13.結婚式のためなら
「ねぇ、エド。私たち出会ったばかりでお互いの事もよく知らないわ、恋人期間を楽しむのも良いと思うの。もっとお互いを知って、捜査もすっきりと終えた頃に式を挙げる方が余程良いと思わない?」
エドの頬に手を添えながら、静かにそう囁きかける。
しかし、エドは納得がいかないようで、少しむすっとしたような顔で頷きはしない。
「結婚はいつでもできるわ。だから、最高のタイミングでしましょうよ。仕事が中途半端な状態じゃ、きっとご出席してくださる方にも負担になるわ。結婚式は私たちだけのものではないのよ、皆の事を考えないと」
エドは添えられた私の手に自分の手を添えて、まるで猫のように私の手に身を委ねる。
私はもう片方の手で、そっとエドの髪を撫でる。
エドは更に表情を緩めた。
しかし、見れば見るほど美しい顔をしているな。金髪のせいなのか、朝の陽ざしがよく当たるこの部屋だと、この人の周りだけやけにキラキラして見える。
エドはうぅ、と苦悶の表情を浮かべた後、覚悟を決めたようにパッと顔を上げた。
「わかったよ、リリー。あぁ、リリー。なんて君は寛大で聡明なんだ。わかった、一年……いや、半年にでも縮めてみせるよ! 少し会えない期間が増えるかもしれないけど……」
「会えない時間が愛を育てるとも言いますし」
「そうだね、愛の事までそんなに詳しいだなんて」
「本業は占い師でしたので」
「そうか、君は色々な恋人たちを繋いできたエンジェルだからか」
そう言うと、天使のような顔をした男が私の額に口づけを落とす。
「待っていて、すぐにこんな事件すぐに解決させてくるから!」
エドはびゅんっと凄まじい勢いで部屋から出て行った。
お気をつけて~と、ひらひらと手を振る。
別に事件さえ解決すれば良い。そして、結婚までの時間が空けばあくほど、仲違いするように見せるタイミングも、愛が薄れたとでも思ってもらえて一石二鳥だ。
ぼすん、とまたベッドに横になる。
きっとうまくいく。
朝の爽やかな空が、私のそんな予感を肯定してくれるようだった。
***
それからというものの、エドは本当に家に帰ってこなかった。
もう五日になるだろうか。
マーサには今の事件の片を付けたら結婚するから、この仕事をできる限り早く終わらせると説明したらしく、日々社交界のマナーについて教えを受けている。
毎日暇なので気分転換になるし、異文化を知るような日々は結構楽しい。
休憩時間には、メイド達と話したり、占いをしたり、同世代の女の子たちとの会話も楽しかった。
相変わらず食事の時間は一人だったけど、メイド達やマーサ、セバスチャンと会話をしながら食べる食事の時間は、昔の母や祖母と過ごしたあの食事の時間のようだった。
夜はふかふかのベッドで寝て、結婚式で美しくドレスを着飾るためには1年じゃ足りないと化粧水を塗りたくられ、髪には特別なオイルを使い、ストレッチやマッサージ、様々な美容まで施される。ストレッチやマッサージは痛い事も多いけど、初日と比べると少しすっきりした感覚が分かるようになってきた。
満ち足りた日々。
残り一年、この侯爵家で存分に楽しく過ごさせてもらおう。人生の夏休みだ。
しかし、そんな日常に突如として陰が差した。
メイド達と楽しく談笑をしていると、何やら一階が騒がしい。
どうしたんだと、メイド達と声のする方へ行くと、ぐったりとしたエドワードを部下数人が抱えていた。
「え!? エド?」
階段を駆け下りて、ぐったりと部下に抱えられるエドワードの顔を見た。
目の下は青というより、もはや真っ黒になっており、血色も悪い。薄くピンク色だった頬も唇も今は真っ青だ。
「あぁ、リリーさん」
エドワード程ではないが、同じく顔色の悪い男性が私に声をかけた。
顔色が悪すぎて一瞬分からなかったが、祭りの時にすぐに私の催眠術について信じたあの部下の男だ。
「お久しぶりです。えっと……」
「ウィリアムです。団長がこんななので連れて参りました。もう五日も寝ていなくて」
「は!? 五日寝てない!?」
どおりでこんなげっそりとした顔をしているはずだ。
五日も寝ずに仕事をするなんて、いくら健康で丈夫な男性でも無理だろう。
「早く仕事を片付けたい、とそれはそれは凄くて……もういっそ面倒くさいから、疑いのある貴族を皆殺しにしてくるとふらふらと出ていこうとしたところでばたりと倒れました」
「まぁ……」
そんなのが騎士団長で大丈夫なのか、第三騎士団。
言葉を失ってしまう、こいつは馬鹿なのだろうか。
いや、でも五日も寝ていないと正常な判断が付かないのだろう。
呆れなのか、憐みなのか、なんともよく分からない感情でエドワードを見る。
しかし、ここまでやつれてしまった顔を見ると、どうにもやはり憐みの方が強く感じるかもしれない。
バタバタと皆右往左往しながらも、対応をし、セバスチャンが数人の男性の使用人を連れてきた。
「とにかく、エドワード様の部屋へ。私共で対応を」
「あーいえいえ、もうほとんど力入っていないので。自分たちでこのまま運んだ方が良いと思います、安全上」
「申し訳ございません、ではこちらへ」
セバスチャンが先頭に立ち、ウィリアム達を先導する。
ウィリアムの言う通り、本当にエドワードは体に全く力が入っていない様子だった。
私もウィリアム達の後に続いた。
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