイド達と話している方がずっと楽しいし、寝ている人間の傍でぼうっとしているのはなかなか苦痛なのだが。

 しかし、元はと言えば、こんな催眠術をかけてしまったが為に起こってしまった事な訳で、なんだか自分が犯人のようなばつの悪さがある。いや、実際そうか。


「優しく尽くす、ってこういう事なのかな」


 画家に描かれたかのような美しい顔だったのに、一気に老け込んだエドワードの顔を見て、ぽつりと呟いた。


 自分には父もおらず、母から父の話も殆ど聞くことがなかったから、愛し合う男女というものがよく分からない。お祭りで出会う占いの依頼人達なんて、浮かれきっていて熱が冷める温度の方が早そうなカップルばかり。催眠術の依頼だって夫婦関係のものは軒並み酷いものだった。


 私自身にも正しい愛は分からない。

 だから、この尽くし方が正解なのかも分からない。


 そう考えた時に、一つの答えに行きついた。 


「あぁ、そうか。この人も……」


 エドワードも、きっと愛する人への尽くし方が分からないのだろう。

 だから、こんなに行き過ぎた事を……いや、催眠術かかりやすいタイプだったから、単にかかり過ぎてしまったのかもしれないけど。そうすると、やっぱり私のせいとなってしまうか。


 そんな事を考えていると、コンコンと小さくノックの音が聞こえた。

 どうぞ、と小さく返答すると、セバスチャンが紅茶とお茶菓子と一冊の本を持って部屋に入ってきた。


「いかがでしょうか、目はまだ覚まされませんか」


「えぇ、相当お疲れみたいね」


 セバスチャンが物音を立てないように静かに私の傍に小さなテーブルを移動させ、紅茶とお茶菓子、それに本を置いて、小さく頭を下げる。

 恋人の辛い姿をずっと見ているだけというのもお辛いでしょう、との事だ。


 少し違うが、今の私にはセバスチャンの行き届いた配慮がとてもありがたかった。


「ありがとう、セバスチャン」


 小さい声でお礼を言うと、セバスチャンはにこりと微笑んで優雅にお辞儀をし、部屋から出ていこうとした。それをまた、エドワードを起こさないように小さな声で引き留める。


「待って! あの……聞きたい事があるんだけど」


 セバスチャンはそう呼び止められると、またひょろりと長い背筋をぴんと伸ばして、私に向き直った。


「あの、エドワード様のご両親が仲睦まじかったところって、エドワード様は見ていらっしゃったの?」


 あの日、マーサが言い淀んだあの話の続きがまた気になったのだ。

 エドワードのこの行き過ぎた愛は、何を手本としているのか分からない。


 私がそう尋ねると、セバスチャンは少し躊躇った後に、小さく言葉を返した。


「いえ、奥様はエドワード様をご出産なさいました後、まもなくに亡くなりました」


 早くに亡くなったのでは、と思っていたけれど、そんなにすぐに。

 マーサから聞いたあの仲睦まじかった両親の話を、エドワードも聞いていたのだろう。

 あの父親の態度もそうだ、もしかしたらずっとエドは辛い中に身を置いていたのかもしれない。


 言葉を失っていると、セバスチャンは私を気遣うような表情をしながら、申し訳なさそうに言葉を続けた。


「詳しくは、エドワード様ご自身から伺うのが一番かと思います」


「そう、ね。うん、そうだわ。ありがとう、セバスチャン」


 引き留めて悪かったと、送り出そうとすると、セバスチャンは優雅に頭を下げた。

 しかし、すぐに部屋を出ていこうとしない。


「あの、リリー様」


 いつも仕事が早いながらも優雅なセバスチャンが、たどたどしく話し始めた。


「リリー様に接するエドワード様の態度は、ベル様に向ける若き日の侯爵様のようでした。エドワード様はいつも表情を変える事なく、ただひたすらに努力を重ねる方で、あんなに楽しそうな顔をしているエドワード様を幼い頃からお仕えしている私たちでも見た事がございませんでした」


 セバスチャンは静かにそう語る。

 言われている当の本人は、苦しそうにうぅと悶えている。

 とっさに、私は彼の手を握った。


 その様子を見たセバスチャンは、少し表情を和らげた。


「リリー様がいらっしゃってくださって、冬の城と呼ばれたこの侯爵邸にまた春が戻ってくるような気がしているのです。リリー様がいらして、まだたった五日の事なのに。それだけ、心に留めておいてくださればと思います」


 セバスチャンはそう言うと、優雅に頭を下げて部屋を出て行った。


 冬の城。

 マーサから聞いた時は春の城と聞いていたけれど、なぜ冬の城だなんて。


 エドの手を握り続けながら、そんな事を考えていた。

 エドのうめき声が止み、表情が安らかになったタイミングで椅子から立ち、窓から外を見てみた。


 そうか。なるほど。


 窓の外を見てわかった。

 美しい花の咲く王国一の庭園が、今では草木だけになっていた。


読んで頂きましてありがとうございました。

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